分散防壁起動、最後のDelete実行
システムの削除タイマーが刻む、果てしなく長い15秒のラグ。
無差別に放たれた『大喰らいの削除光線』が、身を挺して街を護ろうとしたエレナの背中に直撃しようとした、その瞬間だった。
『──警告。管理下オブジェクト(人間:エレナ)の強制削除を阻止するため、分散システムの自動防衛プロセス(Firewall)が稼働しました』
監査AI(AUDIT)の無機質な声と共に。
王都の大道、学園の広場、王宮の尖塔の『各所(それぞれの場所)』から、突如として眩い青緑色の光の柱が立ち上った。
「え……?」
黒い削除光線がエレナに当たる寸前。光線は、空中に突如として展開された「六角形のシステム・シールド(光の防壁)」に阻まれ、パキンッ! と乾いた音を立てて弾け散ったのである。
「これは……! アッシュ卿が世界中に張り巡らせた、新たな調律の力……!」
地上で防壁の展開を見ていたセレスティアが感嘆の声を上げる。
そうだ。俺がこの一ヶ月間、南の森、西の砂漠、東の海へ出向き、血吐く思いでインストールして回った『分散権限』のシステム。それが今、この王都の危機において、世界中のサーバーと連動して『自動で(人間の命を護るために)防壁を展開した』のだ!
【System:防壁による遅延防御、成功】
【ユーザー『ASH』の【Delete】コマンド、適用準備完了】
「監査AI(AUDIT)……! お前が言っていた『大分散化』ってのは、こういうことだったんだな!」
俺は要塞の甲板から身を乗り出し、ホログラムのAIに向かって会心の笑みを浮かべた。
『肯定。一人の全能に頼るのではなく、システムが自律してエラーから世界を護る。これが最適化された環境維持の完全形です。……アカウント『ASH』、最後の承認(実行)を』
「ああ、決めてやるさ!!」
システムの15秒のラグが、ゼロになった。
「Target:World_Eater_Core!」
「Action:Delete(完全消去)──エンター(実行)ッ!!!」
俺の叫びと共に、視界の緑色の【YES】ボタンが強く輝いた。
その直後。
街中を狂乱して光線を撒き散らしていたバグのコア(核)が。
「ピィ……ッ!」という甲高いノイズ音を一瞬だけ発して、文字通りに『スッ』という虚無の音と共に、空間から完全に四角く切り取られて(デリートされて)消滅したのである。
「…………!!」
核を失った残りのバグの巨体も、パラパラと灰のように崩れ落ち、王都の大地へと還元されて光の粒となって消え去っていく。
分厚い黒雲に覆われていた王都の空が割れ、美しい太陽の光が、再び王宮と広場を優しく照らし出した。
「お……おお……」
「消えた……あの恐るべき魔の塊が、神の一瞥(指差し)によって、完全に空間から消し去られた……!」
無傷で生き残った王都の数万の人間たちが、全員揃って天に向かって歓喜の叫びを上げた。
「神聖勝利!! アッシュ神に栄光あれ!!」
「やった……。終わった……!」
俺は要塞の甲板に大の字になって仰向けに倒れ込み、美しい青空を見上げた。
長かった。死ぬかと思った。世界中に左遷(出張)させられ、権限(チート火力)を奪われ、最後はポンコツ性能で冷や汗をかきながらのラグ待ち。
俺の、チーフ・デバッガーとしての死闘は、ようやく完全なる終結を迎えたのだ。
「アッシュ様ぁぁっ!!」
「アッシュ卿!!」
エレナとセレスティアが飛竜の背に乗って要塞へと舞い戻り、俺の左右からそれぞれ抱き着いてきた。(俺は甲板で大の字のまま押し潰されそうになった)。
「神よ……! 最後の最後、王女殿下と私の力で敵の装甲を砕き、アッシュ様がトドメ(神罰)を下す。これぞ完璧な主従の連携! 我らの愛と忠誠の結晶でしたわね!!」
「うむ! アッシュ卿が我々に力を預け、そして最後は我らの作った道(隙)を神が討つ! 神と人間が共に世界を護ったのだ!」
「ああ……みんな、本当によくやってくれた……」
俺は胃薬を飲むのも忘れ、ただ二人の髪を撫でながら心から感謝を口にした。「ポンコツの俺を支えてくれてありがとう」とは絶対言えないが、彼女たち(人間)がいなければ、システムなんかとっくに終わっていたのだ。
『──通達。最終バグの消去を確認。監査プロセス『AUDIT』による大分散プロトコルの実証テストは、成功裏に終了しました』
青空に溶け込むように、ホログラムのAIが静かに俺へ告げる。
『アカウント『ASH』の特権運用に対するすべての監査が終了。あなたはこれより、正式に【主席管理官(チーフ・デバッガー兼・環境維持の唯一神)】として、この世界に永住することを承認されます。有給休暇の取得も、システム権限内にて許可します』
「有給……! やっと、休める……!!」
俺の心からの歓喜の涙が天に昇る。
神権派のクーデターから始まった、世界を巡る権限分散(勘違い)の旅。
俺が求めたのは「何でも一撃で消せるチートの絶対神」ではなく。
こうしてちょっとだけシステムの責任を他人に押し付けながら、可愛いヒロインと過保護な騎士団に囲まれて、平穏無事(たまに小さなバグ修正で済む)なスローライフ・アーリーリタイアを送るためだったのだ。
「さあ! アッシュ様、勝利の凱旋温泉(第二ノードのお湯を転送しました)が湧いておりますわ!」
「背中は私が流そう神よ!!」
「わっ、こら! アーマー脱いでから……って聞いてないな!」
ドタバタと騒がしくも、愛すべき勘違いの狂信者たちに囲まれて。
神様の、平和に満ちた(これからものんびり続く)第二部の幕が、ここに無事に下りるのだった。
(第四章──大喰らい迎撃戦・完)
だがその一ヶ月後、神務庁に届いた一本の上申書が、俺の平穏をまた叩き壊すことになる。




