第13話:強敵? ゴブリンアーチャー
ギルドの二階にある下と比べると静かな空間、そこにあった本棚から一つの本を取り出していた。ランプの仄かな明かりの下、イムは羊皮紙のめくられる音を響かせながら、銅級ダンジョンに関する本を食い入るように見つめていた。
(……あった。これだ、ゴブリンアーチャー)
シスターに叩き込まれた読み書きのおかげで、イムの眼球は素早く文字を滑っていく。
本に書かれていた要点は主に三つ。
一つ、ゴブリンアーチャーは粗末な短弓と木の矢、そして稀に毒矢を扱う小型の魔物であること。
二つ、種族としての特性上、近接戦闘を補うために必ず『ゴブリンソードマン』と二人一組のタッグで行動していること。
三つ、その弓の有効射程はおおよそ十メートル程度であり、それ以上離れると矢の威力が著しく低下し、命中精度も著しく落ちるということ。
(なるほどな……。酔っぱらいのおっさんが言ってた通り、ソードマンとのセットか。だが、射程が十メートル程度ってのが分かったのはデカい。逆に言えば、その間合いの『外』か『死角』から叩けば、アーチャーはただの木偶の坊だ)
イムは脳内で幾度もシミュレーションを繰り返す。
自分の手にあるのは、魔道具屋店主オーウェンから託された逸品『魔導銃』。そして攻撃力ゼロのハッタリ――『奇術』。
この二つをどう噛み合わせれば、最も安全かつ確実に二体を仕留められるか。
「……よし。イメージは出来た」
本を丁寧にあるべき場所へ戻すと、イムは二階から駆け下りた。受付の奥でチラリとこちらを気にするマリナに「ありがとな、マリナさん!」と手を振り、ギルドを後にする。
その夜、孤児院『パルテリ』の食卓は、どこか温かい安らぎに満ちていた。
今日も八百屋のおばちゃんのとこで買った瑞々しい野菜がたっぷり入ったスープが、家族の胃袋を温める。
「お兄ちゃん、今日のスープも、すごく甘くて美味しい!」
「ねー! お野菜いっぱい入ってる!」
チルアとジルが口の周りをスープで汚しながら無邪気に笑う。クレラも嬉しそうに微笑みながら、手際よく二人の口元を布で拭いてやっていた。
「ふふっ、二人ともこぼさないようにね。イムにいが頑張って買ってきてくれたんだから」
「イム、明日もダンジョンへ行くのでしょう? 無理はいけませんよ。……でも、本当に感謝しています」
シスターディアが柔らかい眼差しでイムを見つめる。
イムは不敵な笑みを浮かべ、胸をポンと叩いて見せた。
「へへっ、当たり前だろ! 俺は古の勇者の生まれ変わりだからな! この程度のメシ、毎日食わせてやるさ。明日もバッチリ稼いでくるから期待しててくれよ!」
家族の笑顔を守る。その決意を胸に深く刻みつけながら、イムはその夜、心地よい眠りについた。
――翌日。
朝靄の残るファーウェイの街を抜け、ダンジョンへと潜ったイムは、迷うことなく五階層へと足を踏み入れていた。
五階層の空気は、それまでの階層との違いは、イムには無いように思えた。壁面の苔の光もそれまで通りほんのりとしか光っておらず、薄暗い岩肌が延々と続いていた。
(ここからが本番だ……)
腰の左側に差した魔導銃のグリップに手をやり、右手の短剣の柄を握り直す。踏みしめる足音すら消すように慎重にダンジョンの通路を進むと、前方からシャカシャカという不快な足音と、低い唸り声が聞こえてきた。
壁の角からそっと覗き込む。
そこに居たのは――錆びた鉄剣を構えたゴブリンソードマンと、その背後で矢をつがえた弓をだらりと構える、ゴブリンソードマンと比べると一回り小さな緑色の魔物。
(ゴブリンアーチャー……!)
