六/七話 救いようがなく
△
虐殺。戦争。監禁。『地獄である』、と。形容されるものはこの世に幾つかある。
それを体験することは一度限りの苦難ではなく、その景色を抱えて生き続けていくということでもある。耐え難い痛みを臓腑のうちに抱え続けると言うことである。
地獄の極彩色を知ってしまったものが、他人と分かりあえることはけして、ない。地獄曼荼羅の赤と緑を伝えることはできない。
記憶が薄れてしまうから、というわけではない。『地獄』を『この世』の言葉で形容できる道理は最初から存在しないのである。
『地獄』の苦しみを分かちたいたいなら、方法は一つ。地獄を作る。自分自身で。
街が燃えている。貴族夫人が豊満な肉体を、力無く川に浮かべている。
前から、後ろから、炎の熱が伝わる。
△
「というわけで、進路相談をするぞ。」
「はあ。それ、今?」
一人でレオンハルトの部屋に呼び出されたかと思うと、これだ。知らない間にアホほど話を進めないでほしい。それより速度強化のある靴を買って欲しいのだけれど。
「早速だか、将来したいことは?10年後にどんな大人になりたい?子どもは何人ほしい?」
そんなに畳み掛けられても何も答えられない。いや、でも一つだけ。
「……アサシン?レオンのてき、ころす!」
「あんま子どもが殺すとかいうのは辞めろ。」
「セックスは、するのに。」
「そこはそれだ。アサシン……職業に貴賎は無いがな。危険だし稼げないしこわ〜いからやめておけ。最初から目指すもんじゃない。逆3Kだ。」
「......は?」
思わず腹に力が入る。その力が行き先を無くして、フグのように頬を膨らませてしまった。だって。
「……レオンが、私に暗殺術の才能あるとかいうから、訓練してた。」
何か打ち込むことを用意してくれたのはレオンだ。私の日々の充実感は暗殺術を磨いて、いつかあなたの役に立てると思ったからなのに。
それを、そんなボロクソに否定しないで欲しい___
そういう胸中の思いは表情で伝わったのだろうか。重いため息が出てきた。
「そんなに悔しがるほど打ち込んでないだろ。暗殺者ってのは意外とエリートがなるものなんだよ。」
_______________________________
△
その後何を話したかはよく覚えていない。頭がいっぱいいっぱいになって、ただ言われたことにうなづいていた。
自室に戻る道でようやく言われたことを理解できた。昔言われたことといくつか重なって、また、暗い火種が燃え始めた。
俯いて唇を噛んでいると、すれ違った女の子から声をかけられた。ハーレムの子ではなく一般メイドの女の子。名前は確かプリム。社交的な子なので、私にも声をかけて色々と誘ってくれる。
「お貴族の息子さんたちが来ててね、かけっこすることになったの。あなたもいかが?」
遊びに誘われるのは、嬉しい。自分も友達くらい作れるんだぞ、という気がして。
「いい、けど……負けても、泣かないで。」
久しぶりの作り笑顔はとても自分らしくない気がした。
このまま部屋に戻れば嫌なことを思い続けてしまうだろう。それよりは体を動かすことにした。かけっこには自信があった。短距離走限定だが___さくら組の女の子たちの中では一番足が速いのだ、わたし。
△
「私たち。全然勝てませんでしたわね。」
「うん……。どべ、どべ二人。」
「まあ、どんまい!次は勝てますわよ!」
「プリムも負けてたのにぃ......」
貴族の男の子達と別れてから、プリムと一緒に別荘へ戻った。
夢のないことだが、私の足が速いといってもそれは女の子の中限定の話だ。男の子ってすごい。足が速いし、腕の力も強くて。かけっこが終わった後、『屋敷に来ないか』と誘われた。そこまで勇気はなかったので断ろうとしたのだが、腕を掴まれると___振り解くと言う選択肢は取れないことに気がつく。
プリムが体よく断ってくれなかったらあのまま連れて行かれていたのかもしれない。怖かった。
女の子は自分の体の内側以外に、男子に優っているところはあるのだろうか。
「ありがとう、プリム___このまま一緒にお花摘みでもどう?」
「___。ごめんね。」
頬に指を添えて、可愛らしく断られた。
「このあとは村の女の子たちとお花畑に行くの。知らない子達と一緒に遊ぶの大丈夫?」
しばらく言葉に詰まった。私は、そんなに怖がりに見えるのか。
「それは、いいけど。課題思い出したから帰る。」
「わかったわ!また明日!」
「また…。」
部屋に戻ると、一通り病んだ。
私の交友関係___レオンハルト、アクアマリン、マギカ、プリム、あとさくら組。私にとってかけがえのない友人だけれど、彼らにとって私は?
極端な話、私が明日死んだとしても。一週間後には誰かと一緒に笑っているのだろう。彼女は悲しむことなんで望んでいない、なんて言って。私はできるだけ多くの人に囲まれて死にたいよ?死んだら遺体は冷凍保存して祀ってほしい___とまでは行かないけど。
机の上のある花弁を一枚千切る。ぎゅっと圧して溶液を指先につけると、壁に立てかけた予定表から、重要なものに下線を引いていく。ほとんど毎日が何かしらの予定で埋まっている。人見知りを克服したくて、とにかく人と触れる機会を増やしている。
弱さは、克服しなければ。誰にも頼らない、頼る必要のない強い私でなければ。
「……嫌だ。嫌だ嫌
だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
嫌だ嫌だ嫌だ 。。。」




