第三章『始まりに過ぎなかった』
「それで?お前は勝つつもりなのか?」
朝日が屋上を青白く照らす中、俺——西蓮寺龍馬は、孝一の前日の流れを一通り聞いた。あまり好戦的とは思えない孝一が、ひろみからの提案を飲み込んだこと自体、少し引っ掛かりを覚える。
「まぁただの口約束だし、本気でやるとかどうとかは、お前はしょうもないとか考えそうだけどさ」
「口約束でも人と人との約束だ。それに、確かに負けたら馬鹿どもと話さなくちゃなんないけど、勝てたらメリットもある」
「まぁ……そうか」
どうやら、二人は学校案内後に人との付き合いの難しさを話してたらしく、勉強とコミュニケーションの天秤の傾きが人と大きく外れている孝一の性質を測ったのか、ひろみは挑戦状という形でその天秤の調整に手を加えようとしている。
孝一が負けたらクラスメイトと交流を重ねること。勝てたら何か一つお願いを聞かせれること。
ひろみのことは俺はあまりよくは知らないが、きっと、お人よしと子供心を詰め込んだ性格の持ち主だと思われる。だから、何か邪な考えを入れてのことではないとは思うが。
「俺は勝つつもりだ。もちろん全力で満点を取るつもりでいる」
「いやいや、相手はまだこの世界を知り始めた転校生だぞ?数学とか英語らへんはまだしも、社会となると勝ち目あるというか」
「あいつの心配なんてしてないさ。どうせ高得点を叩き出してくる」
白いフェンスに肘を置き、遠くを見ながら、固い決意を決めているように見える。
「今回の試験は一年と二年の前期をまとめた総復習だぞ?この学校は先取り重視なの知ってるだろ?前の学校とは一年のカリキュラムは大幅にズレてる上、歴史は数万年までの知識が必要だ。とてもじゃないが……いや、とても高得点を取れるようには思えない」
相手への心配、というよりかは孝一の張り切り具合を不思議に思っている。どうしてそこまでひろみを過大評価するのか。ひろみとは一体どういう人なのだろう。
孝一は腕を後ろに回して体を伸ばしながら、「勝てない勝負を仕掛けてくるわけないだろ?」と言い、
「あいつは頭いいよ。頑張って隠そうとしてるけど、飲み込みが異常に早いし、記憶力も、きっと優れている」
「きっと?どういう意味だ?」
「……まぁ勘だからあまり根拠というか——」
「あのさ、ひろみってお前から見てどういう人なんだ?」
腹の底が沸々とする。なにかあったのかわからないが、こいつは何か曖昧だ。
「なんか、飛躍してるようにしか聞こえないんだよ。昨日何があったんだ?」
孝一は最近どこかおかしいのは察してる。あえて何も聞かなかったけど、裏があるのは間違えない。
「……別に、俺もそこまで知らないよ。昨日転校したばっかだったし、案内を押し付けてきたのもお前だろ?特別視してるわけでもない」
「いやそうだけどさ、人に興味のないお前が積極的に推測まで立ててるのがらしくなさすぎて……もしかして、本当に好きなのか?」
「はぁ?」
孝一はようやく俺の目を合わせて、そんでとても深いため息をついた。
「俺がそんなつまらない感情があると思うか?」
「いやまぁお前が感情はいらないとかよくわからんことを言ってるのはたくさん聞いてるけど、」
「ニ年からの選択コースで心理を選んだからって、変に考えすぎたか?」
「……あぁそうだ。知識が増えたから友人の心理状態が少しわかるようになってる」
気持ち悪いか。デリカシーのないところまで無理やりに踏み込みこむのは本望じゃないけど、疲れてる孝一を見たくはない。
「俺が予想するに、お前は反動形成って言葉に当てはまりそうだが、わかるか?」
「反動形成ぃ?」
ばかばかしいと言うように孝一は首を振るが、俺は改めて定義を話す。
「本心と逆の態度をとることをこう言うんだ。お前の場合に沿って言葉を変えると照れ隠し。明らかに喋りすぎだ」
「ばーか。前提がそもそも間違ってるからその理論は破綻してる」
「いやあいつがかわいいのは合ってるだろ。将来モデルになるのは間違いないくらい。ファンクラブももうできてるらしいぞ」
しょうもな、と言うように斜め上に目を逸らす孝一を見て、俺はスカすな、と主張をさらに強める。
「別にお前がひろみのこと好きかどうかは無理やりに聞くつもりはねぇけどさ、お前が典型的な反動形成を見せているのは事実だぞ」
俺の真剣な声調を聞いて、孝一は袖で汗を拭き、耳を傾ける。
「反動形成には防衛本能も含まれてる。なにかコンプレックスを感じて、それを隠すために無意識に保守的になる。お前がらしくなくなるってことだ」
学校案内の話をする前に、俺みたいになれるかな、なんてくだらないことを聞いてきたのは忘れてねぇからな。
「隠す?俺が?」
「あぁそうだよ。強制的に、話せ、までは言わないけど、そういうもんは一人で抱え込まないことだ。返って摩擦が大きくなる」
俺はそのまま孝一の肩を掴み、声を荒げる。
「もう一度聞くぞ。お前は、ひろみのことをどこまで知ってるんだ?俺に話せないことならそれでいいけど、できるなら頼ってくれ。信じてくれ。お前より頭も良くないし、手助けできる力も持ってないけど、お前の疲れてる顔見ると心配なんだよ。頼るのも、信じるのも難しいなら、せめて隣に俺がいるんだって感じてくれ。誰かと繋がってるって実感が欲しいから、お前は、苦手だった感情に目を向け始めてきてるんじゃないのか!?」
転校生の案内を助けようとしたこと、自分に自信が持てなくなってきてること、これらは孝一の中で明らかに何かのターニングポイントになっていると思う。だからこそ、友人として、悪い方向にいかせたくないんだ。
「龍馬……」
唇を硬く結び、目を下に落としている。揺らいでいるように見える。勢いで一方的に話してしまった俺は、パッと肩を離し、一歩距離を開けると、
「嘘に、聞こえるかもだけど、」
「あぁ」
柔らかく首を頷く俺を見て安心したのか、孝一はふっと力が抜けているように見えた。
チャイムが鳴ったのか、その音に反応したかのように、風が木の葉を揺らし、白い鳥が影をこちらに落とす。
その影が、覚悟を決めた孝一の瞳を濃く染め、俺の刹那を埋め尽くした。
「ひろみは、この世界に来たスパイと、俺は思っている」
その考えを、この時俺は素直に飲み込めた。信じてくれた一歩だと思うし、俺も孝一を頭っから疑うほど、ふざけてるようには思わない。
でも、この言葉の意味を、俺はもっとぐっと噛みしめた方が良かったのだろう。なぜなら、これは始まりに過ぎなかったのだから。そして、やっぱり俺は孝一の足元にすら辿り着けていなかったのだ。
【どうでもいい独り言】
小説の始め方がわからなさ過ぎて、むしろこの話を第一話にした方がいいではと考え始めた今日この頃。




