第66話 山賊たち
アークティク・ターン号は草原を抜け、山の中に敷かれたレールを辿りながら進んで行く。ゆるやかな勾配になっているためか、スピードは草原を駆け抜けていた時に比べると少しゆっくりとしている。
しかし、それは決して遅いわけではない。走る速度としては、十分すぎるほどに早いと感じられた。
オレとライラは、展望車から山の風景を鑑賞していた。
孤児院があったグレーザーが平野の街であったためか、山や海を見ると、オレたちは気持ちがそれらに自然と向いてしまう。
「森みたいだけど、なんだか山と森って、似ているようで違うね」
「斜面があるか無いかの違いじゃないかな?」
ライラの言葉にオレがそう答える。
そのとき、展望車のドアが開く音と同時に、オレたちは急に物々しい空気を感じ取った。それは何か良くないことが起こっているときに、感じたものとよく似ているような気がする。
オレとライラが振り向くと、鉄道騎士団と車掌がやってきた。
オレたちは、鉄道騎士団と車掌を見て、目を見張った。
全員が、武装していた。それも剣などではなく、拳銃やショットガンといった強力な銃火器で武装している。
鉄道騎士団なら、武装していたとしてもそれほどおかしいことではない。
しかし、車掌が武装しているなんて、まずあり得ないことだった。
車掌が武装するような事態といえば、列車強盗が現れたときや、列車内で犯罪行為が発生して早急に対処しないといけないような時ぐらいだ。
だが、今は列車強盗に襲撃されているわけではない。犯罪行為が起きたという話も聞いていない。
鉄道騎士団に同行している車掌の中に、ブルカニロ車掌を見かける。
オレは思わず、座っていたイスから立ち上がった。
「車掌さん! 何か起きたのですか!?」
「お客さん、この辺りは山賊が出る地域なのですよ」
ブルカニロ車掌はオレの質問にそう答える。
腰には大型の拳銃をホルスターで吊っている。
どこにそんなものがあったのかと、オレは訊きたくなった。
「山賊が……?」
オレは、グレーザー孤児院に居た頃に、本で読んだことがある山賊の事を思い出す。
山を本拠地にして、山越えをする旅人やキャラバン、列車を襲う盗賊団だ。
ほとんどが男で構成されていて、山でのサバイバルに長けている。マウンテンマンや猟師、脱走兵などで構成されていることが多い。
基本的な所は、列車強盗と変わらない。
だが時には、女子供をさらって奴隷として売り飛ばすこともあると聞いたことがある。
もしもライラが奴隷にされたら……。
オレは自然と、背中に隠したソードオフへと手が伸びた。
「列車強盗のような奴ら、ですよね」
「お客さん、列車強盗と山賊は似ているようで、全く異なります。列車強盗は強奪が目的の事が多いですが、山賊は徒党を組んでいまして、時には殺しすら厭わないような奴もいます。団結力に関しては、強盗なんかよりよほど強いです。くれぐれも用心してくださいね」
ブルカニロ車掌は、そう云って鉄道騎士団と共に列車の警備に戻っていく。
展望車を通り過ぎ、そのまま1等車の方へと進んで行った。
オレとライラは個室に戻ると、そのまま個室に閉じこもった。
ドアには鍵を掛け、窓はブラインドを下ろしている。
オレが持っているソードオフには、強力なショットシェルを装填してある。
いつ山賊に襲われるか分からない。
用心深くするに越したことはないと、オレはライラと話し合ってこうすることにした。
しかし、できることなら山賊と出くわしたくはない。
オレは好戦的な性格じゃない。どちらかといえば、平和主義な方だと思っている。
オレは列車が山賊に襲われること無く、無事に山を抜けてくれることを祈っていた。
「山賊が、来ないと良いけど……」
「大丈夫よ! だって、ビートくんとわたしがいるんだから!」
ライラがリボルバーを取り出して、笑顔で云う。
正直、その笑顔がなんだか怖い。
「この間の列車強盗の時みたいに、わたしたちなら山賊を相手にしても大丈夫よ!」
「ど……どうかなぁ……?」
ライラ、頼むからフラグを立てないでくれ!
オレはそう声に出さず叫ぶ。
「無事に何事も無く、山を抜けられますように……!」
オレは手の指を組み合わせる。
この山を下りれば、列車はミーヤミーヤに到着する。
ミーヤミーヤは補給駅で、48時間停車することが明白だ。
なんとしてでも、戦うことなく無事にミーヤミーヤに辿り着きたい。
そしてライラと一緒に、ミーヤミーヤの観光を楽しむんだ!
突然、列車がブレーキを掛けた。
どうして、山賊が出る山の中でブレーキを!?
