第19話:初めての対人戦
「……そうか」
ぽつりと落とされたイムの声は、氷のように冷たく、男たちの下品な笑い声を切り裂いた。
「ヒッ……!?」
直後、男たちの笑い声がピタリと止まった。
イムの全身から立ち上った、凄まじい『殺意』と『威圧感』。
それは、かつてイムがギルドで男を威圧した時の比ではなかった。
ハッタリだけではない。家族を汚され、踏みにじられそうになった一人の少年が放つ、正真正銘の血の匂いがする本物の殺意だった。
イムの視線が、ゆっくりと男たちを射抜く。
その眼光に貫かれた五人の男たちは、まるで蛇に睨まれた蛙のように身体を硬直させ、背筋に冷たい汗を滑らせた。
「お前たちは……絶対に許さない」
静かな宣言とともに、イムの手がゆっくりと腰に滑り落ちる。
握りしめられたのは、左腰の『魔導銃』。
銃身に魔力が注ぎ込まれ、暗闇の中で静かに、けれど苛烈な光を宿し始めた。
(……冷静になれ、俺)
胸の内で渦巻く怒りはマグマのように煮えたぎっていたが、イムの頭脳は極めて冷静に状況を観察していた。怒りに任せて闇雲に突っ込むような真似は絶対にしない。
イムの戦い方は、いつだって相手を徹底的に観察し、『奇術』によるハッタリで心理的な隙を作り出し、そこへ確実な一撃を叩き込むことだ。
たとえ相手が人間であろうと、その根幹は何も変わらない。
(こいつら……俺が放った圧と殺意に完全にビビってるな)
イムは男たちの引きつった顔と、震える膝を見逃さなかった。ならば、この隙を最大限に利用するまでだ。
「なぁ、お前ら。今お前らが相手にしてるの、誰だか分かってんのか?」
イムは敢えて尊大で低い声を使いました。さらに『奇術』を発動させ、自身の身体から立ち上るハッタリの「圧倒的な強者のプレッシャー」を更に膨れ上がらせる。
「ヒッ……!? な、なんだこの圧は……!?」
「バ、バケモノかよ……このガキ……!」
さっきまでニヤつきながらイムを囲んでいた男たちとは同一人物とは思えないほど、全員が引け腰になり、顔面を蒼白にさせていた。もはや彼らの目には、目の前の少年が単なる「孤児のガキ」ではなく、正体不明の凶悪な高ランク探索者にすら見えていた。
イムは冷ややかな瞳のまま、さらに容赦なく言葉を重ねる。
「お前らさ。色々と楽しそうなこと言ってたけど……ここから生きて帰れると、本気で思ってるわけ?」
言葉の終わりと同時に、イムは『奇術』の真骨頂を繰り出した。
男たち五人の背後に、一瞬だけ――漆黒のボロ布を纏い、巨大な鎌を携えた『死神』の幻影を生み出す。そしてその鎌が、男たちの胸を背後から一斉に貫くイメージを完璧に投影し、コンマ数秒で消し去った。
「「「「「ひっ……!?!?!」」」」」
背中に走った致命的な錯覚。男たちは一瞬、自分が本当に胸を撃ち抜かれ、死んだのだと錯覚した。全身の血の気が引き、思考が完全にフリーズする。
(隙だらけだ)
イムはそのコンマ数の停滞を見逃さなかった。
素早く左手の魔導銃を構え、一番前で調子に乗っていたリーダー格の男へ照準を合わせる。
バシュッ――!!
