第二章『晴れているならそれでいいや』
「……そう、やっぱり、か」
ため息をつき、どこか目を逸らして。
「……お兄ちゃん、から、聞いて、」
嘘だな。
「そっかー。あいつほんと口滑らせるやつだな」
「あ、ご、ごめんなさい……私っ、デリカシーのないことを、」
え?今かよ。もう慣れてきたから大丈夫だ。
「お互い様だよ」
「ふふ……そっか」
初めて笑った顔を見た気がする。ここだけ切り取ったら普通にかわいくて見惚れそうになるな。龍馬が兄じゃなかったらその性格もなかったろうに。
嘘をつくということは隠したいことがあるということ。この前提を逆手にすることはリスキーだし、まぁなんとなくこいつはそこまで頭が回ってないだろう。
疑うべき人は、なると繋がっていて俺の視界から外れている人物。なるのクラスメイトはありえない。俺からしか情報源はないし、知り合いも勿論いない。先輩から聞いた、ということも同様にして考えていいな。とすると、誰かが一番いそうなところは——
「あ、そうだ、お兄ちゃんのことで、少し……あの、だい、じょうぶ……ですか、?」
顔の外側をなぞっている汗を手の甲で拭く。
「すまん。暑くてな。龍馬のことか?」
「……はい。最近、いつも以上に、その、優しく接して来てるって、いうか、」
確かにあいつが真摯に人を気遣うのは気持ち悪いな。
「お兄ちゃん、なにか、あったのかな、って、」
「俺も龍馬の近くにずっといるわけじゃないし、わからないな。でも、いつも通りには見えたけど」
「……そう、ですか。私、こういうの考えて正しいのかわかんない、けど、」
「ん?」
「私のせい、なんじゃないかって、」
「心当たりあるのか?」
「……」
手を顎に添えて少し沈黙している。心当たりあるのか、今探しているのか。俺からすれば話し合うのが一番だと思うけどな。
足を伸ばして宙をぶらぶらしながら空を見上げる。そういえば、あれからひろみのメッセージは来たのだろうか。
スマホを再び開くと、さっきの『もしかしてテスト勉強しに帰った感じ?』で止まっている。このアプリあんまり使ったこともないから、その文字列の横に、既読、と書いてあるのがよくわからん。
『まぁそんなところだな。人と話すのはもう疲れた』
またすぐに返信は返ってくる。
『あ生きてた。んーでもさ、コミュニケーションも大事だと思うんだよね。ほら、テストは情報戦とかよく聞かない?』
『一人でできるならその限りではないだろ』
『え〜』
熊なのかなんなのか、異形の人形が困ったようか顔をしたスタンプ?が送られる。たしか最近流行りのマスコットキャラクターなんだっけ。
『じゃあさ勝負しようよ』
ん?なんのだ?と文字を打つ途中でまたメッセージが来る。
『次の定期テスト。総合点数でさ!』
すごい前のめりだな。一教科のみならまだしも、全教科となるとかなり勝率が低くなるだろうに。
『それで私が勝ったらクラスメイトとちょっとずつでいいから会話をしてみること!』
『俺が勝ったら?』
『うーん。じゃあ私になんでも一つお願いしていいよ!』
なんでもか。それはいい提案だな。夢の一つや二つ、叶えられそうだ。
『わかった。二言はないな』
『女は度胸だもの』
愛嬌じゃないのか。
最後に、またさっきの流行キャラクターの目に火を宿らせているスタンプを見送ってスマホを閉じる。横に座っているなるはすでに思い出すのをやめていて、こちらをじっと見ていた。
「あのっ、孝一さ——」
「なぁ、俺、そろそろ夢が叶えられるみたいだ」
「え?」
なるは、自身の問いかけを初めて無視したことに、少し驚いていた。その様子に気づかずに俺はべらべらと話す。
「幼稚な夢だけどさ。いやまぁ、夢くらい子供心持たなきゃだよな」
「夢とか、あるん、ですか、?あまりそういうの、考えて、なさそうというか……」
「何を言ってる。人間ならだれにもあるだろ?妄想でも幻でも見れるものは見るべきだよ」
「……なにを見たいのですか、?」
なるは少し頬を赤らめる。だが、その予想とは違う回答を俺は話す。
「うみ、かな」
「海?」
「なるは留学生だし、別に特別感はないかな」
「いやっ、私、山と山の、内側に住んでたので、海に行く時は、旅行くらいで、なので、好きといえば、好き、ですけど、」
しかし浮島にしか住んでいない俺らと比べると感じ方はまた違うのだろうとなるは話す。俺は軽く頷き、目を光らせて、
「海はさ、この土地じゃ比べものにならないほど広くて、とてつもないほど深くて、まだ見たこともない新種があるほどなんだろ?」
「魚が、好き、なんですか、?」
「微妙に違うな。自世界の領域なのに、未だにほとんど解明できていないところにとても魅力を感じてさ。まだまだ世界は広いんだなって思っちゃって」
確かに動画サイトで見ればある程度海がどういうものかわかるし、地図でも実感はある程度取れるだろう。だが、俺はあえてしなかった。子供の頃から。
「ここを卒業して、真っ先に行きたいんだ。そんでその近くの家に住んで、仕事したいなって」
「あのっ、もう、着いて、」
紙飛行機はすでに目的地に到着しており、停留所に停まっていた。俺は足を伸ばして、その土地の断面を軽く蹴っては戻している。ぶらぶらと紙飛行機は揺れる。
「ははっ。どんな感じなんだろうな。ここの世界は基本魔法で水を補充できるし、大きな池とかもないんだよ。たしかに、魔法で水問題の解決は革命的だけど、やっぱり海は捨て難いし」
「な、なにっ、してるんですか?」
「あっ、ごめん!俺何して。今立つよ」
待たせてしまった。今日は散々なるに迷惑をかけた。このハンカチも洗って返さなきゃだし。恩返ししなきゃだな。なにか、本でも、
「孝一さん!?孝一さん!!」
あれっ、草原が回ってる。回るもんだっけ。違う、空が足元に寄ってきてるんだ。あぁ綺麗だな。雲ひとつない。満遍ない藍色が広がっている。もしかして、海ってこんな感じなのかな。とくに思い詰めたわけでもないけど、いつまでも見れそうだな。美しい。
「孝一さん!!へんじして——」
あぁ、今日はほんとに晴れててよかった。おかげでいいものが見れた。




