第七話-2 人は己を助けなかった人より、救済の不完全さを恨む-極彩地獄要塞ラヴェンツァ
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___なんだか、周辺の記憶がない。頭が、痛い。脳みその中に寄生虫が潜り込んで、鼻骨にへばりついた腐肉が異臭を発している。痛みが鋭くなるほど小脳は冴え渡り、やるべき・やりたいことがしっかりわかる気がした。
私にとって前世は負債でしかない。それを塗りつぶせるのならそれでよかったのだ。
でも、もし。それを許してくれないのなら。あなたにお別れを言いたい。
髪の中に刃を入れる。
それは最後の抱擁のために。
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登場人物紹介
ハム(私)……この物語の主人公。生まれと頭と性格が悪く、顔は良い。
レオンハルト……ユウシャ。自己犠牲的に、心に闇を抱えたハーレムの女たちに尽くす。
クラリティ…..マ王種と呼ばれる人類の天敵。レオンに及ばない程度の強大な力を持つが、人心に疎く追放された。
ケイオス……人間とアバッズレ(サキュバス)の混血で、真面目な性格。社会的に支配下にある相手を実際に洗脳できる。
オイルや香を説明書通り、たまに勘でセットしていく。買い込んだ時は大半使わないだろう、と思ったものの以外とインテリアとして収まってくれた。
ドンドン、と粗めにノックをする音がして、私はチャイナドレスや簪に乱れがないか再確認。
「入って。」
「......おうー。」
毎日、疲れているのだろう。
加えて眠っている時間を呼び出したものだから、レオンが不機嫌な顔をしているのは当然だった。目にはかつての私のように深いクマができている。私は初めて、このどこか脆さのある青年を真正面から見据えた気がする。
ソファに誘い、潤んだまなこで見上げる。
「ごめんね。せっかく男女が二人密会するのに。もっとロマンチックに誘えればよかったんだけど。」
「いい。要件はなんだ…….ハム。」
ドッカと、彼は倒れ込むようにソファに座った。セックスを通じて、生きる希望のない女たちに愛を与える。弩級のめんどくさい女たちをカウンセリングして、生きる道を確立させようとする。
そうして身をすり減らし続ける、理想主義者的な在り方は、私にはあまりにも尊い。だからこの青年は勇者ではなくユウシャなのだ。己かそれ以外かによって、過度な英雄願望に取り憑かれた成れの果て。
窓からは城塞都市が一望でき、その乱雑さに勇気をもらった。
「今日は冷えるでしょ。グランドスラムオロチの睾丸漬け酒。」
「......ああ、市場で買ってきたのか。」
熱燗をそっと渡す。彼はけして拒むことはせず、グラスを傾けた。
「……体がぽかぽかする。全身の毛穴が開いて汗が出てくる。サウナのような心地だ………うん、うまい。」
「ありがとう。じゃあ、胸がほしい?脚が欲しい?」
「なんだ、誘うようになったな。」
かつてない挑発的な言葉に、がっしりとした手がチャイナドレスの中に潜り込み、小ぶりな曲線を掴もうとする。が、薄い身体でするりとすり抜け、代わりにかれの唇に骨付きのチキンを差し出す。
「勘違いしたの?アルティメット・淫乱・チキンの胸肉。」
「なるほど……これは精がつくな……」
「あはは、骨ごと食べちゃう?」
わざとらしく笑わなくても、彼の情緒を把握しているという安心感がある。
私は透明になった骨をつーっと吐き出した。特殊な脂質は粘っこさがなく、上質なワインのような強く深い香りがある。媚薬ゼリーのような完食だ。
そして彼の首筋に手をまわす。鼻筋から喉仏まで、すっと整っているから見栄えがいい。二人の肌はじんわりと濡れている。顔や指先にぬったおしろいが、爪痕のように彼の体に映る。
腕を絡ませて、今度こと私のベッドに引き込む。
「一度だけでいいの。私から誘わせて欲しい。……それで終わりにしよう。」
さらに体重をかけると、彼はおとなしくベッドに倒れ込んだ。それぞれの四肢を重ね、抱きかかえられる。彼がドレスのスリットに手を入れるが、その手をそっと止め、瞳を交わす。たっぷり焦らしてから触らせてあげる。今日は簡単に見せてやんない。
「がっついて。ネコちゃんみたい。」
「冗談はよせ。今日はどういう心変わりだ?」
いつもなら、私はオナホールのように強引に犯され、乱雑に性的衝動を満たしてもらっていた。でも、今日は彼が私の薄布の先にある引き締まったヒップを、濡れたプッシーを暴きたくて必死になっている。力でははるか劣る私に。あぁ___少女の体はこの点において確かに暴力だ。遥かに力で劣る大人の男を、こうやって支配できるのだから。
「ブラはつけてないのか。」
「その方がよく主張できるでしょう?」
この日、初めて唇に朱を塗っていた。唇を重ね、舌を口の中に入れていく。互いの機微を把握しながら、対等のセックス。
彼の手を握る力が強い。純黒のヘアーが絡むのを気にせず、触れるのも躊躇われるたまご肌に爪痕や歯型を付けていく。私も手で足で、柔軟に巻き付いて、口で、絶対に逃さないようにする。産毛に煌めく汗にまで神経を集中し、そして渾身で彼を抱きしめる。
激しく求められているのを感じて、際限なく鼓動が高まっていく。
ガラス窓には、屈強な男にむさぼられながらも、蝋人形のように白い肌と猫のような目を輝かせ、喰らい付いている少女がいた。それを見て、安心している私がいた。
____ちゃんと、私は絶望的にエッチだ。
剛健な男と柔な女の交わりの果て、やがて、二人が繋がるところに暖かいものが溢れ出した。終わった時、しばらく視界が真っ黒なままだった。
まっことふしだらな時間はコレで終わり。
これで、卒業。内省の時間は終わりで、後は純粋なる闘争が残るのみ。
彼の首筋に手を回し、指先で、手首で、全神経で彼を堪能する。
「最後に、あなたに求められる女になれたかな?」
「ハム。」
「今までありがとう____。そして、本当に、ごめんなさい。」
白い液体と、赤い液体が地面で混ざり合っていた。
白い液体は二人の接合部から。では、赤い液体はどこから?
