第15話:家族でお買い物
ゴブリンアーチャーとソードマンのタッグを確実に狩る生活を始めてから、早いもので一ヶ月が過ぎていた。
確立された戦い方――『奇術』で死角を作り、『魔導銃』で仕留める戦法は、日を追うごとに熟練度を増していた。途中で無茶な連続戦闘を避け、自身の集中力と魔力を計算しながら手堅く成果を上げ続けた結果、イムの革袋には連日、まとまった額の銀貨が転がり込むようになっていたのである。
孤児院『パルテリ』の懐事情は、劇的な改善を見せていた。
日々の豊かな食卓はもちろんのこと、シスター・ディアへの生活費を毎日のように渡した上で、イムの個人的な手元にもかなりの額の「貯金」が溜まっていた。
(よし……これだけあれば、念願の『あれ』ができるな)
とある雲ひとつない爽やかな朝。
朝食を終え、食器を片付けていた弟妹たちのもとへ、イムは満面の笑みを浮かべながら歩み寄った。
「クレラ! ジル! チルア! ちょっと集合!」
「ん? イムにい、どうしたの?」
エプロン姿のまま不審そうに首を傾げるクレラ。その横で、まだ八歳の双子であるジルとチルアが「なにー?」「お兄ちゃん、なになにー!?」と元気よく跳ね回る。
「今日はな、お前たちを連れて買い出しに行くぞ! 兄ちゃんと一緒に街へ買い物だ!」
「「わーい!! 買い物! 買い物ー!!」」
純粋な喜びの声を上げて抱き合うジルとチルア。しかし、長女として普段から孤児院のやりくりを間近で見ているクレラだけは、喜びよりも先に困惑と心配の表情を浮かべた。
「え、えぇっ!? か、買い物って……イムにい、大丈夫なの? お金、最近いっぱい出してもらってるのに……」
「へへっ、心配すんなって! 言ったろ? 俺は最近、超高給取りの超スゴい探索者なんだよ! 今の俺には大金持ちの余裕ってやつがあるんだ。お金のことは一切気にするな!」
イムは胸をドンと叩き、いつもの自慢げな不敵な笑みを浮かべて見せた。
未だに半信半疑といった様子のクレラだったが、すでにジルとチルアは「早く行こうよー!」「お出かけー!」とイムの服の裾を引っ張っている。
「シスターもどうだ? たまには息抜きに街へ出ようぜ!」
奥から様子を見に来ていたシスター・ディアにも声をかけたが、彼女は温かい眼差しで首を振った。
「ふふ、お気持ちはとても嬉しいです、イム。ですが、今日は最近ガタが来てしまったキッチンの床の修繕がありますから……。子供たちをよろしくお願いしますね。絶対に迷子にさせちゃダメですよ?」
「分かってるって! よし、お前ら、準備するぞ!」
実はここ最近、イムの稼ぎのおかげで熱を発生させる魔道具や水に不自由することがなくなり、孤児院の面々は『毎日お風呂に入る』ことができていた。
かつての孤児院の子供たちといえば、三日に一度は風呂に入れたとはいえ、街の人々から「汚い孤児」と忌み嫌われ、避けて通られるのが常だった。だが今の彼らは、着ている服こそ継ぎ接ぎだらけなものの、肌も髪も清潔そのものだ。これなら街の店に入っても、嫌な顔をされて追い払われる心配はない。
日差しが眩しい街の大通りへと繰り出したイム一行。
最初に向かったのは、中央広場から少し外れた路地裏にある『古着屋』だった。
この世界において、貴族や富裕層でもない限られた平民が「完全に新品の服」を一から仕立ててもらうことは滅多にない。貴族や裕福な商人が着なくなり、手放した服が巡り巡って流れてくる古着屋こそが、一般市民の衣服の調達場所だった。
それでも、つぎはぎだらけの服しか持っていない孤児院の子供たちにとってみれば、古着屋に並ぶ服すら眩しい高級品である。
店の前に到着すると、イムは三人の顔を見回して宣言した。
「よし! 今日の目的地はここだ! 一人あたり、上着とズボンやスカート、それに靴下も含めて『三セット』ずつ選べ!」
「「「さ、三セット!??!?」」」
三人から同時に驚愕の悲鳴が上がった。
