王都ブラックアウト、たった五分
王都が止まった。しかも、たった五分で。
夕闇の迫る王都は、突如として不吉な沈黙に包まれた。
『な、なんだ!?』
『魔灯が消えたぞ! 転移陣魔法も動かない!』
街中の人々の叫び声がこだまする。
王都を照らす無数の魔力街灯(LEDのようなもの)が一斉に明かりを落とし、物資を運ぶための物流魔法陣がピタリと停止。さらに、気温を一定に保っていた気候制御結界までもが機能を停止し、不気味な冷風が石畳を吹き抜けた。
「アッシュ様! 王都の魔素(インフラ基盤)が……一斉に停止しました!」
俺の執務室に転がり込んできたゼノンが、蒼白な顔で叫ぶ。
分かっている。『第一次失効パッチ』の影響が、ついに王都全域のシステムにリンクして牙を剥いたのだ。
【System:Warning。広域環境維持プロセスの同期エラー。都市機能の 85% がフリーズしています】
「くそっ、手動で再起動をかける!」
俺は執務室の窓を開け放ち、闇に沈んだ王都全域を見下ろしながら、システムに対して全域再起動のコマンドを打ち込んだ。
だが、現れた文字は非情だった。
【System:アクセス権限を確認。広域コマンドの実行に遅延が発生します】
【現在の大規模再起動までの待機時間……[ 5分 00秒 ]】
「五分だと……!」
俺は窓枠を強く叩いた。
電気が五分間止まるだけの現代日本なら、せいぜい「停電か?」で済むかもしれない。だが、ここは魔法によって生活の根幹が支えられている異世界だ。
水も、光も、移動も、防衛結界さえも。
それが突如として「システムダウン」した王都の民は、パニックに陥る。
「神よ……!」
「アッシュ様がお怒りなのだ! 我々の信仰が足りぬあまり、見捨てられたのだ!」
窓の下、広場に集まった群衆が、恐慌状態で泣き叫んでいるのが見える。
違う、怒ってない。システムから権限を縛られて、承認待ちのLoading画面を見せられながら冷や汗を流しているだけだ!
一分、二分と経過するごとに、暗闇の王都は暴動寸前のカオスへと変貌していく。
隣でエレナが、暗闇の中で剣を強く握りしめた。
「……愚かな民どもめ! アッシュ様がこうして五分間という試練の暗闇を与えられた意味が分からぬのか! 自らの力で火を灯すことすら忘れた怠惰を恥じよ!」
「エレナ、誰も怠けてないから! ちょっと待ってて、あと二分で直るから!」
冷や汗が滝のように流れ、胃がキリキリと痛む中。
あまりにも長く、そしてあまりにも恐ろしい沈黙の『五分間』が終わった。
【System:待機完了。広域再起動を実行します】
ボゥンッ、と。
王都の中心から同心円状に、一斉に魔灯の光が蘇った。停止していた物流の魔力陣が回り始め、穏やかな春の気温結界が街を包み込む。
システムが再軌道に乗ったのだ。
「おおおおおっ……!!」
「光が……神の光が戻った!!」
「アッシュ様! 我らが主よ!!」
街中から、先入観と安堵に満ちた大歓声が沸き上がった。
俺は窓際で膝から崩れ落ちて、荒い息を吐いた。
「……終わった……。なんとか、復旧した……」
「お見事です、アッシュ様。五分間という絶妙な恐怖を民に刻み込むことで、神への信仰と感謝をより一層強固にさせるという、完璧な神威の誇示……!」
俺の心臓の寿命を削ったトラブルを、またしても極大魔法のデモンストレーションのように解釈するエレナ。
だが、俺の安堵は間違っていたのだと、すぐに気付かされることになる。
たった五分。されど五分。
一度も「絶対の安全」が揺らいだことのなかった王都において、この『五分間の暗闇』は、人々にある種の強迫観念を植え付けた。
すなわち――『神がいつか、完全に我々を見捨てる(去っていく)のではないか?』という恐怖である。
これが、翌日に王都を二分する恐ろしい狂信の暴走を引き起こす引き金になるとは、この時の俺はまだ知る由もなかったのである。




