第65話 キャラバンとの再会
アークティク・ターン号は休むことを知らず、レールの上を駆け抜けていく。
そのスピードは衰えることを知らず、さながら陸上の覇者ともいえる。
オレはイスに腰掛け、窓の外の移りゆく景色を眺めながら、そんなことを考えていた。
ベッドを見ると、ライラがショコラトルに舌鼓を打っている。
「ショコラトル、美味しいよぉ~」
ライラが幸せそうな表情で呟く。
オレは目を細めて、再び窓の外へと目をやった。
少し離れた所に、見覚えのある集団が見えた。
馬車が、列車のように連なって進んでいる。
「キャラバンだ!」
「えっ、本当!?」
オレが叫ぶと、ライラはショコラトルを置き、窓に駆け寄る。
「もしかしたら、あのキャラバン……?」
「それは分からないけど……」
オレとライラは、森に入る前に列車強盗の警告をしてくれたキャラバンを、思い出した。
あのキャラバンがいなかったら、どういう結果になっていたのか、見当もつかない。
オレたちにとって、キャラバンは幸運の象徴だ。
「もしかしたら、あの時のキャラバンかもしれないな」
「じゃあ、あのとき列車強盗のことを知らせてくれた若い商人さん、あの中に居るのかな?」
「それは分からないや」
「もしかしたら、いるかもしれない!」
ライラはそう云うと、個室の窓を開けた。
列車が作り出す強風が、ライラの長い髪の毛を左へとなびかせる。
「おーい!」
ライラは窓から上半身を乗り出し、キャラバンに向かって手を振る。
危ないと思ったが、レールの近くには障害物になりそうなものは無い。
気をつければ、きっと大丈夫だろう。
(ライラなりの……キャラバンへの挨拶と、列車強盗の事を知らせてくれたことへの感謝なんだろうな)
オレはそう思うと、そっとライラの隣に立つ。
そして同じように身を乗り出し、オレもキャラバンに向かって手を振る。
ライラの表情が明るくなり、ライラは尻尾も振り出した。
すると、キャラバンの商人たちが気づいたらしく、手を振り返してくれた。
「ビートくん!!」
「キャラバンが、オレ達に気づいたのかもしれないな」
「すごい! あんなに離れているのに!」
ライラは嬉しくなったらしく、より大きく手を振り出す。
そのときだった。
「……あれ?」
キャラバンから、1頭の馬が抜け出した。
抜け出した馬は、列車に向かって近づいてくる。
「なんだろう?」
「……わたし、これと同じようなものを、前に見たような気がする」
「奇遇だな。オレもだ」
オレとライラは顔を見合わせ、ある1つのことに気づいた。
それと同時に、キャラバンから抜け出してきた馬が、オレ達の前までやってきた。
「よう! 久しぶりだな!」
馬に乗っていた人が、声を掛けてきた。
間違いなく、森に入る前に列車強盗の事を知らせてくれた、あの若い商人だった。
「お久しぶりです!」
「列車強盗に襲われたと聞いたぞ! 大丈夫だったか!?」
「オレたちで全員取り押さえました!」
「本当か!? それはすごい!!」
若い商人は驚いた後、満面の笑みを見せる。
「君達、お手柄だったな!」
若い商人は親指をオレ達に向かって立てて、ウインクをした。
オレたちがやったことを、心から喜んでいるようだ。
それが伝わってきて、オレたちも嬉しくなる。
「あなたのおかげです。ありがとうございます!」
「いや、お礼を云いたいのはこっちだ。これからは安心して、あの森を抜けられるようになった!」
若い商人はそう云うと、手綱を使って馬に指示を出した。
馬は若い商人の指示に従い、列車へと近づいてくる。
もう少しで触れ合えそうな距離にまで、若い商人は近づいてきた。
「これを受け取ってくれ!!」
若い商人は叫ぶと、背負っていた袋を手にし、差し出してきた。
オレは商人が伸ばした手に応えるように手を伸ばし、袋を受け取る。
「これは!?」
「俺達キャラバン全員からのお礼だ! 強盗を捕まえてくれて、本当にありがとう!!」
「あの!」
オレは、どうしても聞きたいことがあった。
「どうしてオレたちが強盗を捕まえたと、知っているんですか!?」
「新聞で読んだ!!」
若い商人はそう叫ぶと、親指を立てた。
そして手綱を操り、馬に指示を出す。馬は鳴き声を上げると、列車から遠ざかり始めた。
「元気でいろよーっ! ご縁があったら、また会おうぜーっ!!」
若い商人はそう叫びながら、キャラバンへと戻って行った。
若い商人が戻ると同時に、キャラバンは列車から遠ざかり始める。
やがてキャラバンは地平線に溶けていくように、見えなくなっていった。
キャラバンの姿が見えなくなると、オレたちは乗り出していた身体を引っ込め、窓を閉めた。
「あの若い商人さんの名前、聞けなかったね」
「それが、ちょっと残念だな。でも、なんだかまた会えるような気がする」
「わたしも!」
オレとライラは、理由は分からないがあの若い商人に、再び会えるような気がしてならなかった。
オレは若い商人から受け取った袋を、そっと机の上に置く。袋はずっしりと重く、オレたちはテンションが上がって行くのを感じた。
きっと、高価なものが入っているに違いない。
もしかしたら、大金貨かもしれない!!
