第18話:不吉な影、そして逆鱗
仕立屋でクレラの『成人の儀』のための晴れ着を注文してから、数日が経過していた。
イムの日常は、これまでと変わらない平穏なものだった。朝に孤児院を出て、門番のダレルと二言三言交わし、銅級ダンジョンへと潜る。五階層で『奇術』と『魔導銃』を組み合わせた絶対の勝ちパターンを叩き込み、ゴブリンアーチャーとソードマンのタッグを確実に狩り集める。
(今日の分もこれで十分だな。そろそろ帰るか)
すっかり重くなった革袋を腰に収め、イムは手慣れた足取りでダンジョンの上層へと戻っていた。
そして――岩肌が広がる銅級ダンジョンの二階層。
一層へと続く階段まで、あと数分という通路に差し掛かった時のことだった。
「……ん?」
イムは足音を止め、視線を前方に向けた。
薄暗い通路の先、出口を完全に塞ぐような形で、五人の探索者が立ちふさがっていたのだ。
何かがおかしい。探索者同士がダンジョン内ですれ違うことは珍しくないが、彼らは明らかに『イムを待ち伏せしていた』かのような体勢で獲物を狙う目つきを向けている。
「……何か用? おじさんたち」
イムは短剣の柄にそっと手を伸ばし、警戒心を露わにしながら問いかけた。
すると、真ん中に立っていたガタイのいい男が、ニヤついた下品な面を歪めながら一歩前へと出てきた。
「よぉ! 不正してるクソガキ!」
「っ……!」
見覚えのある顔だった。少し前、探索者ギルドのカウンターでイムが銀貨を受け取った際、「ガキがそんなに稼げるわけがない、不正だ」と騒ぎ立て、肩を掴んできたあの粗暴な探索者だった。
「お前がギルドとグルになって不正してんなら、こっちにも考えがあんだよ!!」
男は腰の剣に手をかけ、凶悪な笑みを浮かべながらイムを指差した。
「今、その袋の中に山ほど魔石が入ってんだろ? あぁ!? それ全部ここに置いていけや!」
あまりにも一方的で、理不尽な強盗紛いの要求。イムは露骨に顔を顰め、冷ややかな視線を男へと向けた。
「……ハァ。言っておくけど、俺は不正なんてしてない。アーチャーを倒したのも全部俺の実力だ。お前たちに渡す魔石なんて一つもないよ。……今から帰るところなんだ、そこ退けよ」
努めて冷静に突っぱねるイムだったが、男はその返答が気に入らなかったのか、顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「あぁん!? お前みたいな身寄りのねぇ孤児のガキに、そんな実力あるわけねぇだろうが!! しかもお前、ソロだろ!? ギャハハ! ボッチ探索者のお前がアーチャーなんて狩れるわけねぇだろ! どうせ不正して集めた魔石なんだから、俺たちが回収してやるって言ってんだよ!」
取り巻きの四人の探索者たちも、蔑むような下品な爆笑を上げる。
(……チッ、話が通じる相手じゃないな)
イムは脳内で素早く状況を整理し始めた。
相手は大人五人。狭い通路で囲まれている状態だ。いくら自分の身体能力が上がっているとはいえ、正面からまともにやり合えば分が悪い。
(『奇術』でド派手な炎か土壁の幻影を出して視界を奪うか……? 一瞬の隙を作って、脇を擦り抜けて階段まで走り抜けられれば逃げ切れるか……)
そう考え、奇術の準備に取りかかろうとした――まさに、その時だった。
「おっとぉ……逃げられるだなんて考えてんじゃねぇぞ?」
男が醜悪な笑みをさらに深くし、嫌らしい声でイムの思考を遮った。
「まぁ、これだけの人数で囲んでるからなぁ、万が一にも逃げられるとは思っちゃいねぇが……。もし、万が一お前がここから逃げ出したり、俺たちに従わなかったりしたら……お前の『家族』はどうなっちまうんだろうなぁ?」
「……は?」
イムの口から、低い声が漏れた。
一瞬で、イムの顔からすべての感情が消え去った。
男はその変化に気づくこともなく、自分優勢の状況に気を良くしたように、取り巻きたちを振り返って下劣な言葉を吐き捨て続けた。
「お前が逃げたらさぁ、あのかわいいかわいい妹はどうなっちまうんだろうな? なぁ、お前ら!」
「あぁ! こいつの妹、結構かわいかったよな!」
「ケヒヒッ、あそこの孤児院のシスターも相当な上玉だぜ?」
「ガキに興奮するお前らの気持ちは分からねぇけどよぉ、まぁシスターは確かに美味そうだったな!」
「ギャハハハハ! 確かになぁ!」
男たちは下品な笑い声を上げ、下衆な妄想を口々に語り合う。
イムが買い物の最中に街でつけていられたのか、あるいは孤児院の場所を調べ上げられていたのか――。
彼らは、イムが何のために命をかけて戦っているのか、その理由である『一番大切な家族』を、踏みにじり、脅迫の道具として口にしたのだ。
しんと、静まり返る洞窟の通路。
男たちのゲラゲラという不快な笑い声だけが、薄暗い岩壁に反響していた。
イムの瞳から、光が完全に消えていた。
胸の奥で、カチリと何かが外れる音がした。
今まで、街の人々からどれだけ冷たい目で見られようと、貧乏だと笑われようと、イムは耐えてきた。見栄を張り、笑顔で受け流してきた。
だが――これだけは、絶対に許さない。
いつもみんなのために働き続けてくれている、シスター・ディア。
幼く無邪気な、ジルとチルア。
そして、自分のために涙を流してくれた、大好きな妹クレラ。
自分の命よりも大切な、家族。
その家族に手を出そうとする存在。
それはもう、イムにとって『人間』ではなかった。ただの、害悪でしかなかった。