「ガッ……!? あぎゃぁぁぁぁぁぁっっ!??!?」
一際高い射撃音が洞窟内に響き渡り、男の右太ももの付け根を正確に魔弾が穿った。肉を削り、骨を砕く衝撃に、男は足から崩れ落ちて洞窟の地面をのたうち回った。
「ギ、ギャァ!? 撃たれたぁぁっ、俺の脚がぁぁぁっ!?」
リーダーが絶叫を上げて崩れ落ちた瞬間、残された四人の行動は二つに分かれた。
「う、うわぁぁぁ! やられる前に殺せぇぇっ!」
「死ねぇぇっ!」
極限の恐怖でタガが外れた前衛の二人組が、半狂乱になりながら腰の剣を抜き放ち、イムへと襲いかかってくる。
そして残りの二人組は、
「無理だ! 勝てるかこんなバケモノに!」
「逃げろ! 逃げろぉぉっ!」
仲間を見捨て、脱兎のごとく後ろの出口へと向かって全力で逃げ出し始めた。
(逃がすわけねぇだろ)
イムは逃走する二人へ向け、逃げ道の先へ『奇術』を発動した。
ガガガガンッ!
「なっ……!? 壁!??!」
二人の目と鼻の先に、洞窟の天井に届くほどの巨大な『土壁』が突如として隆起した。勢い余った二人は猛スピードで土壁に激突しそうになり、急ブレーキをかけてその場で止まる。
イムはその決定的な隙へ、間髪入れずに魔導銃の銃口を向けた。
バシュッ! バシュッ!
「ぎゃあああああっ!?」
「足が! 俺の足がああああっ!」
完璧な連射。逃げようとした二人の片足の付け根が正確に撃ち抜かれ、彼らは土壁の前に崩れ落ちた。
そして、その隙にイムの正面まで突進してきていた残りの二人組。
「死ねぇぇっ、ガキぃぃっ!」
眼前まで迫った剣の刃。だがイムは慌てることなく、残った魔力を練り上げて正面へと解き放つ。
「炎弾!」
ゴォオオオッ!!
視界を埋め尽くすド派手な大火炎の幻影。当然、奇術の炎には攻撃力など一切ない。だが、至近距離で顔面を焼かれると錯覚した二人組は、激しい恐怖から「熱い!」と勘違いし、思わず腕で顔を覆って動きを完全に止めてしまった。
その絶対的な隙を、イムが逃すはずもなかった。
バシュッ! バシュッ!
「ぐはっ!?」
「あぐっ……!?」
炎の幻影を透過した二発の魔弾が、正確に二人組みの太ももを撃ち抜く。
剣を落とし、二人同時に地面へ叩きつけられた。
――わずか数十秒。
イムは無傷のまま、大人五人の探索者グループを完全に制圧していた。今までの探索で鍛え上げられた動きとハッタリ、そして魔導銃の威力を前には、ゴブリンアーチャーのタッグよりも遥かに簡単な相手だった。
しんと静まり返った通路に、五人の男たちの情けない呻き声と泣き叫ぶ声だけが響き渡る。
全員、片足の付け根を深く撃ち抜かれ、立ち上がることすらできない。
「ひ、ひぃ……た、助けてくれ……! 悪かった、悪かったよ…… 頼む、命だけは……!」
血反吐を吐きながら這いずり、命乞いをするリーダー格の男。
イムは冷ややかな、虫ケラを見るかのような瞳で彼らを見下ろした。
「……俺の手で、お前たちを殺しはしないよ」
イムの冷たい声に、男たちは一瞬だけ希望を見出したように顔を上げた。だが、イムの口から続けられた言葉は、彼らを真の絶望へと突き落とすものだった。
「でも……このままここに放置していく。お前たちが流した血の匂いに誘われて、すぐにゴブリンたちがやってくるかもな」
「な……ッ!?」
「片足が潰れたお前たちが、群がるゴブリン相手にどこまで戦えるか……。街から戻ってくるまでに食い殺されないよう、神様に祈っておくんだな」
「ま、待て! 頼む、見捨てないでくれ! 助けてくれぇぇぇっ! いやだぁぁぁぁ!!!」
狂乱の悲鳴と哀願を背に受けながら、イムは一度も振り返ることなく、駆け足でその場を後にした。
階段を駆け上がり、ダンジョンから地上へ出ると、夕暮れの赤色が道を染めていた。
冷たい風を胸いっぱいに吸い込み、イムはしっかりと魔導銃の感触を確かめると、町に向かって足を速めるのであった。




