シンデレラ
九月二十三日。その日はとても快晴だった。雲ひとつない晴天は俺の細い目を焦がし、清涼な空気が鼻に入る。
襟を扇ぎながら、手で影を作って向こうの島の上ででかく構えている校舎をぼーっと見ながら、いつになったら着けるのだろう、いつになったらこの暑さが終わるのだろうと考えた。
この時期は、いわば夏の残り火だ。いや、暑さにはとてもうんざりしているが、他の季節と違う、六月になると味わえるようになる、この夏の香りの方が俺は夏に対してシンボルのように思えてるから、残り香と言うべきか。
だが、例え残り火でも残り香でも、俺はその概念を頭に巡らすととても嫌気がする。その存在は俺の血にも当てはまるからだ。俺の血は、それは父の血筋を、王家の血筋を紡ぐためのもの。一つの歯車のような、そんな立派なものじゃない。もっと汚く、醜く、残飯と表したほうが適切だ。明日への埋め合わせか、そのまま捨てるか。反吐が出る。それに連なり、魔法にも鳥肌が立つ。魔法なんて、なんの役にも立たないのに、腐るまで、腐ってもこの世界にねちょねちょとくっついていて、例えば今島と島を渡っているこの大きな紙飛行機も、魔法の残影などと名称されており、その気色の悪い、腐った生物の性質を利用し、物理法則を無視して空を飛ばし、人を運んでいる。その性質を利用して何かを形作るのがとても気持ち悪くて、残飯よりも臭く、キッチンの生ごみを嗅いでいるような、濁って纏わりつく残り香が消えない感じがして、頭がクラクラする。
「あっ、の!すみません〜!」
横を振り向くと、それは生まれた子鹿のようで、操縦している紙飛行機を揺らさせた。
「故障ですか?」
「こ、故障!?た、助けて!」
魔法の残影に故障はない。これは嘘だ。
「まずは落ち着いてください。逆さまに回転したりはいないので」
俺が、彼女からしたら隣の男が、なんでもないように話す様子を見て、彼女は徐々に呼吸を整えていた。
「顔を上げて、ゆっくり進行方向に体を回してください。そうしたら、ブレないでしょう。そういう仕様になってます」
それっぽいことを適当に言ってみた。だが彼女は俺の横並びに飛行させて、「だ、で、きました……」と胸を撫で下ろした。
綺麗な爪、雪のような白肌で、青空と同化するほどの綺麗な白髪を耳にかけ、黒い瞳をこちらに向ける。
「ごめんなさい。この世界に来たばっかで、わからないことだらけで……」
「それは大変だ。なぜこの時期にこの世界に?」
「魔法の世界、なんでしょ?憧れを抱かない学生はいないですよ」
それは可哀想に。勲章を見る限り、俺と同じ二年。卒業までの一年半で真実まで知れるといいな。会話を続かせない俺に、あっと叫んだ彼女は、
「そういえば名前言ってなかった。私は雨宮ひろみ。あなたは?」
「霧生孝一」
ひろみは目を丸くし、少し微笑んで、じゃあ孝一くんって呼びますね、と言った。
雨宮ひろみ、名前を聞くと、一気に隣の人を滑稽に思えたので、少し質問をしてみることにした。
「この学校、入るのに相当苦労したでしょう?留学生の枠なんて、片手ほどですからね」
「ほんっと、大変でした。でも、勉強はとても好きなので!好きなことして憧れの環境に行けるなんて、これ以上に幸せなことはないです!」
好きなのか。いったい、あの作業にどんな洗脳を受けられたのか。勉強とは、つまりどれだけ勉強に酔えるか、自分に酔えるかで、展望や希望など、正直エンジンの一部に過ぎない。学びは世界を広くする手段で、それでいて狭い領域でしか酔えない、皮肉である。
「確かにこの学校は進学実績もいいですけど、あなたはとても行動力のある人なんですね。卒業資格取れるまでこの世界から出れない規則があるので、あなたの個性を縛るようで、親や友人と連絡もできないんですよね?」
「はい……たしかに不便なところもありますね。だから、ここを満足に生活して、その後故郷に自慢するんです!」
「否定するつもりは、毛頭ないんですが、ここが外世界からどう見られてるかはわかりますよね。最悪の場合、戦争の的になってもおかしくないんです。進学へのサポートが充実なのはそちらの世界にもたくさんあると思いますが」
「確かに、正しくない部分もあります」
「では、なぜですか?」
「正しく生きるより、幸せに生きたいので!」
「……」
騒ぐ声が聞こえ、停留所が近くなっていることを二人に知らせた。とても楽しい時間でした、あと敬語は慣れないので次からはタメで、孝一くん!と手を振られ別れた。
あの言葉に、俺は言い返さなかった。どこか、俺にはない強い部分を持っているようで、あとは目が奪われるほどにこの世界に似合っていた。
彼女にとっては初めての魔法の移動、でもその紙飛行機も、あの時の蒼い天気も、汗を垂らさせる温度も、靡く風も、すべて彼女を舞い上がらせる背景のように思えて、まるで童話のシンデレラのような、美しいドレスや魔法のカボチャの馬車が彼女の助けになってそのまま他の女を置いていって、大きな城に向かう、ハッピーストーリーに身を乗せていくと感じた。
だとすると、俺はシンデレラを軽蔑する脇役の女だ。彼女の物語を彩らせる、そのための代わりのもの。俺は一つの糸すら見つけれず、例え誰かに見つけてもらっても、それを汚い一つの毛玉にしかできず、そしてそれすら彼女の美しい一つの衣装の一部に変わるのだ。
すれ違った生徒に肩がぶつかり、俺は下を向いて歩いていたのに気づく。深呼吸して、教室に向かった。




