第1話:孤児院のピンチ
王国の西端に位置する都市、ファーウェイ。その街のはずれにひっそりと佇む建物があった。
孤児院『パルテリ』、そこでは身寄りのない子供たちと一人のシスターが暮らしていた。
初夏の柔らかな陽の光が孤児院の庭に降り注ぎ、そこで遊んでいる四人の子供たちを照らしている。
「ほら! ジル、チルア! これを捕まえてごらん!」
十六歳の少年、イムは孤児院の中でも特に幼い二人、弟のジルと妹のチルアと共に遊んでいた。
イムの作り出した魔法でできた光の蝶を夢中になって二人は追いかける。
「わぁー! お兄ちゃんすごい! ほんものの蝶よりきれい!!」
「まてーっ! 絶対捕まえるぞー!」
無邪気に走りまわる双子の二人を、少し離れた木陰のベンチから見つめていたのは十四歳の少女、クレラだった。
彼女は手元で編み物をしながら、優しい眼差しで微笑み、イムに話しかける。
「イムにいは相変わらず器用だね、ふふ、二人とも夢中になって喜んでる」
「へへっ、当たり前だろ? なにせ俺は古の勇者の生まれ変わりだからな! あいつらを喜ばせるなんて朝飯前よ!」
イムは胸を張り、自信満々に笑ってみせる。そんないつも通りのイムを見て、クスクスと笑うクレラ。
胸元で組んだ腕、少し跳ねた茶髪、そしていつも不敵な笑みを絶やさず、みんなを笑顔にしてくれる。
それがクレラ達にとっての『自慢の頼もしいお兄ちゃん』だった
と、そこで『ぐぅぅ~……』っと何やらおなかが鳴る音が。
「あ……、ごめんね、少しおなかがすいちゃって」
恥ずかしそうに言うクレラの元に、チルアも駆け寄ってくる。
「ねぇねぇ、わたしもおなかすいちゃった!」
ニコニコしながらそう伝えてくるチルアに、イムは笑いながら答える。
「そうか! じゃあシスター呼んでお昼にしてもらうからちょっと待っててな! お~いジア! 一旦魔法は終わり! クレラとチルアと話してな~」
「うわっと、わかった!」
追いかけていた光の蝶が急に消えて、態勢を崩すジア。
イムの言葉に笑顔でうなずくと、クレラの元に駆け寄っていく。
「よし、じゃあシスター呼んでくるか」
そう言いながら孤児院の方へと歩いていく。
イムは孤児院の中を歩きながら考える。
「(おかしいな……シスターはいつもみんながおなかすく頃をわかっているかのようにご飯の時間になったら呼びに来るのに)」
現在時刻は正午過ぎ、普段であればシスターの方からもうご飯ですよ、と声をかけてくる時間であった。
今年で二十八になるシスターディアは、親のいない孤児院の子供たちにとって、本当の親以上に親だと感じている人物。
いつもと違う状況に嫌な予感を覚えつつ、イムは歩みを早くする。
台所、リビング、寝室、孤児院の中を見て回るがシスターの姿が見えない。
そうして歩き回っていると、玄関の方から少し声が聞こえた。
「―――ですから! これ以上孤児院への給付金を減らされては、子供たちの毎日の食事すらままならなくなってしまいます!!」
切迫したシスターの声だった。
いつも穏やかな彼女が、これほど声を荒らげるのを聞いたことがない。
その揉めるような声にイムは自然と足を止め、物陰に隠れてそっと様子をうかがう。
そこにはシスターと、困ったような表情を浮かべる男が立っていた。
男はこの街の役人が着ている服装をしている。そして、眉間にしわを寄せた役人の男はシスターに対して話をしている。
「私どもとしても心苦しいのです。ですが、最近全体的に魔物の動きが活発化しており、それに伴い探索者への討伐依頼、町の防衛設備の強化等への予算割当てが最優先となってしまっているのです。これはこの街の決定事項です」
「ですが! うちにはまだ十歳にも満たない幼い子供もいるのです! 今までですら野菜などは満足に与えられていなかったのに、今までの三分の一にまで削られてしまっては栄養もさらに偏り、この夏を越す事すら厳しくなってしまいます!」
「……申し訳ありませんが、決定は覆りません。来月からの給付金が従来の三分の一の額となること、どうかご理解ください」
そう言って役人の男が深く頭を下げると、逃げるように孤児院を去っていった。
残されたシスターは力なく壁に背を預け、ゆっくりと崩れ落ちるように膝をついた。その細い肩がかすかに震え、その場で俯いている。
(三分の一……?そんなの、餓死しろって言っているようなものじゃないか。シスター……)
イムはそんな様子のシスターを物陰から見る。
この世界では一般に十五から働くことが許されている。しかし、シスターディアは「十八まではしっかりと体を鍛えて、学びなさい」と、イムに無理な労働をさせまいとしてくれていたのだ。
孤児院のぬくもりを守るために、彼女は一人で金銭に関わる全てを背負ってくれていた。
イムはその場で深呼吸をし、意を決してシスターディアの元へと踏み出した。いつものようにニッと明るい笑みを浮かべながら。
「よぉ、シスター! そんな悲しそうな面してどうしたよ?」
「イム……!? あぁ、いいえ、何でもないのよ、ただ、少し役所からお話があったのです」
慌てて立ち上がり、目元を拭って笑顔を作ろうとするディア。
だがイムはその手を取り、しっかりと目を見て言い放った。
「隠さなくていいよ、シスター。全部聞いてた。―――俺、探索者になるよ」
「……えっ?」
「俺がダンジョンに入って稼いでくる。孤児院の金は、全部俺が何とかしてやるよ!」
不敵な笑みを浮かべて、そう宣言するイム。
ディアはその言葉を聞き、混乱する頭の中を懸命に整理する。
「―――っ! ダメよ! 探索者なんて危険すぎるわ! いくらお金がないからって魔物と戦うなんて……」
「大丈夫だって。シスターも、クレラ達だって知ってるぜ? 俺は色んな魔法が使えるし魔物なんてよゆーだよ! なんたって、俺は古の勇者の生まれ変わりなんだからな!」
イムはドンっと自分の自身の胸を叩いた。そして、その飄々とした言葉の裏にある『覚悟』に気づいたディアは、言葉を失った。
イムの見栄っ張りは昔からの癖だ。けれど、その見栄はいつだって、弟妹達を、私を、家族を喜ばせたり安心させるための優しい嘘だと、彼女は知っていた。
「……あなたの想いはわかりました。ただし、絶対に無理をしないと、この家に必ず帰ってくると約束なさい。出なければ、私は絶対に認めません」
ディアのその、覚悟を問う視線に対しても、イムはあくまでも余裕だと、俺ならできるという顔で言葉を返す。
「おう! もちろんだ! 今度から食卓がすげぇ豪華になるの、楽しみにしといてくれよ!」
「……全くもう」
そういって笑うイムに、ディアはあきれ半分、感謝半分と複雑な気持ちだった。




