第九話 不可解なのは何か。
「あ、外神さん。」
仄かな明かりが灯す個室に足を踏み入れた秋は即座に違和感を感じた。
明らかに軟化している。し過ぎだ。
あれから何一つ話していないというのに。
「……今日は早いな。」
「仕事終わりにそのまま来たんで。」
「化粧は嫌いなのか?」
キョトンとした顔が直ぐに力無い笑い顔へと変わった。
「確かに好きじゃないですけど、落として来たのは別の理由ですよ。」
「そうなのか?」
「マネージャーに今日はバレたくなかったんで。」
そういって、玲は軽く肩をすくめた。
「スキャンダルの心配か?」
「いえ、そこは別に。むしろデート行って来たら?と言ってくる側です。」
「それは珍しいな。」
「変な姉ちゃんなんですよ。表に出す時は気をつけろとは言われますけど。」
「出したことあるのか?」
「ありますよ。相手がハリウッドで有名だから事務所の方が出したかったんじゃないですか。」
「それでいいのか。」
「私は仕事に支障が出なければ別に。外神さんは……マネージャーの心配もいらなさそうですね。」
「愛想を良くしろとは言われる。」
「でしょうね。外神さん、いつ笑うんですか?」
「笑ってないか?」
「自覚ないんですか。」
「面白いと思っていることはある。」
「端子が片方だけ外れてますね。」
「笑った方がいいか?」
「無理して笑うと大抵おかしくなるんですよ。」
秋は勘を大切にしていた。
論理を根幹に置く。可能性と計算をする。根拠のあるデータは信頼する。それでも試合において勘というものは侮れない。
大抵の場合、後から分解すると根拠があるからだ。
そして今、試合中と同じ勘が告げていた。違和感について尋ねてはいけないと。
「……すみません、私変なこと言いましたか。」
不安そうな顔に、我に返った。
「いや、お前は何も言っていない。気にするな。」
「そうですか?」
「ああ。玲。」
「はい。」
「……体調は。」
「……外神さんこそ熱ありませんか。」
「俺は熱は出さん。」
「その自信は聞いてないです。」
「……何かが違う。だが勘が聞かない方がいいと言う。その根拠がまだ無いから困っていた。」
「……外神さんて正直ですよね。」
「基本的にはな。」
「聞かない方がいいと思うなら聞かないでいてくれませんかね。」
「そのつもりだが……」
それだと会う目的が無い。そう言いかけて止めた。
「会う理由が無くなりますか?」
なるほど。見透かされるというのは思ったより動揺するものだ。このまま会わなくなればどうか。瞬時に考え出した結論は後悔する可能性が高いということ。
「いや、構わん。ここにはよく来るのか?」
飲み物を頼み、腰を据えると玲は戸惑ったようだった。
「そうですね、たまに……あの、いいんですか?」
「お前を不快にさせたところで意味がないだろう。」
「それは……ありがとうございます。」
安堵から来た言葉のはずだった。
『……兄さんは、強いから。』
自分とはまるで反対の繊細な弟が、ある時そう言って暫く口を利かなくなった。
それまではいつも後ろにいた弟が。
何故そんな事を思い出したのだろうか。目の前の女と弟は随分違うはずなのだが。
連日続く解析不能な出来事に眉間の皺を深めた秋は仕方なく食事に手をつけた。




