第23話:物価高と次なる相手
夕闇が街をゆっくりと包み込む時刻。探索者ギルドの館内は、一日の探索を終えて帰還した探索者たちでごった返していた。
イムは使い古された革袋をカウンターの上にコトンと置く。中には、今日も銅級ダンジョンで狩り集めたゴブリンアーチャーとソードマンの魔石がぎっしりと詰まっていた。
「お待たせしました。本日の換金、銀貨四十枚と銅貨二枚になります……ふふ、今日も頑張って稼いだね」
「おう! 今日もばっちりだぜ!」
カウンターの向こう側で、受付のマリナが柔らかい微笑みを浮かべながら銀貨の詰まった袋を押し出す。イムも屈託のない笑みを返し、それを受け取った。
あの日、防音室で二人きりの対話を経てから、早いもので二週間ほどの時が流れていた。
二人の間の空気は以前とはまるで違っている。気難しい敬語の壁は取り払われ、互いに冗談を交わし合えるほど親しい距離感へと変化していた。
ギルドの華の一人であり、誰に対しても一定の距離と礼儀正しさを保っていた美人受付嬢のマリナが、一人の少年にだけ見せる打ち解けた表情。それに対し、周囲の粗暴な探索者たちの中には面白くなさそうな視線を向ける者も少なくなかった。
しかし――イムに直接絡んで手を出そうとする者は、ただの一人も存在しなかった。
(例の五人組を返り討ちにしたガキ、か……)
(噂だと無傷で制圧して、動けなくなったところを警備隊に引き渡したらしいぞ……)
ギルド内で密かに囁かれる噂。いくら最底辺のパーティだったとはいえ、大人の探索者五人を相手に傷一つ負わず完全制圧したという実績は、イムを「単なる生意気なガキ」から「得体の知れない危険な探索者」へと認識を改めさせるのに十分すぎる効果を発揮していた。
イムはチラリと後ろを振り返り、受付の列に誰も並んでいないことを確認すると、カウンターの縁に肘をついてマリナとの雑談に興じ始めた。
「なぁマリナさん。最近よぉ、街のどこもなんか値上がりしてねぇか? 野菜とか肉も前より高くなってて、食費がかさんでちょっと嫌なんだよな」
ふと漏らしたイムの日常的な愚痴に、マリナは「あぁ」と思い当たるように頷き、声を少し落として返答した。
「あれ、イム君知らなかった? 今ね、領地内にある『金級ダンジョン』の動きが怪しいっていうので、領主様が兵士をたくさん呼び寄せているの。……それで色々と需要が跳ね上がっちゃってね。特に食料と武具、それと一部魔石がね~」
「え、そうなのか……? そういや、孤児院の給付金が減らされたのも、『魔物が活発化してるどうので街の予算がなんとか』って言ってたな」
「そう。金級ダンジョンが一番怪しいって言われているけれど、それ以外の場所に生息している普通の魔物たちも、全体的に活発化しているらしいのよね。……だから、イム君も今まで以上に気を付けてね?」
「おう! 任せとけ! ……っと、でもそうだな。良い機会だし、そろそろ『次』に行ってみようかな」
「次?」
イムの言葉に、マリナは不思議そうに首を傾げた。イムはニッと白い歯を見せ、胸を張って語る。
「おう。確か五階層のゴブリンアーチャーの次に出てくるのって、八階層のゴブリンソーサラーだろ? そいつの方が魔石の買い取り報酬もいいし、そろそろ狙い目かなってな。物価も上がってるし、もうちょい稼ぎを増やしたいんだ」
「もうソーサラーに行くの……? ……相変わらず、ソロのままよね?」
マリナは少し心配そうに眉を寄せた。ソロで銅級ダンジョンを攻略し続けるだけでも常識外れだというのに、階層を進めようとするイムの行動力には驚かされるばかりだ。
「おう! バッチしソロだぜ!」
「う~ん、イム君なら大丈夫だと思うけれど……本当に気を付けて、慎重にね? ダンジョン図鑑はちゃんと読んだ?」
「もちろん、ちゃんと目ぇ通してるぜ! 確かあいつ、他のゴブリンと違って魔力を感じ取ることができて、遠距離から『ファイヤーボール』とかの魔法を撃ってくるんだろ?」
「ええ。それに、それまでと同じように前衛には手強いゴブリンソードマンが壁として控えているから、前線に気を取られていると遠くから焼き尽くされるわ。十分気を付けてね」
「もうソードマンならお手の物だし、対策もバッチリ考えてあるさ! 的確なアドバイスありがとな、マリナさん! じゃあ俺、そろそろ家に帰るわ! またな!」
イムはバイバイと軽快に手を振る。
「ええ、気をつけて。またね!」
マリナも柔らかく微笑みながら手を振り返した。
活気と怪しげな熱気が渦巻くギルドを後にし、イムは夕闇の染まる街道へと歩みを進める。
物価の高騰、魔物の活発化、そして金級ダンジョンの異変――街に漂い始めた微かな不穏の影を感じ取りつつも、イムの胸には次なる強敵『ゴブリンソーサラー』を攻略し、大切な家族により豊かな暮らしをもたらすための新たな闘志が燃え上がっていた。




