パージ宣告、仕様そのものをRewriteせよ
「一分後に、システムは安全保障のため【王都全域の物理データを強制初期化】します。全生命体の存在を保証しません」
無機質な監査AI(AUDIT)の宣告が、俺の脳内だけで無慈悲に響き渡った。
王都全域のパージ。それはつまり、俺がいま眺めているこの窓からの景色──王宮も、街並みも、眼下で大玉転がしから逃げ惑う数千人の人間たちも、ヒロイン二人も、すべてが一瞬で(データとして)消去されるということだ。
原因は、俺のシステムへの不当な【摩擦ゼロ&球体化】のパラメータいじりによって、巨大な質量を持つ鉄球が物理法則を無視した高速バウンドを繰り返し、王都の中央サーバーの演算負荷を爆発的に跳ね上げさせてしまったことにある。
「アッ、アッシュ様!?」
俺が青ざめて硬直しているのを見て、窓際で大玉の軌道を楽しんでいたエレナが振り返った。
「いかがなさいましたか、顔色が……!」
「俺の神の御業(大玉転がし)が、あれほどまでに完璧に反逆者どもを蹂躙しているというのに。まさか、彼らのあまりの無様さに心を痛めておられるのですか!?」
セレスティアも的外れな感嘆を漏らす。
「違う! あの弾む鉄球を今すぐ止めないと、世界が物理的に死ぬんだよ!!」
俺は叫んだ。
視界の端で、【残り45秒】という赤いデジタル数字が時を刻んでいる。
「ゼノン! エレナ! セレスティア! あの鉄球の動きを止めろ! 絶対に破壊はするな、破壊の衝動(魔法の衝突)がサーバー……じゃなくて、世界をさらに痛めつける! とにかく優しく、物理的に押さえ込め!!」
「ははっ!! アッシュ神の勅命である!! 『優しく捕縛せよ』とのお達しだ!!」
ゼノンが窓から身を乗り出して、広場で逃げ惑う神権派の信徒たちに向けてハンドサインを送る。
「おおおっ! 神が……我々に協力の機会をお与えになったぞ!」
「神の試練(大玉)を、我らで止めよ!!」
俺の意図をまたしても180度勘違いした神권派の連中が、逃げるのをやめて、弾み回る数十トンもの巨大鉄球にむかって素手で群がり始めた。
摩擦がゼロなので、いくら人間が群がってもツルツル滑って弾き飛ばされるだけだが、彼らは死に物狂いで組み付いて「魔法陣(質量増加の結界)」を全力で展開し、鉄球のバウンドを相殺しようと試みる。
「愚かな! あの鉄球は偽神を倒すためのものだ! 押し返せ!!」
今度は反神派の連中が、鉄球の反対側に群がり出した。彼らもまた、鉄球を王宮側に弾き飛ばそうとして、魔法陣を展開して全力で押しにかかっている。
結果。
王宮前広場で、俺を崇拝する数千人と、俺を殺そうとする数千人が。
互いに摩擦ゼロの巨大な鉄の玉を挟んで、右へ左へと押し合いへし合いする、地獄の『大玉転がし(綱引き)』が開始されてしまったのである。
【System:負荷警告。大規模な魔力衝突により、演算スタックが危険域に滞留中】
【残り30秒!】
「ダメだっ!! アイツら(人間)が魔力を使えば使うほど、重なったエラーの処理(システム負荷)が限界を突破する!! やめろ!!」
俺は頭を抱えた。俺が「優しく止めろ」と言った指示が、かえって両陣営に「魔法による全力の拮抗状態(過剰な演算の押し付け合い)」を引き起こしてしまったのだ。
「仕方ない……! アレを、一旦『虚空』に飛ばすッ!!」
俺は震える手でシステムのUIを開き、必死のコード書き換え(Rewrite)を実行した。
「Target:Siege_Golem_Vector(大玉の移動ベクトル)! Action:Rewrite!」
「Value:Z軸(上方向)へ、現状のエネルギーを 100% 転換(打ち上げ)!!」
【System:部分書き換えパッチを適用します】
直後。
両陣営の数千人が全力で押し合っていた巨大鉄球が、まるで凄まじいバネに乗ったかのように、ズガァァァンッ!! と音を立てて真上の空高くへとカッ飛んでいった。
「「「「えっ!?」」」」
広場の全員が、ぽかんとして空を見上げた。
空の彼方、雲の向こうまですっ飛んでいく大玉。
ひとまず、これで広場での「魔法のぶつかり合い(演算負荷)」は消滅した。だが、打ち上げた大玉が数秒後に重力に従って落ちてくれば、今度はその位置エネルギー(落下衝撃)が王都を物理的に粉砕し、サーバーを完全停止させてしまうだろう。
【残り15秒。致命的なエラー値(落下質量)を計算中……】
「もう誤魔化しじゃダメだ。根本から……王都のシステム仕様そのものを少しだけいじって、負荷をリセットしてやる!」
俺への監査AIの最後通牒の時間が、そこまで迫っていた。