オレが疑問に思っている間にも、列車はスピードをどんどん落としていく。このままでは、間違いなく停車だ!
こんなところで停車することなんて、緊急事態発生以外に考えられない。
間違いなく、何か良くないことが起きたに違いない!!
気がつくと、オレは個室を飛び出し、先頭へと向かって車内を駆け抜けていた。
「待ってよ!」
後ろから声がする。振り返ると、ライラがオレの後を追ってきた。
「ライラ! 何が起きているか分からないから、個室で待っててくれ!」
オレはライラに云うが、ライラは首を横に振った。
「イヤ! わたしも一緒に行く! ビートくんだけ危険な目に遭うなんて耐えられない!」
「ダメだ! 戻れ!!」
「ビートくんと、どんなときでも一緒に居たいの!」
ブレないライラの言葉に呆れたが、悪い気はしなかった。
「わかった。だけど、危なくなったらすぐに戻るんだ!」
「うん!」
ライラが頷くのを確認すると、オレはライラと共に先頭へと向かう。
2等車を抜け、3等車を抜け、商人車、食堂車などを抜けると、オレたちは乗務員が乗っている車両まで辿り着く。
この先にあるのは、アークティク・ターン号を牽引する蒸気機関車、センチュリーボーイだ。
オレたちが乗務員が乗っている車両まで辿り着くのと同時に、列車が停止した。
蒸気が、機関車のボイラーから排出される音が聞こえてくる。
「ビートくん!」
ライラが窓の外を指し示す。
センチュリーボーイの方に向かって、鉄道騎士団と車掌が走って行った。いつの間にか、列車から地上に降りたらしい。
この先で、何かが起こっていることは間違いない。
「オレたちも、行ってみよう!」
そう云ってオレは、客車のドアをこじ開ける。
オレは一気に、客車のデッキから地上へと飛び降りる。
ライラもオレに続いて、地上に飛び降りる。
そのとき、オレはしっかりとスカートから覗くライラの生足を堪能した。
センチュリーボーイの前方から、云い合う声が聞こえてくる。
やっぱり、何かが起きていることに間違いない。
「ライラ、ここから先は十分注意していこう」
「うん……!」
オレとライラは、ゆっくりとアークティク・ターン号の脇を進んで行った。
オレとライラが、センチュリーボーイの前に出ると、車掌と数人の男たちが云い合っていた。鉄道騎士団は、何も云わずに両者のやり取りを見守っている。
男たちは、どうやら山賊らしい。
あれが、山賊か。
思い描いていたものと、ずいぶんと見た目が違うな。
だが、見た目に反して恐ろしい奴らかもしれない。
油断は禁物だ。
オレは念のため、ソードオフを取り出した。
「どうしたんですか?」
オレはソードオフを手にしたまま、車掌に話しかける。
「お客様! 列車にお戻りください!」
車掌が驚くが、オレはその指示を無視して、山賊たちと対峙する。
山賊は7人で、うち1人が倒れていた。
服装はバラバラで、町人のようなもの、騎士のような鎧のもの、旅人そのものな者、木こり風など様々だ。
様子がおかしいと、オレはそのときに思った。
山賊なのに、襲い掛かってこようとする気配を感じない。
それどころか、まるで怯えているように見える。
「なんだ、お前たちは?」
山賊の1人が訊いてくる。
木こり風の服を着た、いかにも山賊らしい男だ。
「ただの乗客さ。それよりも、アークティク・ターン号を停めたのはお前達か?」
「そうだ! 俺達が停めたんだ!」
オレの問いかけに、山賊たちは頷く。
おかしい。山賊が列車強盗と同じような奴らなら、どうして列車を停めるなんて手間が掛かることをするんだろう?
