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第8話:リベンジマッチ


 ひんやりとした湿気が肌を刺す銅級ダンジョンの三階層。うす暗い岩肌の通路で、鉄級探索者であるイムと、ゴブリンよりも一回り大きな体躯を持つゴブリンソードマンが対峙していた。


「グギャ!」


 サビの浮いた鉄剣を構え、威嚇の声を上げるゴブリンソードマン。前回の探索では、その凶悪な身体能力と力任せの斬撃に肝を冷やし、服を切り裂かつつも間一髪の勝利を収めた相手だ。だが、今のイムの瞳に焦りや恐怖の色はない。


「土壁! からの分身!」


 イムの鋭い叫びとともに、足元の岩肌が隆起し、自身と敵を隔てるように身の丈ほどもある厚い土の壁が生み出された。更に自身の周囲に二体の精巧な分身を創り上げる。


「「「ハッ!」」」


「グギャ!?」


 土壁を斬り裂き霧散させたと思ったら、敵対していた者が三人に増え、なおかつそのすべてが短剣を構えて突撃してくる。ゴブリンソードマンは混乱しつつも自身に一番近い正面のイムに、手に持つその剣を振り下ろす。


 ―――が、剣を振り下ろされたはずのイムは、血を流すこともなく斬られたと同時に空気に溶けるようにふっ、と霧散する。無事な二人がそのまま混乱するゴブリンソードマンに突撃、片方は衝突の寸前に霧散し、もう片方―――本物のイムは手の中の短剣をゴブリンソードマンの脇の下に深く突き刺す。


「グギャァ!?」


「っと、一度退避するか」


 痛みに絶叫するモンスターの脇腹から手を離しつつ、イムは素早く後方へ跳び退がる。つぶやきながらもイムは、短剣に繋がるロープを力いっぱい引っ張る。そしてゴブリンソードマンに深く突き刺さった短剣が抜け、大量に出血する。


「グギャァ!」


 自身の命が血と一緒に流れ落ちていくと悟ったゴブリンソードマンは、破れかぶれにイムへと突撃する。イムは冷静に後ろへ退きつつ、土壁を生み出し妨害するが、そんなものは関係ないと突き進むゴブリンソードマン。


 土壁を抜けて目の前に現れたイムに渾身の力で剣を振り下ろす。激しい風切り音とともに刃が肉を断ち切る――はずだった。


「ギャ!?!?」


 振り下ろされた剣の先で、イムの体は再び幻のようにブレ、空気に溶けるように霧散していった。


「後ろだよ、間抜け」


 ドスッ、イムはゴブリンソードマンのその無防備な背中に音を立てながら深く短剣を突き立てた。土壁で視界を一瞬奪った隙に、その場に分身を配置してゴブリンソードマンの死角に入りこむようにして背後へと回り、奇襲を仕掛けたのだった。


 背中の傷が致命傷となり、ゴブリンソードマンは魔石のみを残し粒子へとその身を変えた。


「よし、これなら余裕をもって戦える。……精巧な分身を作ると、少し頭が痛くなるが許容範囲内だな」


 イムはこめかみを軽く指先で叩きながら、小さく息を吐いた。前回の命がけの死闘が嘘のように、今回は終始こちらが主導権を握り、余裕を持った立ち回りで完封することができていた。


「やっぱり、短剣にロープを括りつけたのは正解だったな。突き刺すことが多いから刺した後すぐに退いたてから安全に短剣を回収できるのはでかい」


 手慣れた動作で短剣の血脂を拭うと、満足そうにロープの結び目を確かめた。前回の経験を活かし、事前に準備をし、戦い方もそれ用に工夫したイム。自身の戦闘の出来に、非常に満足していた。


「一体相手は問題なかった、次は……二体だ」


 勝利の喜びに浸るのも束の間、気持ちを切り替えて前を向く。銅級ダンジョン三階では、ゴブリンソードマンが二体で現れることもある。今までは、一体の敵を狙って狩っていたが、効率を考えると二体の敵も倒せるようになっておきたいと考えていた。そして。




「……居たな」


 前方をにらみつける、その視線の先にはゴブリンソードマンが二体、肩を並べて立っていた。イムの存在に気が付き、威嚇するように低い唸り声を上げながら二体とも警戒を露わにする。


「先手必勝、土壁四連! 声生(せいしょう)!」


 イムの発声と共に、右側にいたゴブリンソードマンの前後左右を囲う様に土壁が生み出された。更に、ゴブリンソードマン二体を分断する場所に位置する土壁の内部から、ゴブリンソードマンの悲鳴とも言える声が響く。


「グギャアァァァァアァァァアァァ!?!?」


「「グギャ!?」」


「分身!」


「「「ハァッ!」」」


「ギャッ!?」


 左側に残されたもう一体のゴブリンソードマンはその悲鳴に気を取られ横を向いた、その隙を見逃さずに分身を生み出したイムが走って近づく。何が起きているのか認識が追いつかない、混乱の最中にいる隙だらけのゴブリンソードマンの首を横一文字に斬り裂く。


 そしてそのまま魔石を残して消滅した。直後、土壁に閉じ込めたゴブリンソードマンも土壁を攻撃することで霧散させ外に出てくるが、すでに相方は魔石となって死んでおり、更に三人となったイムが周りを取り囲む。


「うおおおお!」


 イムの一人が声を挙げながら突撃し、それに対応するように慌てて体の向きを変えたゴブリンソードマン。


 ――だが、それこそがイムの仕掛けた最後の罠だった。


 向きを変えたゴブリンソードマンの背後に居た本物のイムが、後ろから静かに近づき首に向かって力いっぱい短剣を振り下ろす。


「ギギャッ」


 短い悲鳴を上げながらゴブリンソードマンは、魔石を残し粒子となった。しんと静まり返ったダンジョンの通路で、イムは肩を激しく上下させ、肩で息を吐いた。膝に手を当て、荒い呼吸を整えるために深呼吸を繰り返す。


「……ハァッ……ふぅ~、やれた、やれたぞ。俺はやれた!」


 沈黙を破り、イムの口から歓喜の声が漏れ出た。頭の奥からずきずきとした鈍い痛みが走っていたが、胸を満たす達成感に比べれば大したことはなかった。その手には、ゴブリンソードマンの魔石が二つ、収められていた。

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