第七話-3 そして自己崩壊が始まる-極彩叫喚抂塞ラヴェンツァ
「うまく行きましたね。あのハムという女、私の洗脳が通じます。」
用済みになった人民所持状に火をつける。ハムの戸籍はまだ貧民窟にあり、貧民窟の支配権はクラリティと通じた人間の手にある。
笑みを隠し切れないケイオスに対して、クラリティは目を合わせることもしなかった
「ただの女だろう?洗脳したところで大した薬に立つとは思えんな。」
「確かに。私がユウシャなら一山いくらの情婦に気は許しませんが。」
歴史を検証していると、「そんなバカな」としか思えないような愚者がいたりする。
___案外、それこそ真実なのかもしれない。
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登場人物
ハム(私)……この物語の主人公。生まれと頭と性格が悪く、顔は良い。
プリム……ハムの友達。社交的で誰からも気負うことなく愛される性格だった。
レオンハルト……ユウシャ。自己犠牲的に、心に闇を抱えたハーレムの女たちに尽くす。
暗闇の中、後頭部を殴られたような衝撃があって目を覚ました。__地響き。
暗い、見知らぬ民家の中に一人。誰かが匿ってくれたのだろうか。窓ガラスは全て割れていて、炎と悲鳴だけがこだましている。
ええと、何をしていたんだっけ。私は、レオンを寝室に誘って。そして……
「…..ぁっ」
急に意識が明朗になり、点と点が繋がる。寒気がする。なんてことを、なんてフレーズがこぼれ落ちた。あれだけ好きだった___愛してくれたレオンを。
最低だ。いや、そんな言葉では言い尽くせない。最低って、少なくとも仁義に則る気があるやつに使う言葉だ。私が行ったのは思い浮かべてしまうこと自体穢らわしい、真正の外道の所業。アバッズレの男に精神支配をかけられたことがきっかけだった。でも、刃を突き立てたのは自分の欲望だ。
「えれっ」
吐きグセがついていた。
胃が捩れ、内容物と共にストレスを吐き出そうとする。しかし、絞り出されるのは性欲を逆撫でする透明な液体ばかり。
代わりにたまたま目の前にあった壁を何度も何度も殴りつける。
「…………….….」
人が本気で何かを壊そうとする時、大声など出さないのだとその時知ることができた。くぐもった音ばかりが響く。
目の前を見て。壁が赤く染まっていく。
殴りつけるたびに痛みが増していく。拳の出っ張りが削れ、神経の内側まで痛みが響くようになる。ばきりという音が骨伝導で届く。それでも壁を殴るのをやめない。理由を考えないために。
「…………….……………….……………….……………….……………….……………….……………….……………….…っ。」
湿って、くぐもった音がした。壁の構造物が砕けたかと思ったが、肉が弾け飛んだ音だった。拳の肉は壊滅していて、腕の骨や筋肉も疲労してズタズタになっているのがわかる。痙攣しているのがうざったくて、肩から壁にぶつかると手が動かなくなった。
目から火花が出るくらい痛いのに、意識は全く別のところで冷えていた。
「あはっはっ、はっ……。」
決めた、死のう。喉を掻いて死のう。
ダガーはまだ手元にあった。無事な方の手で喉元に突きつける。鈍い輝きで意識が埋め尽くされる。荒い呼吸音と奥歯が擦れ合う音で世界がいっぱいになる。
力を入れる直前、視界の隅でまた閃光が炸裂した。クラリティの究極炎マ術___『黒点』には遥かに劣る。それでもマグネシウムを燃やした時のような、シュウウウウウ、という激しい振動と燃焼音が頭蓋を揺らす。次いで悲鳴。
この声を見過ごして自害するのも違う気がした。
弾かれるように窓から飛び出す。生暖かいものが手首をつたって、ガラスで皮膚が切れてしまったのに気づいたが、それよりも。
地上は___正しく惨劇の舞台だった。活気ある要塞都市の面影はどこにもなく、見渡す限り地表は赤く燃え、上空では黒い煙が覆い尽くしている。煙を吸い込んでしまうと喉が渇き割れた。熱い。目が乾く。血濡れたチャイナドレスを破り取り、マスク代わりにする。
瓦礫の砂漠から、わずかに障害物が少ないルートをトボトボと歩く。
若い男女が『俺たちの家が燃える』と底の抜けたバケツを手に戦慄いていた。首から上が生まれたてのハムスターのように赤くなった人と、胡乱な表情ですれ違った。軽装の兵士が避難を呼びかけているが、誰にも届かない。
マ王種というものは、やはりすごい。一撃でこの地獄を作り上げたのか?
