赤黒いグミ
連れてこられたのはいじめる場所として最適だった。
中学生の教室が内装にびっしりと詰められた五号館の裏。道というほどの道はなく、手入れされていない雑草や花が地面と左右に絡まりつくほど薄暗いところで、左のコンクリートはホコリやゴミなどが雨水と混ざって垂れた汚れが目立つほどあり、右の白いフェンスは錆びて茶色くなっている。
コンクリートとホコリの匂いがすごいと思われるほどの光景だが、フェンスの向こう側はちょうど島の端というところで、全面青空から渡ってくる風はこの匂いを緩和していた。
「おい自己ういち、今更逃げるはなしだからな?」
「もちろんですよ脳筋。それで?多数人対俺一人ですか?」
「ははっ、男と男の勝負だ。ここは俺とタイマンでいこう」
たつきが周りの人に視線を送ると、俺とたつきから少し後退り、逃げ道を塞ぐ。そういえば、この人たちはどういう人なのだろう。ファンクラブの人か、中学からのたつきの下っ端か?まぁ多い方がいい。
「ルールはなんでもあり、でどうだ?もう俺いますぐにでもお前をぐちゃぐちゃにしたい」
「それでいきましょう。もちろん逃げる以外で」
大笑いするたつきは、手を叩いて素直に俺を褒めた。この体格差に、なにをしてもいいという約束。勝算などゼロに近いというのに、挑む姿勢を見せる俺を称賛しているのだろう。
もちろん皮肉な意味で。
「じゃあ、はじめぇぇ!!」と叫ぶと同時に、たつきは俺の方へと走り豪腕を振りかざす。それに対し、俺はなす術がないかのように完全な防御体勢。
細身の両腕で顔を守る。その姿を憐れんだのか、鼻で笑いながらもその腕を止めることなく、
「う……っ……!」
「てめぇ舐めてんのか?あんなやる気あったくせに、いざ戦うとこれかよ?あぁーこの状況ひろみに見せたくなってきた」
「じゃあ撮影するのはどうでしょうか?もちろんお互い秘密厳守で」
「黙れ。お前の口車にまんまと乗せられるほど俺も馬鹿じゃねぇんだよ。口約束だけして、後日証拠でも出すつもりだろうが、無意味だ。誰も撮影しない。監視カメラの範囲でもない。ここで俺とお前の一騎打ちで全てを終わらせる」
全てを先回り済みだと言うように、たつきは言葉を誇らげに続けた。それはまるで蛇のように、子犬の周りをうねうねと回り込む。
「ほら、殴らねえと決着付けねえぞ?殴ってこいよおら」
たつきは両手を大きく広げ、無防備の体勢をする。やってみろと、曲げた唇で見下しながら。
「……!」
試しに俺は本気で殴ってみた。一番効果的であろうみずおちに拳をぶつける。殴るのは初めてだったので、びっくりした。こんなにも、殴る側にも痛覚が来るとは。
「あーいいパンチだなぁ。お前の友達のなるになら、疼くませることもできたじゃないか!?」
目を丸くする俺に見向きもせず、再び巨大な拳が顔に降りかかってくる。両腕で防ぐ時間も与えられず、もろに顔面に直撃した。
「へぇー、今回は気絶しなかったんだな。仕掛けてるな」
たつきの言う通り、俺は回復魔法の含む、グミのような小さな食べ物を補充していた。これは文字通り、俺の痛みを緩和する。食べなくても飲み込んで胃に入れれば効果は発動する。
「確かにそれなら長期戦に持ち込められるな。でも、たかが痛み止めくらいだろ?それ」
「そう……だな。でも、俺は魔法でお前に勝てるよ。必ず」
「はっ、またブラフ仕掛けてくるか。お前はそうやって偽物の目的を口にして、惑わすのがやり口か?くだらねえ。第一、俺がどうしてなるの名前を知ってるのか、気にもしなかったか?」
鼻から血が垂れてきた。息を整えながら、手の甲で拭く。
「おまえ、昨日の放課後、いや正確には俺が職員室に捕まってた時か。三年の廊下行ったろ?お友達連れて」
「やっぱ手の内はバレてたか。くそ……」
