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停止できない五秒、失敗率7%

 第一次失効テストまで、残り五分。

 王立魔法学園の広々とした野外実技訓練場は、生徒たちの放つ初級から中級の魔法が乱れ飛び、活気に満ちていた。

 俺はというと、教官から「アッシュ様はどうか特別席(天幕付きのVIP席)にて我々の未熟な魔力運用をご高覧ください」と拝み倒され、実技を免除されてふかふかの椅子に座っていた。エレナとセレスティア王女が、もちろんという顔で俺の左右に立ち、完璧な護衛のフォーメーションを組んでいる。


「ふふっ。あの程度の火球ファイヤーボール、アッシュ様の御力の前には線香花火にも劣りますわね」

 エレナが下級生たちの魔法を見下ろしながら鼻で笑う。


 俺の心臓は、そんな悠長な感情とは真逆の『警鐘』で張り裂けそうだった。

 視界の右上に浮かぶ、赤いデジタル数字のカウントダウン。


【System:第一段階・監査パッチ適用まで……あと10秒……】


 もうすぐだ。ゼノンの予測通りなら、この瞬間と同時に学園の防御結界がダウンし、それに連動して俺の「Delete(消去)」権限に大規模な制限がかかるはずだ。


「……ッ、いけない!」

 その時、エレナが鋭い声を上げた。

 実技訓練場の中央で、中級実技に取り組んでいた男子生徒数人がパニックに陥っていた。彼らが協力して召喚した『炎の魔犬サラマンダー・ハウンド』が、術式の乱れによって暴走を始めたのだ。魔素を過剰に吸い込んだ魔犬は、本来の五倍以上の巨体へと膨れ上がり、制御を離れて生徒たちに向かって灼熱の咆哮を上げようとしていた。


「教官! 暴走です! 結界で相殺を――!」

「ダメだ、学園の防御結界が……なぜか先ほどから完全に沈黙している!」

 教官の悲鳴が響く。魔犬が口を大きく開け、生徒の集団に向けて超高熱の炎弾を吐き出そうとした瞬間。


【System:監査パッチの適用を開始。ユーザー『ASH』のDelete権限において、遅延プロトコルが作動します】


 来た!

 俺は椅子から跳ね起き、暴走する炎の魔犬に向かって右手を突き立てし、脳内で叫んだ。

「Target:Salamander_Hound! Action:Delete(消去)!!」


 いつもなら、この瞬間に緑色の『YES』ボタンを選択すれば、魔犬は一瞬で無に還り、静寂が訪れるはずだった。

 だが。


【System:コマンド『Delete』要求を受理】

【警告:監査制限により、即時実行は拒否されました】

【System:強制終了コマンド実行まで……待機 5.0 秒】


「ご、五秒!?」

 俺は思わず裏返った声を上げた。

 戦闘中における五秒間のラグ(通信遅延)は、ゲームであれば即死を意味する。現実ならなおさらだ。五秒もあれば、魔犬の炎弾は確実に生徒たちを黒焦げにしてしまう!


「アッシュ様?」

「お待ちください、アッシュ様の御手を煩わせるまでもありませんわ!」

 エレナとセレスティアが前へ出ようとするが、距離が遠すぎる。彼女たちの魔法や剣が届く前に、炎弾は発射される。

 俺の『Delete』は待機列キューに突っ込まれてしまい、五秒経たなければ発動しない。


 ――なら、どうする!?

 俺の脳内コンソールを猛烈な勢いでスキャンする。Delete(消去)のような「大元を破壊する強いコマンド」は制限がキツい。だが、元からあるパラメーターを少しだけいじる『Rewrite(書き換え)』なら、実行の優先順位が低く設定されており、監査制限を抜けられるかもしれない!


「Target:Salamander_Fire_Vector(炎弾の射出ベクトル計算式)!」

「Action:Rewrite(上書き実行)!」

「Value:Y軸ベクトルを +90度(真上)へ強制偏向!!」


 俺は炎そのものを消すのではなく、「炎の飛んでいく方向」の数学的なベクトル値だけを強引に書き換えた。

 そして。


【System:部分書き換え(Rewrite)パッチを適用。実行承認】


 ――ドバァァァァァァッ!!


 魔犬の口から放たれた極大の炎弾は、直撃するかに見えた生徒たちの目の前で、まるで目に見えない直角の壁にぶつかったかのように、真上に向かって不自然に急カーブを描いた。

 すさまじい業火の柱が天空へと突き抜け、はるか上空で巨大な花火のように爆発して雲を吹き飛ばした。


「……えっ?」

「な、なんだ今の現象……!? 炎が、自ら意思を持って上に逃げた!?」

 腰を抜かしていた生徒たちや教官が、空を見て唖然としている。俺は冷や汗でビショビショになりながら、膝に手をついて荒い息を吐いた。


 直後。

【System:待機中の『Delete』コマンドを実行します】

 五秒遅れで発動した俺のDelete効果によって、暴走していた魔犬の本体が「シュンッ」という気の抜けた音と共に唐突に消滅した。

 空間には、完全に何事もなかったかのような静寂が訪れた。


「……おお……!」

 遅れて、エレナが感極まった声を上げた。

「見ましたか皆様! アッシュ様は迫り来る業火を己の魔力も使わずに空高く逸らし、夜空を彩る花火に変えたのです! そして自責の念に怯える魔犬を、苦しめることなく一瞬で天へと還された! これぞ、神のみが成し得る究極の『美しき救済』!!」

「アッシュ卿!! アッシュ卿!!」

「アッシュ様万歳!!」


 訓練場の生徒たちが、またしても泣きながら万雷の拍手を俺に送り始めた。

 ……違う。違うんだよ。俺のコマンドがラグって、慌ててベクトルを弄って誤魔化しただけなんだ。


 俺は引きつった笑顔で手を振りながら、視界に非情にポップアップした小さなログを見て、胃薬が欲しくてたまらなくなった。


【System:本日の監査活動ログの集計完了】

【System:強制終了(Delete)コマンドの失敗および遅延率が更新されました……[約 7.2 %]】


「……7パーセント……ガチャのSSRじゃねえんだぞ……」

 失敗率が一気に上昇した。五秒のラグという、致命的な「制限縛りプレイ」を課せられた神(俺)。

 そして、この学園での結界停止と暴走は、これから王都全土に波及する大規模な『機能停止のドミノ倒し』の、ほんの序章に過ぎなかったのである。

 この「五秒遅延」は、翌日には都全域を止める火種になる。


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