第二章『クロ』
夕暮れが空の碧天を濁し、橙色に褪せていく。傾きやがて落ちるその灯火は俺たちの影を伸ばす。
その影が徐々に伸びていく様を観察していた。伸びた影が紙飛行機から垂れ、底の海に写していくのだろうか。
「あ、のっ、」
横たわってぼーっとした俺に見下ろしながら意識を取り戻させられる。
「そろそろ話してくれませんか、なんで私まで、」
「あ、そうだな、」
何から話せばいいのだ。いや、何を話せばいいのか。人とのコミュニケーションが乏しい俺は、どうもこういう大事な時は頭が回りづらい。
「まずは、その、付き合ってくれてありがとう」
「いやっ、それはいいんで、孝一さんが、何から逃げてるのか、わからなくてっ、」
逃げてる、か。やはりそう見えるのだな。
「逃げてるわけじゃないよ。少し家庭の用事で早く家に帰らないといけなくてさ」
「一人、暮らしじゃ、ないんですか、?」
だいたい目星がついてきたな。こいつは俺のことをよく知っている。
「一人暮らしだ。家庭の用事だからと言ってそんなにおかしいかな?家に送らないといけない物が急遽知られて今急いでるんだ」
「……親とは、絶縁、してるんじゃ、?」
「……」
デリカシーのないやつだと言えばそれまで。これはそんな問題を考えるどころではない。
「詮索してるな、俺のことを——」
その瞬間、スマホから振動が伝わる。無視すべきタイミング。確認するどころではない。だが、その通知にはひろみからのLINEが来ており、目の前のなるの顔を伺わずにそのメッセージを確認せずにはいられなかった。
その文字列を見て、何度目かの吐き気を催す感覚に落ちる。
『……ごめんなさい』
時が止まったのかのように周りの音が消え去る。
『孝一くん、人と話すの苦手だったんだね。なのに私』
「なる、ごめっ、今少し、時間を、」
「孝一さん、?」
首を傾げ、先程俺の言いかけた言葉を探そうとする。それを俺は一時的に止めてほしい願った。
やらなきゃいけないこと、考えなくてはいけないことが滞りなく押し寄せてくる。処理が追いつかないのだ。どこか土台が崩れたかと思うほどに。
手汗を結晶板に濡らしながらも文字を滑らす。
『ごめん迷惑かけえ。追いかけなくてもよかったのに』
誤字を直す時間もなく、すぐに既読はつき、返信は数秒して返される。
『追いかけちゃうよそんなの。何かあったんじゃないかって。でももう孝一くんの姿が見えなくて』
なら俺が走ってから追いかけるまで少しの余白はあるな。我慢して近くの見通しのいい正門から逃げなかったのが少しの意味を成した。
その余白の間に聞かれたくないことが知られるかどうか気になるが、返信から見るにそれは考えづらい。
仮にその秘密をあのテニス部二人から聞いたとして、ひろみはあくまで何も聞いてないふりをすると仮定すると、話もせずにすぐ追いかけたと言うのが適切。追いかけなかった、だと何を話して別れた?と聞かれるから論外。上手く濁すこともできるが、訝される目はしばらく張り付いてくるだろう。
対してこちらは人違いかなと誤魔化すこともできる。
さらにあの二人、どういうわけか裏事情はあまり話したくなかったことから推測するに、ひろみが何度も積極的に聞かないと話してくれない感じがした。練習に戻る時間があまりなかったことも加えると、
『二人も来たのか?』
『いや二人はそのまま練習に戻っちゃった』
『そっか』
のように二人の存在を流す、というかそのパターンしかない。自然なタイミングで俺という人間を聞いたかどうかのことはひとまずなかったと考えていいだろう。
まぁ強いて言うなら、俺が人と話したくないということぐらいか。学校の案内中でそれは察したと思うし特に問題ではない。
一番最悪なパターンがひろみはなにも聞けなかったのに、巧みに話を濁して俺自身からボロを出すことだ。だから、追いかけて来た、という前提を先手で造り、話を絞る。
まぁ実際ほんとに追いかけて来たのかは知らないし、逆手に取られる可能性もあるが、ひろみのキャラ的に追いかけたを崩すとは思えないし——
「なにっ、してます、か?」
「あ、ちょっと大事な話が」
しまった。つい推測に更けてしまった。
「誰と、話してたん、ですか?」
スマホに視線を落とし、少しトーンも低く聞こえた。やばい、怒った?
「いや、クラスメイトに俺の忘れ物を連絡してくれて、今返したんだ。自分のことばっか優先してすまん……」
「ほんとっ、ですよ。ちなみに、誰、なんですか、?」
なんだ。何が聞きたいんだこいつは。
「2年のクラスメイトだ。聞いてもわからないだろ?」
「あのっ、かわいい、転校生、とか、」
なにがなんでも察しが良すぎる。これは隠したほうがいいのか?というかなかったことにしてるけど、親との絶縁とか、こいつ俺のこと知りすぎてる。ひろみと合わせるのはどうも嫌な予感がするか。
「あのバカか?確かに同じクラスに来たけど、あまり話したくはないな」
「頭の、いい人、好きなんですか、?」
「え?あぁ……」
なぜかなるは少し眉を顰める。こいつの考えていることは一生わからない気がするな。
「なるは——」
またポケットから振動だ。見なくても誰からなのかわかる。
『もしかしてテスト勉強しに帰った感じ?』
メッセージを見ると、それに反応するように。
「また、クラスメイト、からですか、?」
うん。完全に綱引きされてるようだ。いやまぁ二人に悪気はないと思うけど。
「すまん。なんでもない。話を戻そう」
返信は後にしよう。今は目の前の人と話すべきだ。めちゃくちゃ当たり前なことを言っている気がする。
「今、なるは、って……。私の、タイプ、ですか、?」
何を言い出している。
「いや、それは聞いてないな……」
「じゃあ、なんですか」
「西蓮寺なる。龍馬もそうだが、お前らと知り合うようになったのはこの学校に来た時だ。入学する前は名前すら知ってないはず。なぜそこまで俺のことを知ってるんだ?」
龍馬から俺が王子だと聞いたならまだわかるが、一人暮らしや親との絶縁までは龍馬にも話していない。
――こいつと俺の間に一人誰かがいる。