この前、アークティク・ターン号を襲撃してきた列車強盗でさえ、飛び乗ることはしたが、列車を止めることはしていない。目立つからだ。
「どうして、列車を止めたんだ?」
「俺達の仲間を、病院に運んでほしいんだ!!」
木こり風の服を着た山賊が云う。
2人の山賊が、倒れている山賊を抱えている。
顔色が悪く、苦しそうな表情で大きく息をしている。
明らかに、何らかの病気か身体の調子が良くない状態になっていることは間違いなさそうだ。
「大変なんだ! 早く病院に運ばないと!」
「だからお願いだ! ミーヤミーヤまで俺達を運んでほしいんだ!」
山賊たちが必死になって助けを乞う。
しかし、車掌や鉄道騎士団は首を縦に振らなかった。
「それはダメだ。仮病を装って列車に入り込み、略奪をするに決まっている」
車掌の言葉に、オレは抗議した。
「車掌さん、今はそんなことを云っている場合じゃない! どう見てもこの山賊は命の危機にさらされているじゃないか! 早くしないと、手遅れになるかもしれない!」
「ビートくんの云う通りです! 今はこの山賊の命を助けるのが先! その後のことは、その時になってから考えても遅くないはずです!!」
ライラも一緒になって抗議してくれる。
それに希望の光を見たのか、山賊たちも再度助けを求めた。
「車掌の旦那、俺達は確かに山賊だ。だけど、仲間がピンチになっているのに、略奪をしようだなんて考える奴はいない! 少なくとも、俺達はそうだ!」
「お願いだ! 俺達の仲間を助けてくれ!!」
「このとおりだ! お願いだから!」
「お願いします!!」
山賊たちは必死で訴えるが、車掌と鉄道騎士団は冷たい視線を向けるだけだった。
このままじゃ何処まで行っても平行線だ。
そう思ったオレの頭の中に、ある方法が浮かんできた。
ちょっとした、賭けになりそうだが……やるしかない。
オレは車掌に1つの提案をしてみることにした。
「わかった。じゃあ、こうしよう」
オレはそう云って、車掌に提案をした。
・山賊たちの話を信じて、列車でミーヤミーヤまで運ぶ。
・もし万が一、山賊たちが略奪を行ったのなら、自分を山賊の仲間と見なして騎士団に突き出しても構わない。オレから全てを奪っても構わないし、文句も云わない。
・しかし山賊たちが略奪をしなかったら、今後は人命に関わることであれば誰であろうと助ける。
・ライラはこの問題には無関係のため、オレがもし騎士団に突きだされるようなことがあったとしても、列車で旅を続けさせること。
この条件を提案し、オレは車掌に考える時間を与えた。
「車掌さん、なるべく早くに結論を出してください」
オレがそう告げると、車掌たちは鉄道騎士団を交え、その場で会議を始める。
突然現れた乗客がこのような条件を出してきたため、かなり戸惑っているようだ。
「ビートくん、ダメよ!」
ライラがオレの手を取って、首を振る。
「もし山賊たちが略奪をしたら、ビートくんが……!」
「ライラ、オレは大丈夫だから」
「今からでも遅くないから、撤回してよ!」
「もう今さら、無理だよ」
オレがライラに云うと、ライラは少し視線を下に向けた後、顔を上げた。
「わかったわ!」
そう云うと、ライラは車掌のところへと向かって行く。
一体、何をしに行ったのだろうか?
オレが首をかしげていると、ライラが車掌を連れて戻って来た。
「わかりましたお客さん。その条件、飲みましょう」
「それじゃあ……!」
「ただし、いざというときは、この獣人のお嬢さんも一緒に、騎士団に引き渡すことが条件です」
「なっ……!?」
オレは驚いてライラを見るが、ライラは覚悟を決めた様子で、オレの目を見て頷く。
「……わかりました」
「それでは、成立ということで……」
車掌はそう云うと、鉄道騎士団と共に山賊たちを列車に連れ込んでいく。
3等車にも空きは無かったため、山賊たちは全員が救護車へと運び込まれた。
そしてオレたちと車掌、鉄道騎士団が列車に戻ると、列車は再び動き出した。
オレとライラは、救護車で顔色の悪い山賊が乗り組んでいた医師の診察を受ける様子を、他の山賊たちと一緒に見守っていた。
診察が進んで行くと、医師の表情が険しくなっていった。
「これは、一刻も早く病院で治療を受けないと、危険だ」
「先生、そんなに危険な状態なんですか!?」
山賊が訊くと、医師は頷く。
「どうしてこんなになるまで放っておいたのか、聞きたいくらいだよ」
「お願いだ先生、なんとか助けてくれねェか?」
「落ちつきなさい。慌てても、症状が良くなるわけではないよ」
医師はそう云うと、注射器を用意した。
薬品ビンの中に入っている液体状の薬を吸い上げ、注射器を使って山賊に投与する。
「今は症状を抑えることしかできない。ミーヤミーヤの病院まで、なんとか持たせよう」
「先生、お願いします!!」
山賊たちは、頭を下げた。
救護車から、オレたちは出てきた。
他の山賊たちも、患者の安静の為と、一時的にデッキへと移された。
「……お前さんたちがいなかったら、あいつはもう助からなかったかもしれねぇ」
「ありがとう、本当にありがとう」
山賊たちは、オレたちに何度も頭を下げた。
だが、まだ終わったわけじゃない。
ミーヤミーヤまでは、まだ距離がある。
アークティク・ターン号は、遅れを取り戻すために速度を上げて走ってはいるが、山の斜面だからか、思ったほどスピードは出ない。
「まだ早いですよ。ミーヤミーヤに辿り着くまで、気は抜けませんから」
オレはそう云って、時計を見た。
なんとか、間に合ってくれるだろうか……?
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