表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たからばこを開けたらどろぼう!  作者: KillYou_1729
第一章 死を乗り越えて
18/18

第九話-13さい あくむのなかで/かぜをひくな/ていねいにいきよ

ハム(私)……勇者を殺し、その罪滅ぼしのために行動する。

クラリティ…..マ王種と呼ばれる人類の天敵。レオンに及ばない程度の強大な暴力を持つが、人心に疎く追放された。

ケイオス……人間とアバッズレ(サキュバス)の混血で、真面目な性格。社会的に支配下にある相手を実際に洗脳できる。

そうだ、遠くの海に行こう。どこにも人がいない、水平線まで群青が続くばかりの海。砂浜には不浄たるものがいっさいなく、砂糖のように細かなホワイトサンドのみ。そんな綺麗な海岸に、二時間かけて選んだビキニを着ていけばそれはもう、さいっこうだ。


冷房で冷えたお尻を、程よく熱された砂浜にくっつけると気持ちがいい。くぅ〜、と息が漏れてしまう。

みんなみたいに海に飛び込む元気がなくて、ライトノベルを開いてゴロゴロしていると、水着の中や髪にくっついた砂利が気になってくる。パラソル越しの日光もじきに煩く感じる。


「そりゃそうだろ。お前も来い」と海の中で笑う彼。彼にはたくさんの友達がいるけれど、私にとって彼は唯一の友達。それでも、その輪に入れるのなら全てを渡してもいい。


書を捨て、お尻から海へ飛び込む。冷たい。着水の衝撃に身を縮こまらせる。意外に足がつかない。耳や鼻から水が入る感触が無遠慮で、すぐに水の中から逃れたくなる。しかしいくら手で探っても、彼の頼もしい腕が私を海面に引き上げてくれることはない。


思い切って目を開けてみるけど、水中は思ったより汚くて深い。水が青魚のように臭い。


いつの間にか、岸が遠い。


ワカメの切れ端がビキニに絡みつく。不意の波にさらわれて深くへ沈む。耐えられない、と思って水面に顔をだす。彼はどこにもいない。海が赤い。


ああそうか、彼は_____


「私が、殺した。」


殺してしまった。どうしようもない事実。


それを悟って、また水面へ顔を沈める。深くて冷たい方へ沈んでゆく。ごぼり、ごぼり。努めて酸素を吐き出す。口から、鼻から、皮膚から、鼻につく匂いが染み込んでくる。

気道を汚水が遡るのが、初めてのことなのにありありとわかる。


泡ぶくを見上げながら暗い方へ……死という安寧へ……沈んでゆく……沈んでゆく……


頭が朦朧としたかと思えば、喉がきゅううっとひとりでに締まったのを皮切りに、一気に意識が鮮明になって、しかし口が勝手に開いて水を飲み込む。


それでも我慢だ。暗い水底へ沈んで仕舞えば、私を責めるものは何もない。

我慢(ナイシン)だ。……痛い。苦しい。痛い、苦しい。痛い、痛い、痛い痛い痛い!!!


指先が紫色になって、針で爪の中を抉られたような痛みが続いている。指先だけじゃない。全ての表皮が。臓器が。肛門が。勝手な拡大と縮小を繰り返して、その度に体は確実な死へと向かっているのが分かる。


やっぱり死にたくない、とふと目覚めたように思う。でもすでに身体は沈んでいくばかりで、もがく体力も残っていない。息が苦しい。酸素がない。喉が苦しい。喉をかきむしる。穴を破いて気道を確保すれば楽になる気がして、それすらできない。手足が脳の指令を無視して、虫のようにジタバタし始める。


瞳孔が拡大と縮小を繰り返し、視界が朝焼けのように明るくなったかと思えば全てが暗黒に包まれる。やがて筋肉は弛緩し、肢体はゆらめく屍へ。

痛みは脳に集中し、断続的な、万力で潰されるような痛みに変わる。痛烈だが、それを感じる器官が徐々に死んでいくので心は安らかだ。

痛みの度に脳細胞が死んで、赤ん坊の頃から積み上げ続けたものがわずか数十秒で剥ぎ取られてゆく。


前世を生き延びた知識が、


実らなかったけれど確かにあった恋が、


報われなくとも誇れる誠実が、


この世界に負けまいとする自負が、


何者にも食らいついてきた意思が、


一つずつ失われていく。それがどうしようもなく絶望的で、でも心地よかった。


最後には希望だけが残った。これを失ってしまえば私は完全に死ぬ。


(なぜかそれだけは惜しいとも感じる。)


『『よくも』』


怨念が暗闇の底から混じって聞こえてきた気がする。プリムの声?レオンの声?それとも私のせいで死んだ人々の声?