来るべきものが来たという感じがした。
思いもよらぬ方向で閃光が爆発した。ともかくその現場に向かって駆けつけると、ゴブリンの群れが騎士たちを襲っていた。閃光は群れの中層にいる、ローブを纏ったゴブリンの仕業のようだ。通常、白兵戦で訓練された騎士には叶うはずもない小鬼。しかし、マ術師がいれば話は変わるようだ。
躊躇いはなかった。左手足を地面につけ、一気に力む。
(カリ・シラット___!)
私という砲弾が射出され、ローブの隙間から見えていたゴブリンメイジの首筋をくり抜く。片方の拳を潰していたこともあり、そのまま無防備に倒れ込んだ。戦闘継続の術がないのがカリ・シラットの弱点だ。そのまま他のゴブリンに打ち殺されてしまうかと思ったが、その前に騎士たちがゴブリンを殲滅してしまった。
「君は___確か、ユウシャハーレムの子だよね。良かった…!ユウシャ様から保護を頼まれていたんだ!マクロス二等兵!この子を無事に送迎し、その後が消化の任務につきなさい!___」
その言葉を聞いて、胃がひっくり返るような思いだった。この人たちはレオンと出会っていながら、私がしたことを聞いていないのか?
レオンもなぜ、保護?なんで?殺す以外の選択肢があるか?
「___申し訳ないですが、他の民間人の方々を避難させてください。」
無事な人々は木陰を辿って、都市の外にある河の方向へ向かっているようだ。なら、私が向かうべきは別の方向。
瓦礫の山を跳び、時には文字通り炎の山をかき分けて。何か、できることがないか探す。
耐震性のない煉瓦造りが祟ったか、あちこちの建物が半壊していた。
積み重なった瓦礫の下から助けを求める声がする。私は咄嗟に瓦礫をどけて行った。生き埋めになった人と目が合った。彼は地獄で仏を見たように顔をくしゃくしゃにして。
「ありがとう___」
「っ____」
でも私は応えられなかった。彼の下半身は頭から3mほど離れたところから覗いていた。失望の表情を受け止めることもせず、次に走り出した。
逃げる場所を失った人々は炎熱から身を守るためか、水路などに鮨詰めになって身を隠しているのが散見された___そして、息継ぎを求める様子はない。
「っ_____」
何か、何か、何か、罪滅ぼしをさせてくれ。熱地獄の中で一人、命を捨てるために走り続ける。
そしてとうとう、出会ってしまった。
「た、け、て……。」
道端に倒れていた少女が、いきなり私の足を掴んできた。そうしなければ一般の死体と思って通り過ぎていただろう。子猫が擦り寄るような、あまりにも弱い力で縋り付く。
顔中がやけどで膨らんで、元の顔が判別不可能なほどに目や鼻が細く潰れていた。こげた乱髪が頭に張り付いていたのを見て、少女だと判断できた。おそらく助からないだろう。彼女を見て憐憫や使命感よりも先に、その手を振り払ってしまった。
彼女は傷口を掻きむしり、そしてか細くささやいた。
「わ、た、しだ、よ?ハム。」
「_____プリム?」
身の毛が、よだつ。誇り高き友人がこんな姿に。____私のせいで?
