第14話:嫉妬とマリナとおっさんと
五階層でゴブリンアーチャーとソードマンのタッグを相手に、イムは完全に自分のペースを掴んでいた。
『奇術』で敵の死角を作り出し、そこから『魔導銃』で仕留める――。
この戦術が見事にハマり、気づけば革袋の中にはアーチャーとソードマンの魔石がそれぞれ二十個近くも溜まっていた。
(よし、そろそろ引き上げるか!)
自身の集中力、そして時間を考慮し、イムは帰還を決意する。
帰り道の四階層や三階層でも、襲いかかってくるゴブリンやゴブリンソードマンを返り討ちにしながら上層へと向かったため、革袋はズシリとした重みを増していった。
ダンジョンを出る頃には、空はすっかり茜色に染まっていた。
街の南門へとたどり着くと、いつもより遅い帰還を心配していたのか、門番のダレルが大きな身体を揺らしながらイムへと歩み寄ってきた。
「おっ、坊主! 今日はいつもより遅かったな。何かあったのかと少し心配したぞ」
「ダレルのおっちゃん! へへっ、ゴブリンアーチャーを狩ってたら夢中になっちゃってさ、遅くなっちまった!」
「なっ……ゴブリンアーチャーだと!?」
ダレルは目を丸くし、思わず手にしていた大槍を握り直した。
「おいおい、あいつらはソードマンと組んで遠距離から毒矢を射ってくる嫌な相手だぞ! それを倒してきたっていうのか……? まさか一人でか!?」
「おう! 余裕だったぜ! まぁ俺にかかればあんな緑のチビども、敵じゃないからな!」
胸を張って不敵に笑うイムを見て、ダレルは呆れたような、しかし誇らしげな顔で豪快に笑い飛ばした。
「ハハハ! すげぇなぁ坊主! よく無事に帰ってきたよ。……だが油断は禁物だぞ? 無事で何よりだ!」
「へへ、おっちゃんもありがとな! じゃあまた!」
手を振りながら街の中へと入っていくイムの背中を、ダレルは「たくましくなりやがって」と目を細めて見送っていた。
夕暮れの街道を抜け、イムが向かったのはいつもの探索者ギルドである。
普段帰還する時間よりも少し遅くなったせいか、ギルドの一階は探索を終えた探索者たちでいつも以上に混雑していた。
しばらく列に並び、自分の順番が巡ってくる。受付の奥には、変わらず凛とした立ち姿のマリナがいた。
「こんばんは、マリナさん!」
「……こんばんは、イムさん。納品ですね」
「おう、頼むよ!」
イムがカウンターにドサリと重みのある革袋を置く。マリナはそれを手際よく受け取り、奥の作業台で査定を始めた。
一分ほどの沈黙。いつもなら淡々と報酬を渡して終わる場面だったが、査定を終えて戻ってきたマリナは、報酬の入った革袋を手に挟んだまま、珍しく自分からイムに視線を向けた。
「……ゴブリンアーチャー、問題なく倒せたようですね」
「おう! マリナさんのお陰でもあるな! 教えてもらった本のおかげでバッチリ対策できたぜ!」
イムが白い歯を見せて笑うと、マリナは微かに胸を撫で下ろすような仕草を見せ、小さく息を吐いた。
「……ご無事で何よりです。こちら、本日の報酬となります」
カウンターの上に置かれたのは、ズッシリと重い金貨袋。
「本日は合計で銀貨二十七枚と銅貨八枚となります」
「うおっ! 銀貨二十七枚!? ありがとな、マリナさん!」
想像以上の大金に目を輝かせ、報酬を受け取って立ち去ろうとした――その時だった。
「おい!! ちょっと待てや!!」
背後から怒号が響き、イムの右肩が強引に掴まれた。
振り返ると、そこには酒臭い息を撒き散らし、顔を真っ赤にした粗暴そうな男の探索者が立っていた。どうやらイムの後ろに並んでいた男らしい。