でも、それで悟った。その声が聞こえるとしたらそれは私の中にしかない。


(これは、私の意識の中か。)


死人の怨念を否定するつもりはない。もしレオンの幽霊がいて、命を差し出せと迫るのなら喜んで。でも、そうじゃないと私は知っている。命よりも大事なものを託されてしまったから、だから。


無理にでも目を開け。血涙を流しても、どんなに辛くても。()()()()()()()()()()()()それは冒涜だ。


誰かを信じるとはきっと、そういうことだ。深い吸気性の動き、私は思い切って力を入れる。これまで捨て置いていた自信、勇気、そういうものが膨らむのを感じる。


無くしたものをかき集め、後悔の海を飲み干して。

光の刺す海面へ、現実へと向かう。



『精神牢獄の突破を確認。』


『新たなユウシャの継承を確認。聖剣第一段階___対宿命防御解放。』



ユウシャの力が今、豚に託された。


___否、ただ欲するだけではない。脆くても膝をついても立ち上がる、そのための意思と目的を持って。


世界なんてちょっぴり重いけれど。元々大切な人の命を背負っているのだからきっと大して変わらない。


聖剣を手に、少女は立ち上がる。



赤子を守る胎が解けるように、青年と、それを抱き抱える()()が現れた。


ユウシャの力は小さな少女に移っていた。未熟児のように小さい指、赤子のように幼い顔。けれどその腕で大の男を震え一つなく、地面へ丁重に横たえる。


微かな祈りの所作の後、クラリティたちを横目に睨みつける。その目には煌々たる意志の光が宿っている。危うくて、何か一つで折れてしまうかもしれないけど。ヒトに希望をもたらさんとするまっすぐなひかり。


何より、その全身はわずかに発光するように見えた。溢れ出んばかりのマ力の現れ。その足と手はすぐに飛び出さんと地面に添えられていた。


「合理的だが____思い切ったことをする。ユウシャの継承による戦力のリセットか。」


狼狽える従者と違い、クラリティは状況を即座に理解する。___けれど、万全のユウシャを前にできることはない。


反射速度の限界を超え、ハムが眼前に出現した。咄嗟に腕を交差させ、急所を守るのが限界。拳が交差の中心に衝突する。その姿は周囲から見ればF1カーのように溶けて見えただろう。


轟、と空気を焦がす音波に肉が裂ける悲鳴が確かに混じった。


傷ひとつなかったマ王種の体が骨盤から大きく歪み、数メートル離れた城壁の跡に地響きとともに叩きつけられる。


「まだ、加減が難しい。ユウシャの身体能力、恐るべし。」


インパクトの中心から僅かにも退かず、髪を後ろへ直す。拳の反動で中指の骨が折れていた……が、ハムが注意を向けていたのは吹き飛ばしたマ王種のことだった。自分の中指以上の手応えを確かに感じた。


「チェックメイトだな。」


「___信じられない。」


砂煙が晴れると、体が雑巾のように歪みながらも余裕を崩さない悪マがいた。


割れた宝石がそうあるように、無惨な傷だらけになっても優雅に座し、不敵に嗤う。最後まで泥臭く戦い、後続に任せて逝ったユウシャとは対照的だ。そんな姿を見て憤りを覚えたのか、再びユウシャは突進の姿勢を取る。踏み締められた大地が削られ、草木が何かを予感するように静まり返る。


「あなたを殺してめでたし、というわけにはいかないだろうけど。先に地獄に行ってください。この一撃はさらに重いよ。」


世界最後のマ王種にトドメが刺される、その直前だった。ひっくり返ったがなり声が間隙を付く。


「主が命ずぅぅぅぅx______『その人だけは傷つけるな』!」


莫大な運動エネルギーが解放される直前だった。ユウシャの神経が締め付けられ、動きが不意に止まる。糸を切られたマリオネットのように強制的な力で。踏み締められた地面が砕けると共に、ユウシャは検討違いの方向へ突進していた。代わりに犠牲になった煉瓦の建物が音を立てて崩れる。ガラガラという音はしばらく続いた。


それで死んでくれないか、と動きを止めた下手人___ケイオスは祈っていた。今のはマ術『支配権』によるもの。アバッズレは一度支配下においた生物に対して、三回命令することができる。


ハムに対しての一度目は『ユウシャを刺し殺せ』という命令。二度目が今。三度目は____どうするべきか。


ガラり、と鈍い破砕音がして、ユウシャが瓦礫の下から這い出してくる。


「無傷、かよ…!バケモンが!」


対宿命防御___幸運による庇護。確率によって回避可能なダメージは入らない。戦闘中の圧倒的フィジカルも相まって、『支配権』が一回使えたところで、下級マ族が逆転できる相手ではない。このまますり潰される運命なのか、とケイオスは無力に手を握りしめる。


……しかし、ユウシャが仕掛けてくることはなかった。


「……私も驚いてる。さすが、彼の持っていた力。」


ケイオスを睨んだまま、ジリジリと距離を詰めてくる。それは先ほどまでの猪突猛進とは打って変わって、臆病さすら窺わせる動き。


(こんな化け物が俺たちを恐れる理由……いや、大いにある!)


