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運命の人などいない、この世界で  作者: マッチャ
子犬と蛇の頭脳戦
20/21

動物の死骸

 両腕で顔の前に構えるも、右腕の骨は砕かれ、衝撃は頭にまで渡り、焦点が合わなくなる。


 他の人の騒ぎ声が聞こえた。たつきを止めようとする声や助けを求める声が溢れ、すぐさま一人の助け人が来た。


 それは、正しく神の目を持つ、可憐な少女。


「なに……してるの……」


 たつきの憤りは矛先を変え、ひろみに向く。


「かなえぇ、これは、違うんだ!俺は、今日までだ!かなえが俺のものになるなら、俺は変われるからぁぁ!!」


 情けなく喚きながらひろみに突進していく。フェンスに倒れ込む俺は手も足も出せず、他の傍観者も声を出すしかなかった。誰も助けられない。その瞬間、


「ふっ——!」


 人が倒れ込む音がした。だが、倒れたのは蒸気を放つ凶暴な男だった。状況が読み込めず、刹那を思い出す。ひろみの華奢な足がたつきの顎らへんに綺麗に入り、たつきはひろみの足元に倒れた。


 一発。蹴り一発で、魔法を取り込んだたつきを止めて見せたのだ。


「私、かなえじゃなくて、雨宮ひろみだから!!」


 堂々と胸を張って、名をあげた。少し潤った、だが神の目と言われると確かに納得できるほど透き通っており、その中に汚い血まみれの人間が映る。 


「孝一くん!?孝一くん!」


 こちらまで駆け込んで躊躇なく肩を掴み、揺らされる。間近で見ると、眉毛も綺麗だなと思った。


「しっかりして!何が、ここで何があったの!?」


 驚くほどひろみは過剰に心配してきた。小さく声を上げるたつきなどまるで顧みずに。


 すぐさま先生達も集まり、後ろから走ってきた龍馬やなるもこちらに来る。


「孝一!おい!」


「先輩!大丈夫ですか!?」


「みんな……どうしてここが」


「そりゃだって、噂が広まってたんだよ!三年の先輩が孝一とタイマンするって、決行は明日じゃなかったのか!?」


「ごめん……嘘ついた」


 それより、まだやらなきゃいけないことがある。俺は右がもう使えないのを感じて、左手で向こうを指差す。


「たつきの、話を聞いてくれ」


 三人とも俺の指先を見る。そこは、多数の先生がたつきを囲んでいた。


「後架立木さん。あなた、その魔法はどうやって手に入れたんですか?レベルファイブの魔法、国家機密ものですよ」


「おりゃ……スパイの、仲間さ、スパイの、」


 先生含め、全員が耳を疑った。スパイ?何の話なのかわからない、と。


 だが、俺の隣の者はもちろん心当たりがある。


「えっ?スパイの仲間?ちょっと待って下さい。つまり、やってきたスパイはたつき先輩で、他にもいる?」


「いや待て、たつきは内部生だぞ。高校からでしか留学生は認めてない。たつきが外世界から来た者ではないだろ」


「二人とも何を話して、スパイ?」


 ひろみにもついにスパイという存在が伝わった。それに西蓮寺兄妹は口をもぐもぐさせる。そんな三人は蚊帳の外で、先生達はたつきに尋問する。


「スパイ、何の話だ!後架くん!」


「ははっ、やられたよ。くそっ。俺は、かなえを見ていたけど、かなえは、俺のことを見てなかったんだな。そりゃそっか。死んだんだしな」


 たつきは涙を流した。あんなやつでも、涙するんだな、とどこか不思議に思った。


 先生達は埒が開かないと、たつきをどこかへ連行した。他の生徒達にも、もう解散しろ、と忠告した。怖かったね、なんなのあれ、たつきとかいうやつ気持ち悪、などと様々な声と共に、嵐が散るように消えていく。


