第10話:未発生の悲劇、全世界同時配信(前編)
台北の夜空が、微かに白み始めている。
総統府の地下通信室は、異様な静寂に包まれていた。
◆ ◆ ◆
神の目を奪い、世界の電波網を完全に掌握した。
北京の独裁者は、まもなく嘘の映像を世界に流す。
台湾の工作員が瀋陽を爆破したというフェイクを。
それが第一列島線を突破する、侵攻の大義名分だ。
絶望の歴史を書きかえるため、俺は真実をバラ撒く。
◆ ◆ ◆
「……時間だ。全世界の画面を上書きしろ」
俺の思念に呼応し、イーロン・リンクが熱を持つ。
『了解したよ、キッド。全衛星群、一斉送信開始だ』
通信室の壁を埋め尽くす無数のモニターが、一斉に暗転した。
次の瞬間。すべての画面に、同じ映像が映し出される。
タイムズスクエア、新宿、そして北京の巨大ビジョン。
世界中のスマホやテレビが、強制的に一つの真実を映す。
「なっ……本当に世界中の電波をジャックしたのか!?」
通信局の長官が、腰を抜かしてへたり込んだ。
画面の中で、北京軍の将校が薄暗い部屋で密談している。
瀋陽の爆破を自ら仕掛け、台湾の仕業に偽装する計画。
さらに、廃工場で生け捕りにした指揮官の生々しい自白映像。
二つの決定的な証拠が、世界中に垂れ流されていた。
「AIの捏造じゃない! 偽造不可能な量子透かしが入っている!」
「あり得ない! 厳重な物理遮断の密室での会話だぞ!?」
技術者たちが、神の御業を見たように震えている。
『世界のSNSがパンクしたよ。最高のエンタメだ』
脳内で、透明な羽扇をあおぐ男が楽しげに笑う。
イーロンが、中央モニターに世界のタイムラインを映し出した。
◆ ◆ ◆
秒間一億件を超える、異常な更新速度のタイムライン。
光の滝のように流れ続ける、何十億という人間の声だ。
『ふざけるな! 自作自演で戦争を起こす気だったのか!』
『第三次世界大戦の引き金を引く気か、この嘘つき野郎!』
『AIのフェイクじゃない! 量子透かしの認証が通ってる!』
『恥を知れ北京! 世界中がお前らの嘘を見ているぞ!』
『独裁者の顔に泥を塗ったハッカーは誰だ!? 英雄だぞ!』
世界中のトレンドが、独裁者への非難で埋め尽くされていく。
英語、スペイン語、アラビア語、そして中国語。
あらゆる言語が入り乱れ、苛烈な怒りと嘲笑の嵐となる。
圧倒的な情報の非対称性が、独裁者の嘘を完全に粉砕したのだ。
歴史を都合よく記述する大義名分は、この瞬間に消え去った。
「……さて。未発生の悲劇は、ただの三文芝居に終わったな」
俺の呟きに、隣に立つ小梅がそっと肩をすくめた。
「……本当に、とんでもない男ね。あんたは」
最愛の彼女の破滅まで、あと993日。
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