『支配権』だ。その正体、正確にはあちらには割れていないと見るべきだろう。そうであるならカウンターを警戒する動きにも説明がつく。


実際のことを言うなら、『支配権』の効力は限定的であるほど増し、致命的であるほど減衰する。たとえば二回分の『支配権』を使って『自害しろ』と言ってもその前に二人の首は刎ねられただろう。


残り一回分を使って自分たちには手を出すな、と言っても間接的手段で潰される。


「____なあ。」


機先を制するように、ケイオスは手を突き出した。相手の顔色を窺う上で重要なことは、決してこちらの感情を覗かせないことだ。心臓の震えを腹のうちに押さえ込む。


「取引をしよう。俺はお前に対する『支配権』がある。その気になれば、自害させることだってできる。」


「……」


整った眉が歪む。それはこちらの声を間に受けてなのか、侮蔑なのか。未だケイオスには見抜けない。それでも嗤うように顔を歪める。


「そうしなかったのは惜しいからだ。ユウシャに支配権を使える機会なんてないからな。命が惜しければ、僕たちに手を出すな。そして従え……!」


数秒の沈黙。生暖かい風が頬をなめる。


ユウシャの顔から汗が滴り落ちる。まずい、と思った。ストレス反応だ。元々、ハムにユウシャを暗殺させたのはその精神不安定っぷりをかってのことでもある。冷静な交渉が通じるタイプには思えない。パニックになって潰される、最悪のパターン。爆発数秒前に見える。


「待っ____」


命令前に潰されるぐらいなら____いっそ


「いいでしょう。嘘7割、ホント3割っていうところかしら。」


「_______」


ユウシャは柔らかく笑い返し、矛を収めた、ように見えた。


そしてゆっくりとした足取りで歩み寄る。一歩踏み出すたびに、ケイオスの方が隠しきれず震える。


その内心にはもちろん、煮えくりかえる激情があった。愛しい人の仇を殺したい。縛って穿って、この世にある全ての苦しみを味合わせてから、腐ったリンゴのように吊るしたい。その情景をありありと思い浮かべ、そしてひとつ壁を作って、心の海に封印する。


なぜなら、


(レオンはそんなことしない。今できる最善手をする。それが、どれだけハイリスクを背負うものであっても。途方もないものであっても。_____でも、私にはまずリスクが把握できない。)


少女には圧倒的に情報力が不足していた。異世界に来てから、自分のこと以外に関心領域を持たなかったのだから当然と言えば当然だが。マ王種、と言われても辞書的な定義くらいしか把握できていない。ゆえに、この場で縊り殺して良いのか、彼女しか持ちえない情報を引き出すべきなのか。殺した場合は何が出てくるのか、『マ』とは悪魔のそれなのか。それすらわからない。


だから、まずはそれを見据えるために。何もわからないままでいないために。


もう、間違えないために。


「手を組みましょう。従うことはしない、手を出すこともない、お互いに。」


あえて、曖昧な契約関係を持ちかける。もしマ族の少年のいうことが本当なら、次の瞬間に自害させられるかもしれない。そのリスクを呑んで笑う。何をすべきかを見据えて。


相手に欺かれるリスクもある。そのリスクも常に頭の中に置いて。


今は笑え。それが最も簡単で、有効な社交辞令というやつだ。


口中の泥も血も飲み込め。激情のままに荒れ狂うのが世界と向き合うことではない。呼気を収めろ。汗の冷たさで脳を冷却しろ。


心を仮面のうちに隠し、己のすべきことを考えろ。頭のほてりを覚ませ。病的に、ストレスで狂い、髪がはげ落ちるまで考え続けろ。汗を拭え。無い正解に向かって試行錯誤せよ。吐き気を催す奴らと手を合わせろ。


それが()()()()()()()ということだ。目的のために自分を殺すということだ。


マ族の少年は主が頷くのを見て、差し出された手を取った。


そして二人は仲間になる......限りなく薄い、薄い意味で。

笑顔で向かい合う、太古から繰り返されたヒトの闘争のカタチ。


「これが正解なのかはわからないけど。闇雲に選んだ答えより考え抜いた答えの方が有効なはずですよね?」


少女は未だ黒煙の消えぬ天空に向かい、少女は呟いた。



マ王とユウシャの両方が死んだ。


世界は盟約に基づき、新たな両者の選定を行う。


ユウシャの力は___今、聖剣を握る少女に。


マ王は_______に継承…………失敗。


マ王は______に継承…………失敗。


マ王は_____に継承…………失敗。


{ill_defined}により継承失敗。



継承戦争を開始します。


第二章『異世界で生きる。』


開始


とは言うもののしばらくまとめ書きします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