第8話:官邸テラスの影の軍師
台北の夜景を見下ろす、総統府のテラス。
湿った風が、静かな街の熱気を運んでくる。
◆ ◆ ◆
台北各地に潜伏していた工作部隊は、完全に沈黙した。
台湾の夜明けは守られた。だが、これは延命にすぎない。
北京の独裁者は、すでに次の一手を用意しているはずだ。
受け身のままでは、いずれ圧倒的な物量にすりつぶされる。
だから俺は、反撃の盤面を頼総統に突きつける。
◆ ◆ ◆
「言葉通り、見事に未来を証明してみせたな」
暗闇の中、頼玄徳が深く息を吐き出した。
「だが、習孟平は止まらない。次はどんな策で来る?」
その瞳には、終わりの見えない防衛戦への疲労が滲んでいる。
俺は手すりに寄りかかり、眼下の光の海を見下ろした。
「防衛戦は終わりだ。ここからは俺たちが攻めに転じる」
「攻めるだと? 我々に北京を叩く武力などないぞ」
俺は薄く笑い、首筋のインプラントに触れた。
「武力はいらない。圧倒的な情報で世界を味方につける」
「明日の朝、習孟平は台湾を悪者にする映像を流す」
「俺たちが瀋陽を爆破したという、侵攻の大義名分だ」
総統の顔色が、さっと変わる。
「だが、その前に俺たちが真実の記録を世界にバラ撒く」
「生け捕りにした指揮官の自白と、自作自演の証拠をだ」
「そんなことができるのか? 世界の電波網をどうやって……」
「空にある『神の目』を、俺が強制ジャックする」
俺の言葉に、頼玄徳が息を呑む気配がした。
「君は……スターリンクの衛星網を奪うというのか!?」
「常識で測るな。俺の脳には、未来のすべてがある」
圧倒的なスケールの反撃に、彼が静かに震えている。
「それは世界を敵に回す、歴史的な大罪だぞ」
「俺はとっくに幽霊だ。すべての泥は俺一人で被る」
俺の冷たい言葉に、頼玄徳は悲しげに目を伏せた。
彼は俺を恐れたのではない。少年の孤独を案じたのだ。
「……いや。国を預かる者として、私も共に泥を被ろう」
徳と正義を重んじる大人の、重く確かな覚悟。
「君の描く反撃の盤面に、この国のすべてを賭ける」
俺はイーロン・リンクを通じ、北京の中枢を覗き込んだ。
◆ ◆ ◆
中南海の最深部。薄暗い最高指導者の執務室。
「報告します。台湾の工作部隊が……すべて沈黙しました」
将軍の一人が、床に額をこすりつけるように震えている。
「通信網だけでなく、アジトの物理ロックまで奪われました」
「彼らは電子の密室で、一方的に制圧されたのです」
報告を聞く習孟平の顔には、一切の感情がなかった。
失敗した部下の命など、路傍の石としか見ていない。
彼は氷のような目で、手元の茶器を見つめている。
「台湾の防諜局に、それほどの技術はない」
低く重い声が、執務室の空気を凍らせた。
「私の盤面を横から覗き込む、小賢しいネズミがいるな」
怒りも焦りもない。ただ冷酷に、事実だけを処理する。
カツン、と。静かに茶器がテーブルに置かれた。
「小細工の時間は終わりだ。……力で盤面ごとすり潰せ」
圧倒的な暴力へのシフト。プロパガンダの放棄。
俺は網膜に映る独裁者の顔を見て、薄く笑った。
ようやく気づいたか。見えない敵である、俺の存在に。
これからたっぷりと、焦燥と絶望を味わせてやる。
◆ ◆ ◆
視界を台湾の夜景へと戻す。
夜風が強く吹き抜ける。
首筋のインプラントが、次なる作戦の予兆で熱を持った。
隣に立つ小梅が、俺の横顔を不思議そうに見つめていた。
「どうかしたの? すごく悪い顔をしてるわよ」
「いや。ネズミの親玉が、焦り始めたところだと思ってな」
小梅は呆れたように息を吐くと、そっと立ち位置を変えた。
風を遮るように立つ彼女から、確かな体温が伝わってくる。
最愛の彼女の破滅まで、あと995日。
【読者のみなさまへ】
「面白い」「続きが気になる!」と思ってくださったら、
ページ下部にある【ブックマーク登録】や、【評価システム(★★★★★)】で応援していただけると、執筆の非常に大きな励みになります!
何卒よろしくお願いいたします。
◆【作品をより深く楽しむための補足ページ】
本編の戦況マップ、地政学・ミリタリーの裏設定などはX(旧Twitter)にて随時公開・更新しています!
ぜひこちらもチェックしてみてください。
▼作者X(旧Twitter)アカウント
https://x.com/shinsannov