不意に、美しく成人した彼女の姿が浮かぶ。
脳裏からどれだけ振り払おうとしても消えてくれない。もう、訪れないであろう未来。
「は、む。」
膨れた唇の間から、か細い声が紡がれる。
「川縁、追い出された。ベッドで、寝たい。」
託宣を受け取ったかのように私は動き出した。プリムを背負い進めばなるほど、川縁に衛生兵たちによる臨時の診療所が立ち上げられていた。ベッドに寝かせられているのは比較的軽症___助かる見込みのある患者たちで、それ以外は敷地外に放り捨てられ、看取りの言葉もかけてもらえないようだ。
ずんずんと近づいていく。縋りついた誰かの手を振りはらい、結界の中に入り込む。
「ちょっと、あなた___」
不審に近づく私に衛生兵が声をかけたが問答無用だった。ためらいもない。静止を振り切って、一番手近だった患者をベッドから蹴り落とす。プリムを寝かせ、衛生兵の顎にローキックを叩き込む。
「___邪魔するなよ。」
勢いのまま転倒すると、片腕が使えないとうまく起き上がれない。すぐに騒ぎになるが、構わず立ち上がって毛布をかける。こんな状況になって初めて最適解を選べた気がした。
寝顔が少し安らかになるのを見て、これできっと良くなるはずだと思いたかった。
『何がだよ。』
ただでさえ忙殺されていた衛生兵たちが血眼になって、私を囲む。
「少女!お気持ちはわかる……!その子は、もう…!」
「何言ってんだ!黙れ!その言い方じゃ….プリムが死んでるみたいじゃないか!」
「だから、そうなんだよ!どいつもこいつも......!」
頭に血がのぼる。お前の考えていることなど知るか。プリムの苦しみがわかるか。引き裂いてやろうかと思って地面を蹴るが、不意の痛みに倒れ込んでしまう。さっき転んだ拍子に太ももに螺子が刺さっていた。
「出て行け!生きる見込みのあるやつがいるんだ!」
「黙れ!」
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。何でわからないんだ。この子を死なせるなんて絶対に、絶対にあってはならないことだ。
プリムは幸せになるべき女性だ。
「なあ、ほら……。そうだろ?返事してくれよ、オイ……。」
寝かせられた少女は、何も応えない。
衛生兵は私のネジを手早く抜いて止血すると、結界の外に放り出した。
△
プリムの遺体は妹の墓前に置いてきた。私なんかが彼女のそばにいるなんて、最初から冒涜だったのだ。
世界がひっくり帰ったような心地で、フラフラと歩く。何故私たちは宇宙に向かって落ちていかないのか、そのことがひたすらに疑問だった。川に農作物が浮かんでるのを見て、また大の男が溺れ、とても助けられそうにないのを見て。これはいけない、と思って川に入り、野菜を岸に投げていった。
七つ目の玉ねぎを掬った時だった。
「あ、あ、あーーーーーーっ!!!!!死ねっ!死ね死ね死ね死ね死ね!」
頭を何度も何度も何度も何度も何度も地面に打ち付ける。今すぐ、今すぐ、ああ、今すぐに!
頭蓋骨を打ち砕いて脳みそをめちゃくちゃにしてしまいたかった。頭に血が回っていれば、代わりにダガーで脳みそを耕していただろう。
私を生かしたのはやはり、次なる悲鳴だった。血が目に染みるのも気にしないで、亡者のように歩き出す。
女性を発見したが歩くことはできないようだ。眼前から、刀を携えたオークが迫ってきていた。萎びても馬のような長い逸物が垂れていて、精液と血で濡れている。
カリ・シラットは武術の心得があるものや、警戒しているものには通用しない。
女性の嘆きを、罪を背にして次へ歩き出す。
片足を失った騎士が、ゴブリンに拷問されているところに出会した。カリ・シラットで背後からゴブリンの心臓をくり抜く。
騎士が、仲間に会いに行きたい、足代わりになって欲しい、というので肩を支えて歩く。彼はしきりに何かを呪う言葉を呟いていた。その憤然たる気持ちを、私はわかってやることができない。無言のまま付き添っていると、橋の上で、彼のお腹からウインナーのようなものがまろび出た。
彼は笑って私を振り解き、屈んだかと思うと川に落ちて水を溺れるように飲み始めた。そして浮かび上がってくることはない。
「いいなぁ」
ぼそりとつぶやいた声は炎の弾ける音に消える。
何だろう、私のやるべきこと。____ああ、これ以上ないものがあるじゃないか。私にもまだやるべきことがあるじゃないか。
マ王を見つけて始末しよう。
それが、それだけが、私がまだ生きていていい理由だ。
「殺してよ......」
これが、私にとって。生まれてから最も真摯に呟いた言葉だったかもしれない。




