漆黒の空と最後のブラフ
無重力(ゼロG)空間と化した王都の中央広場。
数千人の神権派と反神派が、宙にプカプカと浮きながら手足をバタつかせている光景は、控えめに言ってアホな見世物だった。
俺も王宮の部屋の中でプカプカ浮きながら、空中で静止した巨大な大玉(破城槌)越しに彼らを見下ろした。
『監査プロセスより通達します。一時的な負荷軽減(無重力化)は確認しましたが、根本的な現地生命体の暴動は解決していません。あなたが権限(重力)を戻せば、再び暴動が開始されると予測されます』
監査AI(AUDIT)のホログラムが、空中で俺の隣に並びながら非情な警告を発する。
「分かってるよ。だから今から、あいつら(人間)を全員黙らせて、二度とこんな大規模暴動(DDoS攻撃)を起こさないようにするんだろ」
これまでの俺は、事後処理(バグの消去)を繰り返すだけの受け身の神だった。
だが、このクーデターで思い知った。人間の「思い込み」や「情念」は、システムのエラー以上に性質が悪く、連鎖的に世界(王都のサーバー)を破壊するほどの脅威になり得るのだ。
俺が本気でこの世界を守りたいなら。『神の奇跡』の威厳を使って、彼らに究極のトラウマ──「神に逆らう(または過剰に縛ろうとする)と、世界がマジで終わる」という恐怖を刻み込むしかない。
「エレナ、セレスティア。二人とも俺の側に来てくれ」
俺が空中で呼ぶと、二人は慣れない無重力状態の中で壁を蹴り、スッと俺の両脇へと到着した。
「お呼びでしょうか、アッシュ様」
「なんの策がおありかな、神よ」
二人の瞳には、俺への絶対的な信頼が宿っている。
「これから、俺の権限(奇跡)を使って、あいつらに『世界が終わるレベルのブラフ(脅し)』を放つ。だが、いま制限がかかっている俺一人の魔力(システム権限)だけだと、表示できるグラフィックの規模が足りないんだ」
俺は二人の手を取った。
「お前たち二人の、限界突破の魔力を、俺のシステムに貸してくれ。俺が放つ奇跡の『出力増幅器』になってほしい」
「おおおおっ!!」
二人の顔が、一瞬で感極まった深紅に染まった。
「神が……このエレナの魔力を頼ってくださった……!! 光栄の至り! 私の魂、魔力、命、すべてをアッシュ様に捧げます!!」
「我が武神の力、神の御業の剣となろう! 万の魔力が千切れるまで搾り取ってくれたまえ!!」
二人の圧倒的な魔素が、俺の身体を通じてシステムのコンソールへと流れ込んでいくのを感じる。
これは「他者の魔力を経由する」正規のシステムルート外のハッキング(裏技)だが、背に腹は代えられない。
【System:未知の外部接続による帯域限界突破を確認】
【グラフィック変更(Rewrite)の適用上限サイズが、一時的に【World(世界)】レベルまで拡張されました】
「よぉし! いける!」
俺はニヤリと笑った。
これから俺が行うのは、物理的な破壊ではない。
誰も死なない、だが誰もが絶望する、最悪にタチの悪い『背景画像の差し替え(テクスチャ・ハック)』である。
「Target:Sky_Dome_Texture(王都上空の空の背景データ)!!」
「Action:Rewrite(上書き実行)!」
「Value:全テクスチャ画像を、完全な『漆黒』へ上書き!!」
俺はエンターキー(システム上のYESボタン)を、ありったけの気合を込めて叩き込んだ。
その瞬間。
真昼の明るい太陽に照らされていた王都の空が。
ノイズ(砂嵐)を一瞬走らせたかと思うと──「バツンッ」という電源が切れるような音と共に、一瞬にして完全なる『光の一切差さない漆黒』へと反転した。
「「「「…………!!?」」」」
空を覆っていた雲も、太陽も、すべてが物理的に消滅したかのような、重圧感に満ちた絶対の闇。
宙に浮いていた数千の群衆が、息をするのすら忘れて空を見上げた。
「そ、空が……天空が、丸ごと『消失』した……!?」
「太陽が……星が、食われている……!?」
恐怖。
ただの夜ではない。そこに本来あるべきグラフィックデータが存在しない『純粋な黒(初期化状態)』の空を前に、人間は本能的な世界の終焉の恐怖を植え付けられ、ガタガタと震え出した。
「よく聞け、人間ども」
さらに俺は、システム(広域アナウンス)を通して、俺の声を王都中の人間の頭の中に直接響かせた。
「俺は『主席管理官』だ。お前たちが無意味な争いを続け、世界をこれ以上疲弊させるつもりなら」
俺は漆黒の空のど真ん中に、巨大な赤い炎の文字を浮かび上がらせた。
【System(世界)を初期化しますか? [ YES ] 】
「──俺はいつでも、このボタンを押して、世界を終わらせ(再起動させ)るぞ」
俺が放った、神としての『最後の脅し(ブラフ)』。
その言葉と光景は、神権派も反神派も関係なく、全ての人間たちを絶望の極致へと叩き落としたのである。




