摩擦ゼロの大玉、王都崩壊まで一分
「ゆけぇぇぇぇっ! 旧文明の破城槌よ!! 偽神の汚き結界ごと、王宮を粉砕せよ!!」
反神派のリーダーが血走った目で叫び、全長二〇メートルにも及ぶ岩と鉄の巨大な塊(破城ゴーレム)が、地響きを立てながら王宮の黄金結界へと突進を開始した。
対する神権派の狂信者たちも、結界の内側で必死に祈りを捧げ、結界の強度を限界まで引き上げている。
このまま激突すれば、想像を絶する魔力反発が発生し、王都のサーバーがクラッシュする。
「やらせるか!!」
俺は神務庁の窓から身を乗り出し、突進してくる巨大破城ゴーレムの【物理パラメータ】をシステムUIでピンポイント指定した。
「Target:Siege_Golem_Friction(ゴーレム足元の摩擦係数)& Shape(形状)!」
「Action:Rewrite(上書き実行)!」
「Value:摩擦係数を『ゼロ』に変更! さらに形状を『完全な円球』に書き換えろ!!」
【System:要求を受理。部分書き換え(Rewrite)パッチを適用します】
ピカァァァァァァッ!!
突進の途上にあった、禍々しい刺だらけの巨大な破城槌。
それが激突の寸前で目にも留まらぬ光に包まれたかと思うと──瞬く間に、トゲの一切ない『つるっつるの巨大な鉄の球体(大玉)』へとその姿を変貌させた。
さらに、足元(地面との接地面)の摩擦がシステム的に『0(完全な氷の上以上に滑る状態)』に書き換えられたことで。
「……へ?」
勢いよく突進していた大玉ゴーレムは、黄金結界の直前で「ツルゥゥゥゥゥッッ!!」とあり得ない挙動で見事に足を滑らせた。
そして。
ボヨォォォォォォォンッ!!
「「「「ぎゃあああああぁぁぁぁっ!?」」」」
摩擦ゼロで制御不能となった巨大な鉄の大玉は、結界にぶつかることなく明後日の方向へとすっ飛び、反神派と神権派が密集している広場の中央を、まるでボウリングの球のように人間たちを薙ぎ倒しながら、予測不能な軌道でスーパー・ピンボールのごとく跳ね回り始めたのである。
「な、なんじゃこりゃああああっ!?」
「避けろ! 大玉が跳ね返ってくるぞ!!」
「うぎゃああああっ!(ストライクの音)」
数千人のシリアスな殺し合い(クーデター)が、突如として摩擦ゼロの恐怖の大玉から逃げ惑う『王都横断・命がけの大玉転がし(大運動会)』へと強制的にジャンル変更されてしまった。
「おおおおおおっ……!!」
背後で見ていたゼノンと、セレスティア、エレナが、窓枠を掴んだまま戦慄と歓喜の混じった声を上げた。
「ア、アッシュ様の御業……! 敵の凶悪な破壊兵器を、一瞬にして『滑稽な球体』へと変えてしまわれた!」
「あえて敵味方問わず阿鼻叫喚の混乱に陥れることで、愚かしい争いを物理的に継続不可能になされたのですね! なんという高度な鎮圧戦術! なんというお茶目な神の裁き!」
ちげえよ。激突事故を回避するために、摩擦をバグらせただけだ。
俺は冷や汗を拭いながら、大運動会会場と化した広場を見下ろした。
……よし。これで魔法のぶつかり合い(演算負荷)は一時的に低下した。この隙に、神権派の結界を解除させて──。
【System:Warning。対象『王都中央広場』のパケット負荷が上限臨界点を超過しました】
『──警告します。強制停止プロトコルが稼働しました』
「!?」
俺の心臓が凍りついた。
俺の隣に、あの無機質なホログラムのアバター──監査AI(AUDIT)の姿が、警告の赤光と共に顕現したのだ。
『ユーザー『ASH』。あなたの「パラメータ変更」による広場での物理演算エラー(摩擦ゼロの巨大球体の高速バウンド)は、サーバーに多大な負荷をかけています。現在、王都環境維持システムの崩壊確率は 99.9% に到達しました』
「な……お前、俺が負荷を減らそうとしてやった処置で、逆にサーバーが落ちかけてるってのか!?」
『肯定。一分後に、システムは安全保障のため【王都全域の物理データを強制初期化】します。全生命体の存在を保証しません』
俺の小手先のバグ技が、完全に裏目に出た。
クーデターの暴動兵器より、俺が生み出した「摩擦ゼロの大玉」の計算負荷のほうが、王都のシステム容量をパンクさせてしまったのだ。
残り、一分。
王都崩壊のカウントダウンが、俺の視界で非情に時を刻み始めたのである。