「こんなガキが一回で銀貨二十七枚だぁ!? 不正してんじゃねぇぞ、おい!」
「……なに? おじさん、俺が不正してると思ってんの?」
イムは不快そうに眉をひそめ、肩を掴む男の手を睨みつけた。男はイムを見下し、吐き捨てるように叫ぶ。
「当たり前だろ! お前みたいなガキが一人で稼いでいい額じゃねぇんだよ! ギルドの受付とグルになって不正してんじゃねぇのか!?」
「俺が不正? してるわけねぇだろ。どこに目ぇついてんの?」
言いがかりも甚だしい言葉に、イムの瞳に冷ややかな光が宿る。
イムは静かに立ちふさがり、心の中で『奇術』を発動させた。自身の全身に、まるで高ランクの凄腕探索者が放つような、禍々しく重苦しい『圧倒的な威圧感』を纏わせる。
「ヒッ……!?」
一瞬で空気が重く跳ね上がり、眼前にある小柄な少年が、まるで巨大な捕食者のように見えた男は、引きつった声を上げて思わず一歩後退った。
「そ、そんなの……決まって……」
威圧感に気おされ、言葉を詰まらせる男。そこへ、カウンターの向こう側から鋭い声が響いた。
「そこまでにしてください」
声を上げたのはマリナだった。彼女は鋭い眼光で言い掛かりをつけてきた探索者を射抜くように見つめ、毅然とした態度で言い放つ。
「こちらの探索者……イムさんは、いつも一定量以上の魔石を毎日のように納品してくださっています。冒険者になりたての頃から順当に、驚くほど急速に力をつけられて結果を出されているのです。その数や種類において、不正など一切ないとこの私が保証いたします。……これ以上の言いがかりはおやめください」
「っ……!」
普段は事務的で冷静なマリナが、ハッキリとイムを庇う姿勢を見せたことに、イム自身も思わず驚きで目を丸くした。
さらに、ギルドに併設された酒場の奥から、出来上がったような酔っ払いの大声が響き渡る。
「お~い、そこのガキに絡むのはやめといた方がいいぜ~? なんせそのガキ、魔法も使えるみてぇだからな~!」
ジョッキを片手にひょっこり顔を出したのは、よくイムに絡んでくるいつもの酒場の酔っ払いのおっさんだった。
受付嬢からの毅然とした突っぱねと、周囲の探索者たちからの冷ややかな視線。さらには「魔法使い」という言葉に気圧された男は、自身の分が悪いことを察したように舌打ちをした。
「……チッ、覚えてろよガキが!」
男は悪態をつきながら、逃げるようにギルドの出口へと去っていった。
静けさを取り戻したカウンターで、イムは纏っていた威圧感を消し、マリナに向き直った。
「かばってくれてありがとな、マリナさん」
イムが素直に笑いかけると、マリナは一瞬だけハッとしたように目を見開き、すぐに視線を横へと逸らした。その耳たぶが、ほんのりと赤く染まっている。
「……かばったわけではありません。成果をしっかりと挙げている冒険者が、言いがかりをつけられているのを見ていられなかっただけです」
「はは、それでもありがとな!」
ツンと澄ますマリナに笑顔を見せたイムは、くるりと振り返り、酒場の奥に向かって大きく手を挙げた。
「それと……お~い! おっさんもありがとな~!」
酒場のおっさんは片手をひょいと上げてそれに応えると、すぐに興味を失ったように再び酒を喉へと流し込んだ。
「はは、いつも通りだなあの人。じゃあマリナさん、今日はありがと! またな!」
「……お気をつけて、イムさん」
いつも通りの挨拶を交わし、イムは誇らしげな足取りでギルドを後にした。
手の中にある銀貨二十七枚という大金の重みと、自分を認めてくれる人たちの温かさを噛み締めながら、少年は家族の待つ孤児院へと帰路につくのであった。