保健室で俺と龍馬、なると、たつきの処理について話し合い、賑やかな廊下に紛れ込んで内部生を中心に話しかけていた。万が一格闘になった場合に備え、たつきの心的外傷につながる事柄や、弱点を詮索し、煽ってつけいる作戦を目論んでいた。
「あそこで俺とひろみとの対談に持ち込む、それか廊下で俺を煽って再び注目を集める、どちらもてめえらが獲得した情報を駆使すれば上手くやれると思った、だからやった、そんなところか?どうだ?一つでも情報得られたかよ?」
「にしては、使わなくても効果はあったみたいだけど——」
腕に痛覚が走り、直後に頭にゴン、と振動されられた。つかさず魔法を口に放り込む。湿った土の匂いが強まっており、見上げると、たつきが片足を上げていた。
腰が低くなった俺の頭を狙って、横蹴りを入れてしまったのだろう。コンクリートの壁に強く頭を打ってしまった。
「黙れ。さっきからお前ずっと見苦しいんだよ。口調も敬語だのタメ語だの、気持ち悪りぃ。お前の方がころころ変えてんじゃねぇか」
「確かに、俺は、見誤ってたよ。いい仲間を、持ったようだな」
たつきの言う推理全ては、きっとたつき本人が考えたわけではないのだろう。彼の支配が、他人を引き入れ、知恵を獲得しているのだ。
「いいや?お前も随分いい友達いるじゃねぇか。なるだっけか?あいつ相当可愛いなぁ。学校のパンフレットにも載ってた気がするよ。どうせもうお前俺に勝てるわけねぇし……よし、これならどうだ?なるを自分の女にしろよ。なっ?ひろみは俺のものだからさ。そうだそうだ。名案だなこれは。かわいい雌ゲットするために協力しようぜ?お互い。そんで今度四人で動物になってさぁ」
耳がキーンと鳴った。
突如として頭に叩き込まれたある塊は、俺の記憶ではないと言い切れるほど自分の人生から逸脱した出来事であり、それに連なって口から溢れでる言葉は、まさか自分の声の波長に似ているとは、到底考えられないまま、摩擦なく溢れる。
「お前の妹はたしか癌で死んだんだよな。その妹は何十年に一度しか見れないほどの、神のような美しい瞳を持っていて、親もこんな可愛い瞳をもつ娘を失うとは思えずに、八つ当たりでお前に虐待した。なぜ自分が辛い思いをしなくてはいけないのか、ひたすら思い続ける日々だったが、やり返しはしなかった。なぜなら俺も妹の目が好きだったからだ。癌によって目が腫れていって見てられないほどの肉の塊に変わり果てて、それが気持ち悪くてゲロを吐いて、妹は涙腺がなくなって泣けないままひたすら謝って、そのごめんなさいが頭からどうしても拭い捨てきれなくて、だからひたすら殴られないと消えないと感じて。でも消えずに中学生、高校生になったから、逆に自分が殴らないと気が済まなくなって、そしたら妹と同等の神の目をもつ転校生が現れたのを聞いて、これはきっと妹の生まれ変わりだ。時などの次元を超えて、兄まで来た。だから俺のものだ。俺のものにして、上書きしてやる。その権利は俺にだってあるはずだ。ひろみは俺のものだ」
周りは静寂に包まれた。たつきに尊敬した者、従わざるをえなかった者、いつか肩を並べてたいと望んだ者、早く死んで欲しいと願った者、好んだ者、嫌った者、全てがたつきを見る。
「……ぁ……ぉ……まえ」
たつきはポケットから、赤黒いグミのようなものを手に取った。それは明らかに魔法、筋肉増強の魔法だ。それを口に放り込み、体が暴発するように蒸気が噴き出た。
「てめぇぇぇぇぁぁぁあ!!!」
格闘技を知らない俺でも、明確にこれは避けれた。その拳は避けた俺を通ってコンクリートの壁にあたり、ヒビが入る。コンクリートの壁に、ヒビが入ったのだ。
「くそぉぉぉがぁあああ!!!!」
フェンス側まで逃げた俺まで、地面で一蹴りでこちらまで接近した。運がいいのか、フェンスの高さ越えないギリギリまで飛んで、俺に容赦ない鉄拳を見せた。
俺は——もろに喰らった。




