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第16話:家族団らん


 新調したばかりの服に身を包み、大喜びでくるくると回るジルとチルア。薄緑色のワンピースを恥ずかしそうに、けれど誇らしげに揺らすクレラ。

 子供たちの輝くような笑顔を優しく見つめていたシスター・ディアは、キッチンの作業で少し汚れた手ぬぐいを棚へと仕舞い込んだ。


「よしっ! 着替えも済んだことだし、みんなで昼飯を食べに行くぞ!」


 イムがパンッと威勢よく手を叩くと、子供たちが一斉に歓声を上げた。


「「わーい! ごはんだー!」」


「えっ……イムにい、外でお昼を食べるの? でも、シスターがキッチンの修繕を……」


「ふふ、キッチンの板の張り替えはちょうどひと区切りついたところですよ、クレラ。……でもイム、外食だなんて本当に大丈夫なのですか? 私たち五人となると、かなりの出費になってしまいますよ」


 シスター・ディアも心配そうに首を傾げる。だが、イムは不敵な笑みを浮かべて鼻を鳴らした。


「へへっ、心配ご無用! 今日はただの外食じゃないんだ。『あそこ』に行くんだからな!」


 イムが名指ししたのは、街の中央大通り、少し裕福な平民たちが「特別な日」や「お祝い事」の時に利用する中堅のレストランだった。

 そう、イムが先ほど古着屋で全員の服を三セットも新調したのは、ただ生活を豊かにするためだけではない。身なりを整えなければ、そういった少し上等な店では入店を断られたり、周りの客から白い目で見られたりしてしまうからだ。


「さぁ、行くぞ! お腹を空かせておけよ!」


 イムを先頭に、孤児院『パルテリ』の総勢五名は、日差しが心地よい街の街道へと繰り出した。


 歩くこと十五分ほど。辿り着いたのは、木造の重厚な佇まいをした一軒のレストランだった。

 店の入口の上には、香ばしい燻製の煙を描いた大きな看板が掲げられている。


『肉の旨味』


 それが、イムが今日のために予約しておいた店の名前だった。

 扉を開けると、芳醇な肉の焼ける匂いと香ばしいソースの香りが鼻腔をくすぐり、ジルとチルアの腹の虫が同時に「ぐぅ〜」と可愛らしい音を立てた。


「いらっしゃいませ。……おや、ご予約のイム様ですね。お席へご案内いたします」


 清潔な給仕の店員に案内され、奥の広々とした木製のテーブル席へと通される。

 ふかふかのクッションが敷かれた椅子に座り、ジルとチルアは「すごい! お店の中、綺麗!」「いい匂いがするー!」と目を丸くさせていた。クレラも少し緊張した面持ちで、綺麗に拭かれたテーブルにそっと手を置いている。


 全員が席に着いたのを見届け、イムは咳払いをして真剣な表情を作った。


「みんな、ちょっと話を聞いてくれ」


 イムの真面目な声に、子供たちもシスター・ディアも静かにイムを見つめた。


「俺が毎日ダンジョンで頑張れるのはさ……間違いなく、みんながいるからなんだ。シスターが温かく迎えてくれて、クレラが家事を手伝ってくれて、ジルとチルアが元気に笑って出迎えてくれる。あそこは暗くて嫌な場所だけど、ここに帰ってくればみんながいる。だから俺は踏ん張れるんだよ。いつも本当に、ありがとうな」


 普段は強がりで自信満々なイムが口にした、素直で温かい感謝の言葉。

一瞬、テーブルに静寂が訪れた。クレラは胸を打たれたように瞳を潤ませ、シスター・ディアは込み上げる愛おしさを抑えるように胸に手を当てた。


「イム……そんな、お礼を言うのは私たちの方ですよ。あなたが毎日命がけで頑張ってくれているおかげで、みんなこうして温かいご飯を食べ、幸せに暮らせているのですから」


「そうだよ、イムにい! 私たちこそ、いつも本当にありがとう!」


「お兄ちゃん、ありがとうー!」


「兄ちゃん、だいすき!」


 口々に感謝を返してくる家族の言葉に、イムは耐えきれなくなって顔を真っ赤にし、へへっと照れ笑いを浮かべた。


「へ、へへっ……よせやい! 照れるだろ!」


 照れくさそうに後頭部をガシガシと掻くイム。その微笑ましいやり取りに、テーブル全体がどっと温かい笑いに包まれた。


 やがて、運ばれてきた料理がテーブルの上に次々と並べられた。


「お待たせいたしました。特製牛ステーキと季節野菜のグリルでございます」


 ジュージューと音を立てる鉄板の上に乗せられていたのは、厚切りの見事な肉だった。

 ダンジョンで狩るゴブリンなどの「魔物の肉」は、独特の臭みがあり、硬く筋張っていることが多い。だが、今日差し出されたのは、人間が牧場で丁寧に育て上げた動物――『牛』の肉だった。


「うわぁぁあ! お肉だぁぁ!」


「すごーい! 柔らかそう!」


「さあ、みんな温かいうちに召し上がれ」


 シスターの促しで、全員が一斉にフォークとナイフを手に取る。

 ジルとチルアが待ちきれない様子で肉を一口サイズに切り分け、口の中へと放り込んだ。


「「んんっ〜〜〜〜っ!??!?」」


 ふたりは同時に頬を抑え、目を輝かせた。


「やわらかい! すごくやわらかいよ、お兄ちゃん!」


「お肉の汁がいっぱい出てくる! おいしい~!」


「ふふ、本当……口の中でとろけるみたい。すごく美味しいね、イムにい!」


 クレラも嬉しそうに微笑みながら、味わうように肉を噛み締めている。シスター・ディアも静かに目を閉じ、幸福そうに口元を緩めていた。


「美味しいですね……本当に美味しいです……」


「だろ? へへっ、遠慮しないでガツガツ食えよ! おかわりもあるからな!」


 温かいスープや香ばしいパン、そしてジューシーな牛肉。

 賑やかで幸せな会話が途切れることはなく、孤児院の五人はお腹も心も満たされる最高の時間を過ごしたのだった。


 ――やがて食事を終え、大満足で店を出たイムたち。

 街の風が心地よく頬を撫でる中、イムはシスター・ディアの方を振り向いた。


「シスター、ジルとチルアを連れて、先に孤児院へ帰ってもらってもいいか?」


「ええ、構いませんよ。二人もお腹いっぱいで少し眠そうにしていますしね」


 満足感からか、ジルとチルアはとろんとした目でシスターの服の裾を掴んでいる。

 すると、隣にいたクレラが少し首を傾げ、不安そうにイムを見上げた。


「えっ……? イムにい、わたしは……? 一緒に帰らないの?」


 イムはクレラの顔を見つめ、不敵で、どこかわくわくしたような笑顔を向けた。


「クレラはこれから、俺とまた少し出かけるぞ!」


「え……? わたしと、ふたりで……?」


「おう! クレラを連れて行きたい場所があるんだ。いいだろ、シスター?」


 シスター・ディアはすべてを察したように優しく微笑み、深く頷いた。


「ええ、いってらっしゃい。クレラ、お兄ちゃんにしっかりついて行くのですよ」


「うん……! 分かった!」


 戸惑いながらも、どこか嬉しそうに頷くクレラ。

 シスターと幼い双子を見送った後、イムはクレラの手をしっかりと握りしめた。


「よしっ、行くぞクレラ!」


「うん! イムにい!」


 二人きりの特別な時間の始まりに、二人の足取りは軽やかに街の奥へと向かっていくのであった。

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