オレとライラは、思わずニヤニヤしてしまう。
「開けようか……!」
「うん……!」
ライラが頷くと、オレは袋を開け、中身を見る。
中身を見たオレは、目を丸くした。
「……あれ?」
「ビートくん……どうかしたの?」
ライラが首をかしげる。
オレは黙ったまま、袋の中のものを全て取り出していった。
袋に入っていたものは、大金貨や高価なものではなかった。
ビンに詰められた、各種の香辛料だった。
香辛料は10種類ほどあり、全て違う色をしていて、全く同じ香辛料は1つとして入っていない。
オレとライラは、顔を見合わせる。
これが、キャラバン全員からのお礼なのか――?
「香辛料……?」
「どうして、香辛料が……?」
お礼の気持ちとして受け取ったものだったが、オレには使い道が無かった。
2等車の個室には、キッチンはない。
当然、料理をすることができない。
キッチンが備え付けられているのは、特等車か食堂車だけだ。
「なんで、あの若い商人さんは香辛料をわたしたちにくれたのかしら?」
「……そういえば、キャラバンは昔、主に香辛料の輸送をしていたって、聞いたことがある!」
キャラバンが発生した理由の1つは、かつては入手困難だった高価な香辛料を大量に運ぶことだった。大量に運んで輸送コストを下げ、かつ複数人で運ぶことで強盗に奪われないようにするために、キャラバンが生まれたと本で読んだことがある。
しかし、オレたちにとって香辛料は、持っていても荷物になるだけのものだ。
キッチンのある家に暮らしているのなら嬉しいが、キッチンの無い2等車では全く役に立たない。
「でも、いくらお礼とはいっても……これは」
「……そうだ!」
オレはあることを思いつき、ライラに話す。
オレの思いつきを聞いたライラは、すぐに頷いた。
「それがいいと思うわ!」
「よし、すぐに行こう!」
オレたちは、袋から出した各種香辛料を再び袋へと戻した。
ライラと共に、オレは商人車へとやってくる。
そしてそこで顔なじみになった行商人、ハッターに出会った。
「えっ、香辛料を買って欲しい?」
ハッターがオレたちに問う。
オレたちがハッターに差し出したのは、キャラバンの若い商人からプレゼントされた香辛料が入った袋だ。
「ハッターさんって、買い取りもやっていますよね?」
「そりゃあ、やっているけど、買い取るかどうかはモノを見てからしか判断してないぞ? 買い取れないと判断したら、絶対に買い取らないけど、いいか?」
オレたちは、承諾した。
買い取れないのなら、他の行商人に売ればいいだけのことだ。
商人車に乗り組んで商売をしている行商人は、ハッターだけではない。
「よし、わかった。それじゃあ売ってくれるものを見せてくれ」
オレたちは、香辛料が入った袋をハッターに手渡した。
袋を開け、中に入っていた各種香辛料を取り出し、1つずつハッターは吟味していく。その目は商人として商品を見定めするときの、真剣そのものな表情だった。
香辛料を見ていくうちに、ハッターの表情に驚きの色が濃く表れた。
「お、お前さんたち、こんなすごいものどうやって手に入れた!?」
明らかに驚いた声で、ハッターがオレたちに訊く。
「えっ?」
「どれも最高級品だぞ!? 本当に全部売ってくれるのか!?」
「最高級品なんですか!?」
「あぁ、間違いない。王家や爵位を持った上級貴族に仕える料理人が扱うレベルのものだ! この俺でも、実際に手にしたのは初めてだぜ!」
オレたちは顔を見合わせ、目を丸くする。
「高値で買い取るぞ! 売ってくれるか!?」
ハッターからの問いに、オレたちは迷うことなく頷いた。
「もちろん!」
「売ります!」
オレとライラが答えると、ハッターの表情は満面の笑みへと変化した。
「ありがとう! じゃあ、これにサインをしてくれ」
ハッターはそう云って、1枚の紙切れを差し出した。それは「売買成立書」というものだった。
オレとライラは渡されたペンを使い、売買成立書にサインをする。
「書けました」
オレがサインをした売買成立書をハッターに手渡し、ハッターがそれを受け取る。
すると、ハッターが大金貨をオレたちに手渡した。
「これが、香辛料の代金だ」
渡された大金貨を、オレたちはすぐにポケットへとしまう。
何枚の大金貨を手渡されたのか気になったが、今は確認している場合ではない。
「ありがとうよ。また何か手に入れたら、持って来てくれ」
ハッターにお礼を云い、オレたちは商人車を後にした。
個室に戻ると、オレたちは受け取った大金貨の枚数を数える。
ハッターから受け取った大金貨は、予想を上回る4枚だった。
オレはライラに2枚を手渡し、残った2枚はしまう。
「思わぬ臨時収入になったな」
「これで、また少し懐に余裕ができたね!」
笑顔で懐に大金貨を入れていくライラ。
しかし、オレは手持ちにはまだ余裕があった。
せっかくの臨時収入だし、何かに使いたいな。
そう思ったオレは、久しぶりに奮発することに決めた。
「よし、今夜はサーロインステーキにしようか」
「えっ、本当!?」
「オレの奢りということで、どう?」
「賛成!」
ライラが笑顔で答えた。尻尾がブンブンと左右に振れる。
サーロインステーキが食べられることが、かなり嬉しいようだ。
「ライラは本当に、肉料理が好きだな」
「もちろん肉料理は好きだけど、ビートくんと一緒に食べられるから、嬉しくなっちゃって……!」
いつも一緒に食べてるじゃないか。
オレは心の中でツッコミを入れる。
そして夜になると、オレたちは食堂車へと向かった。
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