一着を破れるまで着倒し、穴が開けばクレラが何度も補修して弟妹へとお下がりしていく生活を送ってきた彼らにとって、三セットの服というのは想像を絶する贅沢だった。
「に、兄ちゃん……ホントに言ってるの!?」
「当たり前だろ! ほらジル、チルア、好きなの選んでこい!」
「やったあああ!! お兄ちゃん大好きー!!」
「いっくぞー! カッコいい服探すぞー!」
「店の人に迷惑はかけないようになー!」
爆発的な大喜びとともに、ジルとチルアの双子は弾かれたように店内へと突撃していった。
その背中を見送りつつ、クレラはやはり不安そうにイムの腕を引いた。
「イムにい……本当に大丈夫なの? 三人分で九セットなんて、すごいお金になっちゃうよ……? 無理してない?」
「クレラ」
イムは優しくクレラの頭に手を置き、ポンポンと撫でた。
「俺は絶対に無理な嘘はつかない。お前に心配かけるような稼ぎ方はしてないから、安心して甘えろ。お前はいつも弟や妹の面倒ばっかり見て、自分のこと後回しにしてただろ? 今日くらい、自分のために欲しい服を選べよ」
「……イムにい……」
クレラは胸を突かれたように目を見開き、やがてその瞳を微かに潤ませながら、心からの笑みを浮かべた。
「うん……! ありがとう、イムにい!」
「おう! ほら、行って選んでこい!」
クレラが嬉しそうに店内へと足を踏み入れた、まさにその直後であった。
「ねぇ~! 兄ちゃん一緒に選んで~!!」
奥の棚の陰から、ジルの元気な大声が響き渡った。続いて「チルアのも選んでー!」という声も聞こえてくる。
「ハハッ、はいはい、今いくって!」
イムは苦笑しながら後頭部を掻き、賑やかな店内へと足を踏み入れていった。
店の中では、あちこちで歓声が上がった。
イムはジルのために丈夫そうで動きやすい紺色のズボンと上着を選び、チルアには可愛らしい黄色の刺繍が入ったスカートをあてがってやった。クレラには、彼女の優しい雰囲気にぴったりの、落ち着いた薄緑色のワンピースや動きやすいブラウスを選んだ。
店主のおばさんは、最初は孤児院の子供たちと知って少し身構えていたものの、イムが提示した銀貨の枚数と、子供たちの清潔な身なり、そして楽しそうな家族の姿を見て、最後には「いいお兄ちゃんだねぇ、靴下サービスしとくよ!」と笑顔で包んでくれたのだった。
――買い物を終え、両手いっぱいの荷物を抱えて一度孤児院へと帰還したイムたち。
さっそく、買ったばかりの服へと着替えさせた。
「ふふっ、イムにい、どうかな……?」
照れくさそうに薄緑色のワンピースの裾を広げて見せるクレラ。
そして、「見て見てー! カッコいい!?」「私のも可愛いでしょー!」とくるくると回りながら自慢し合うジルとチルア。
出迎えたシスター・ディアは、思わず口元を手で覆い、感無量の面持ちで子供たちを見つめていた。
「まあ……! みんな、とっても似合っていますよ……本当に素敵な服ですね……」
そこにいたのは、かつて街の人々から「哀れな孤児」「貧乏人」と冷たい視線を向けられていた子供たちの姿ではなかった。
清潔な肌と髪に、解れも破れもない綺麗な服を纏い、弾けんばかりの笑顔を浮かべる――どこに出しても恥ずかしくない、幸せに満ちあふれた普通の少年少女たちの姿だった。
その光景を、イムは腕を組んで不敵に笑いながら眺めていた。
(よし……! これで街を歩いても、あいつらがバカにされることは絶対にない)
かつて自分が感じた屈辱、不条理な世間の冷たい目。それら全てから家族を守り抜くこと。
この笑顔が見られるなら自身の努力や危険など、安いものだ。
「へへっ! どうだ、俺の選んだ服は! 世界一かっこよくて可愛い妹と弟の誕生だな!」
「「(お)兄ちゃん、だーいすき!!」」
飛びついてくるジルとチルアを両腕でしっかりと抱きとめながら、イムは幸せな温もりに包まれていた。