「待って」


 たつきが弱々しい顔でこちらに首を振り返り、目を見開く。なぜなら、その真摯な声の本人は、彼の待ち人であり——


「か、かなえ、やっぱり、俺とお前は切っても切り離せられない!おれのぉ……!」


「運命の人なんて、この世にいないから」


「………………………ぁ」


 抑え込んだ涙を流し、力で先生達を突き飛ばす。再び発したその声は、言葉は、彼の心を引き裂くには十分すぎたのだ。


「ぁああぁあぁぁあ!!」


 蒸気が増し、苛立ちはまた標的を定める。だがその標的は、己自身だった。


 ひたすらに自分の顔を魔法で強化された拳で殴り続けた。見るに耐えない、まさに痴態。そのまま彼は気絶し、今度こそ先生に連れて行かれた。


 腕を引っ張られ、力無く垂れたその背中は、立ち上っている蒸気と相まって、まるで動物の死骸のように、虚しく見えた。


「いったい……なにがなんだか」


 周りがどんどん消えていく中、俺ら四人はその場に立ち尽くす。


「ごめん龍馬、でもたつきはもう二度と顔を出せないだろうな」


 アザまみれな顔で、歪ににやにやする。


 ひろみは白髪が垂れて、顔がよく見えなかった。龍馬は俺の顔を見て何も言えない様子だが、なるはそうではなかった。


「先輩、演技しなくて大丈夫ですよ。煽る相手はもういないのですから」


「お前には、つくづく効かないんだな」


 元の俺の声に戻って、龍馬は再び話しかける。


「なぁ孝一、一体、どこまでがお前の作戦だ?偽の決行を俺らに言ったのも、廊下で詮索を早めに切り上げたのも、机の落書きもわざと残りたり……」


「龍馬やなるに危害が巻き込まれるかもと思ってな、タイマンする日をズラした。すまない」


「先輩は、私たちのためって、ことですか?」


「でもな孝一、それでお前はどうなんだよ!?こんなボロボロにまでなる必要はあったのか!?」


「いや、まさかスパイと手を繋いでいるとは思わなくてな、あんな高レベルに仕上がった筋肉増強魔法は、読みきれなかった」


 そんなのわかるわけないだろう、と兄妹は怒る。


 龍馬は、俺を強く抱きしめた。


「とにかくだ、お前は無茶をしないでくれ。お願いだ。頼りない俺だけど、友達だろ?」


「……ごめん」


 友達、龍馬はそう言ってくれた。隣のなるも涙目になりながら、きっと同じことを思っていたのだろう。


 もし、この作戦が全部俺の読み通りだとしたら、二人は何と言うのだろうか。


 噂が広まることも想定に入れ、蒸気を発したたつきを退学に追い込むことまで考えていたら、何と言うのだろうか。


 詮索した俺らをブラフに、たつきの下駄箱にスパイの特命状を忍び込ませたら、何と言うのだろうか。


 その紙を利用して、『初めまして。私は外世界から派遣されましたスパイです。まずは突然驚かせるような物を見せてしまって申し訳ございません。スパイとはなんですか?と疑問に思われたのでしょう。スパイとは、この島嶼国家の転覆を目論む組織のことです。この国は異物で危険性の高い魔法を研究しています。それは後々において、世界の破滅につながると予想されており、従って私たちスパイは情報を得るため、この国に潜伏しています。一緒に同封した特命状を見て頂ければ理解されると思います。さて、なぜそんな国家組織があなたに話しているのかと言うと、この学校に在籍されている王子の霧生孝一の捕縛、及び事情聴取するための仲間として、最適なのがあなたと判断したからです。私たちが求める仲間は、王子に対して強い憎悪を持つ人間、そして力強い人です。今日のあなたと王子のやり取りを耳に挟み、あなたしかいないと評価させていただき、この手紙を書いた所存でございます。あなたへのお願いはただ一つ。王子を気絶させ、誰の目にも入らないところに隠して下さい。内部生のあなたなら、校舎の構造は丸々わかってらっしゃると思います。安心して下さい。この事件に関するあなたへの損害は外世界を代表して、全て不問にします。ただし成功した場合なので慎重に行って下さい。王子がいないと学校中に広まった後、この手紙の後ろに隠し場所を書いてもう一度この下駄箱に隠して下さい。報酬はあなたが望む分だけの資金を差し上げましょう。特命状だけではまだ信じきれない部分もあると思いますので、中には最高濃度の筋肉増強魔法も入れさせていただきました。この作戦はあくまであなた次第ですが、見返りは必ず保証します。最後に、これは誰にも公言しないでください。すぐにわかりますので。』という手紙を添えたら、二人は、何と言うのだろう。




 頼ってくれ、だなんて言ってくれるのだろうか。


「……孝一くん。保健室まで歩けそう?」


 俯いてたひろみは、顔を上げる。ややこしいが、スパイとしてではなく、演技している学生としてのひろみからしたら、何が何だか訳がわからないのだろう。眉が下がっており、声が震えていた。


「それでもし、余裕があるなら、話したい」


「わかった」


 その後は、風邪にかかったのかと疑うくらいには疲れて、ひどい頭痛に苛まれながら保健室で眠りに落ちた。

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