第13話:【閑話】姉妹の挟撃(両手に花)と、38歳の理性
総統府の薄暗い仮眠室。
消毒液と、甘い八角の匂いが混ざり合っている。
◆ ◆ ◆
独裁者の狂った宣戦布告から、数時間が経過した。
大軍が動くまでの、わずかな猶予期間。
だが、未来技術の連続使用で、俺の脳は限界だった。
小梅に引きずられるようにして、仮眠室のベッドに倒れ込んだ。
◆ ◆ ◆
「……ねえ。どうして異国の台湾のために、そこまで必死になるの?」
冷たいタオルで俺の汗を拭きながら、小梅がそっと呟いた。
限界の脳は、理性のストッパーを失っていた。
「……絶対に守らなきゃいけない人がいるんだ」
「彼女が平和な世界で笑っていられるなら、俺は歴史の闇に消えていい」
その言葉に、小梅の指先がわずかに強張る。
志明のいつもの厳しい表情からは想像もつかない、ひどく優しく、祈るような顔。
「……そう。あんたにも、そんな顔をさせる人がいるのね」
少しだけ震える声には、淡い嫉妬が滲んでいた。
その声を聞きながら、俺は深い泥の底へ沈んでいった。
◆ ◆ ◆
目を覚ますと、右腕に柔らかく温かい重みを感じた。
だぼだぼのパーカーを着た小飛だ。
彼女は猫のように、俺の腕枕で布団に潜り込んでいる。
そして左手には、別の温かな感触があった。
SPのジャケットを脱いだ小梅が、ベッドサイドにうつ伏せている。
彼女は、俺の左手を両手でぎゅっと握りこんで眠っていた。
「……おい。ここは託児所じゃないぞ」
俺が呟くと、右腕の重みがもぞもぞと動いた。
「あ、起きた。おはよう、38歳の志郎おじさん」
小飛がニヤニヤと笑いながら、顔を覗き込んでくる。
パーソナルスペースを無視した、小悪魔の距離感だ。
「小飛! なんで総統府の最高防壁を突破してるのよ!」
俺の隣で警戒心を解き、本気で熟睡していた小梅が跳ね起きた。
慌てて俺の手をパッと離し、耳まで真っ赤にしている。
「お姉ちゃん、ずっと手握って心拍数リラックスしてたよ?」
「なっ……なんであんたが私のバイタルデータを……っ!」
「警戒心ゼロ。すっかり安心しきって新妻みたいだったよ」
「違うわよ! 私は監視任務の疲労で……っ!」
「あんたのその首、へし折るわよ!」
姉妹が俺を挟んだまま、本気で取っ組み合いを始める。
密着する二人の体温と、年相応の甘い香り。
19歳の若く健康な肉体が、危険な警鐘を鳴らす。
(……落ち着け。俺の中身は擦り切れた中年だ)
38歳の必死の理性がなければ、どうにかなっていただろう。
『最高にエキサイティングな状況だね、キッド』
脳内で、透明な羽扇をあおぐ男が楽しげに笑う。
『このまま二人ともいただいてしまえば?』
「……黙れ、孔明。ログアウトさせるぞ」
俺が呆れてため息をつくと、小梅がタッパーを差し出してきた。
「……ほら、食べなさい。母さんが持ってきてくれたの」
冷めきった魯肉飯から、微かに八角の匂いが漂う。
「お姉ちゃん、お肉つまみ食いしてたけどね」
「ばっ……小飛! あんたの端末、水没させるわよ!」
怒る小梅と、アカンベーをして逃げる小飛。
戦場には似合わない、あまりにも平和で温かい騒ぎ。
「……いただきます」
冷めた肉をかき込むと、胃の腑に確かな熱が広がった気がした。
最愛の彼女の破滅まで、あと991日。
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