資料にあった通り、二体は横並びに行動を共にしている。距離はおよそ十五メートル。まだ向こうはこちらの存在に気づいていない。
「……ふぅっ」
イムは静かに呼吸を整え、頭の中で組み立てた作戦を即座に実行へと移した。
ザッと意図的に足音を立てて角から姿を現す。
「キシャッ!?」
「グギャア!」
即座にこちらに気づく二体。アーチャーがすばやく弓を引き絞り、イムへと狙いを定めようとした――その瞬間。
「――召喚!」
イムの叫びとともに、ゴブリンアーチャーの『目の前』、僅か数センチの距離に、一回りほど巨大なゴブリンの幻影が突如として出現した。
「グギャ!?!?!?」
目の前を完全に遮る巨大な同族。予期せぬ至近距離での出現に、アーチャーは激しく狼狽し、引き絞っていた弓の威力を殺してしまう。視界を遮られ、イムの姿が完全に死角へと隠れた。
だが、イムの狙いは視界を奪うことだけではない。
幻影の背後、安全な十五メートル離れた位置から、イムは左手に構えた魔導銃の引き金を迷いなく引いた。
――バシュッ! バシュッ! バシュッ!
魔導銃から鳴る独特の音が、辺りに響く。
イムが生み出した幻影には、当然ながら質量も実体もない。放たれた魔導銃の魔弾は、巨大ゴブリンの幻影を何の抵抗もなく透過し――その裏で混乱していたゴブリンアーチャーの胸元と頭部へ、無情にも突き刺さった。
「ブギャッ……!?」
何が起きたのかすら理解できないまま、絶叫をあげる暇もなく頭部を撃ち抜かれたゴブリンアーチャー。その身体はぐらりと揺れ、弓を握りしめたまま地面へ崩れ落ち、急速に黒い粒子となって霧散していった。
「グギャッ……!?」
隣で威嚇の声を上げようとしていたゴブリンソードマンの動きが、完全に凍りついた。
頼みの綱である遠距離支援の相方が、現れた幻影の影で、何の前触れもなく一瞬で命を落としたのだ。困惑と恐怖で、ソードマンの目が大きく見開かれる。
(隙だらけだぜ!)
イムはその決定的な隙を見逃さなかった。
魔導銃に撃ち抜かれて霧散していく幻影を横目に、呆然と佇むゴブリンソードマンへ真っ直ぐに魔導銃の銃口を向ける。両手でしっかりと銃身を固定し、魔力を込めて引き金を引いた。
――ズドンッ!!
一際高い魔弾の破裂音が洞窟内に響き渡る。
先ほどゴブリンアーチャーに向かって撃ったものよりも魔力が込められた光の弾丸は、無防備に晒されたゴブリンソードマンの頭部を正確に撃ち抜いた。
「ギ……ッ」
ゴブリンソードマンはサビた鉄剣をカラコンと地面に落とし、そのまま後ろ倒しに倒れ込む。やがてその巨体もまた粒子となり、その場には二つの転がる魔石だけが残された。
静寂が取り戻された通路で、イムは呆然と銃口から立ち上る微かな魔力の煙を見つめていた。
「……うそだろ。めちゃくちゃあっさり倒せたぞ……」
思わず口から漏れたのは、困惑の声だった。
かつて死闘を繰り広げ、服を切り裂かれながらなんとか勝利したゴブリンソードマン。それよりも難易度が高いはずのアーチャーとのタッグが、ソードマンを二体相手にするよりも遥かにスムーズに、そして安全に処理できてしまったのだ。
「……資料で相手の弱点を調べて、事前に策を練る。それに……」
イムは愛おしそうに、左手の魔導銃を見つめた。
「じぃちゃん……この銃、マジで凄いわ。最高の武器だよ、ありがとな」
金貨十五枚という大金を「出世払いでいい」と笑って貸してくれた魔道具屋の店主オーウェン。彼の粋な計らいと、マリナの助言、そして酒場のおっさんの警告。それら全てが組み合わさったからこその勝利だった。
胸の中にふつふつと湧き上がる感謝と自信。イムはニッと口角を上げると、落ちていた二つの魔石を拾い上げ、ずっしりとした革袋へと放り込んだ。
「よしっ! この調子でジャンジャン狩りまくるぞ!」
それからのイムの狩りは、まさに破竹の勢いだった。
『奇術で至近距離に幻影を生み出し、視界と意識を奪う』
『実体のない幻影越しに、魔導銃でアーチャーを射殺する』
『残されて困惑したソードマンの頭を撃ち抜く』
確立された絶対の勝ちパターン。イムは頭痛を起こすような無茶な分身の連発をすることもなく、手際よくゴブリンアーチャーたちを狩り続けていく。
ダンジョンの壁面に刻まれた苔の光が、黙々と魔石を回収し、次なる獲物へと歩みを進める少年の背中を静かに照らしていた。