_____彼の胸には、私のダガーが突き立てられていた。私が、私の意思で突き立てた。
私を殺さず、振り解いたのは優しさか。
即座に彼の体が凄まじいオーラを噴き出し、鉄の硬度を獲得する。身長が2倍近くも上なのに、怯えた子犬のような目をしているから愛おしくて仕方ない。残念ながら、もう致命傷だ。
「不思議ですね、頭の中から『命令』がガンガン響いてくるんです。ユウシャを殺せって。そして迷いがなくなる。」
「アバッズレの洗脳か….っ!だがいつの間に......」
「いいえ。もしそれだけなら、自害くらいはできましたよ。」
ガンガンと、頭の中でハンマーを振られているような頭痛がする。アバッズレの洗脳は生存欲求、良心の呵責、道徳。そういったものを消す効果がある。言い換えれば、それらを覗かれて、今ここにある私の殺意はだけ。純度100%の本物だ。
「あは_____。私が。私私私私私自身がッ!あなたを殺したくて_____たまらなかったんですよ!」
表情が驚愕に歪む。吐血し、よろめく彼のアゴを掴む。未熟な乳房が赤く濡れる。苦痛に歪んだその顔がどうしようもなくエロティックで、愛おしい。
「なん、でだ」
理解できないのは当然だ。それでも私は口を歪め、顎を外れんばかりに広げる。
「アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハァーーーーーーっ……」
絶望に哄笑を浴びせる。壊す。これまで築き上げてきた絆を、無惨に。あるいは、自傷のように叫ぶ。それは少女がこれまで生きてきた証だ。
「ぁああ……..やっと、報われたと思っていたんだ!!!!!!前世から、これまでの全てが!!!!!!!!!!!私の努力は無駄じゃなかったんだって!!!!!胸を張っていいんだって!!!!!!!!!認めてくれた人が、いたんだ!」
叫ぶ。どんなに間違っていても、身勝手でも。この怒り、絶望は本物だから。
「___________お前だ、ラインハルト!!!!!!お前だけは、お前だけは!!!!!私の人生を否定しちゃいけなかったんだ!!!!!!!!!!だから!だからッ!!!!!!」
_______前世から、耐えてきた。きっと誰よりも長い間苦しんで、誰よりも報われなくて、誰よりも不幸で。地獄に思える日々を、いつか訪れる成功の未来を願っていたから耐えることができた。耐えて、耐えて、耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて。
______嘘だ。内心、自分が報われる日が来ないことは分かっていた。それでも、これまで投資した努力を、情熱を、努力を忘れることはできなかったから、耐えて耐えて耐えて耐えていた。内心諦めて、絶望して死ぬ準備をしていた。実際一回はそうやって死んだ。
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それに俺様、『頑張ってる』女の子は好きだぞ。
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忍耐の日々は、いきなり認められてしまった。お前は、頑張ったって。レオンハルトから、マギカから、アクアマリンから。その言葉をもらったから、私は肯定できた。忘れられた。前世の絶望を。生きてて良かったって思えたのに____
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『悔しがるほど頑張ってないだろう____』
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一度認められてしまったから。
「あなたにだけは、否定されたくなかったの.......。」
足から力が抜け、崩れ落ちた。見下ろす彼の唇が震え、言葉を紡ごうとする。それは憤怒か、軽蔑か。
答える前に終わりはやってきた。突如として閃光が空を赫く照らす。上空に球体が輝き始める。
洗脳された際に一通りの『ユウシャ暗殺作戦』の流れは伝えられていた。私がレオンを刺す。その後、クラリティが大量破壊マ法で都市を破壊する。マ王種の攻撃を止められるのはこの世にただ一人、ユウシャのみだ。そのユウシャは私の胸の中で血反吐を吐いている。
「___あは、好きなだけ恨んでくださいな。神がいるなら、地獄の釜の底で、あなたが望まれるままの刑罰を受けましょう。」
マ王種の手のひらの上にある球体が膨張する。莫大なエネルギーを秘め蠢動するそれはまるでもう一つの太陽。あるいは、死の使い。兵士たちが矢を射かけるまで、あと数秒あれば足りただろう。
膨大な熱量が閃光と化して要塞都市を焼き払う。数多の民ごと、ユウシャを焼き払わんとする。それを目にしたユウシャの判断は。
「____ああああああっ!」
目の前の、自分を刺した一人の女を抱きしめ、守ることだった。
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全く、努力するということを知らんのだろうな。
お前の努力は誰にも否定させんぞ。
_________誰かを羨むほど、努力してないだろ?
悔しがるほど、努力してないだろ?




