不燃物
皮肉にも俺は頭がいい。王家の血を引き継いでいるのもあるが、これまでの人生全ての試験において、一位の座を譲る時はなかった。
父には、この実績をなんとも思っていなく、平然と聞いていたので、俺も淡々と報告するようになる。ただの作業、そう感じるようになってから、思考においては、誰よりも負けない自信を持つほどになった。無論、勝負相手である雨宮ひろみに負ける気は毛頭ない。
だが、どうしても答えが見つからない一つの問いがある。
『どれだけ期待したとて、失敗は重なり続けてきた。成功は一度さえない。なれど、自身に対して期待し続けるのは正しいのか?』
小さい頃読んでいた小説の一文だ。父は、ライトノベルは捨てろ、くだらない、そんな娯楽的な本に価値などない、無駄な時間を過ごすな、など散々否定され、続きも読めずに燃やされた。
かなり昔のことなので、もうタイトルすら覚えていない。内容も、学生の恋愛と、曖昧な輪郭しか残っていなかった。それでも、この一文だけはどうも頭の隅から離れられない。何年経っても、ぴったり当てはまる解答はないのではないだろうか。悩みは時間が解決してくれるって、どこぞの偉い人が言ってたような気がするけど、俺からするとそれは真っ黒な嘘だった。
「わっ!生きてる??」
昼下がり、廊下の喧騒が始まる直前に、彼女に元気よく話しかけられたので、「あ、」と情けない声が出る。
ほんわかな香りが鼻をくすぐり、雪のような真っ白な長髪が揺れ、綺麗な睫毛が日光に照らされて輝いていた。初日に出会った時と変わらず、彼女は手入れが丁寧なのだとわかる。頬にクリームがついても違和感がない。
「あむっ……なにその反応。私のこと考えてた?」
「いや、外世界ではそういうお化粧が流行ってるのかなって」
わざと唖然としながら言葉を返すと、スマホのカメラから真相を知った彼女に肩を少し強く叩かれた。口を尖らせた彼女は、舌でお化粧を舐めた後、隣の席に座る。
思えば、案内でなにかあったのか、まるで彼女は気にしていなかったかのように、ここ数日勉強の順調などを見にきていた。
「余裕だな。対戦相手の様子見とは」
「別にいいじゃーん!横顔を間近で見に来ただけなの」
眉間に皺を寄せ顔を遠ざかると、彼女は頬を膨らませる。一見、仲の良い二人だが、これは儀式でしかない。親睦を深め、周りにそう認識させる、ただの儀式。これは世界の転覆を目論むスパイが王子に近づく、典型的な手法だ。だがもちろんそんな裏事情など誰も知らない。よって、この様に繋がる。
「なぁ、ひろみちゃん。なんか楽しそうだね。何話してたの?」
横から首を突っ込んできたこの人は、制服の勲章を見る限り三年生であろう。外のざわめきや龍馬の睨む目つきに、なによりその大層な背中をわざとこちらに向けながらひろみと揚々と話す様子は、なんとなく察せた。
それに対し、ひろみは少し素っ気なく対応する。その明るげなキャラクターは男女構わず引き込むためのものだと思っていたが、あっさりと自分を出してみせた。
いや、違うか。スパイな時点でどれも演技だと裏付けできるから、虚偽のひろみという人物の輪郭をこちらに見せているだけかもしれない。どちらにせよ、俺はひろみのことをまだ何も知らないことは二人の共通認識だ。
つまり、あからさまなターニングポイントを置いたテスト結果日は——
「な、なんでだ!?二人はどういう関係なんだよ!」
強気なその主張に、俺は何も答えられなかった。情けなくあわあわしていると、それがさらに彼に腹を立たせたのか、俺は顔面を強く殴られ気絶した。ひろみの心配する声と、廊下から仲間と思われるメンバー達が大柄な男を止める声が、微かに聞こえる。それに共鳴したかのように、閉ざされた意識の中でなにかが反響された。
『あー邪魔、今勉強し合ってんの』
確かにあの、まったくの別人というととても誇張しているが、初日からのひろみを見てきた人なら皆少し様子が変わったと感じられるほどに素っ気なかった対応を見て、演技だとしてもなぜあそこなのだと深く疑問を持つ。
廊下には少なからずの生徒がいて、同じクラスメイトや上の学年がじっと見ていたのは気づいていたはずだ。
あの演技、台詞は、もしかするともっと異質な意図が込めらているのではないのか。
……もしかして、誰かへのメッセージか?
どうだろう。だが、廊下の人たちの顔は全員覚えていない。人との交流があまりにも低いせいか、みんな顔がどっか似ているような気がして覚えきれないのが俺の弱いところだ。
でも、不思議と、普段おっちゃらけてる子供のような純粋な心持ちを備えているひろみとして見ると、成長した大人のようだった。
思えばあの大柄な男に対抗するのは相当勇気が必要だと思われるし、それでも歯向かう彼女は、震えながらも立ち上がる主人公、と形容しても不思議ではない。どこか胃がキュッとする。
初日にも、同じような感覚があった。




