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失効予測の山と第一次テスト前夜

 監査ログ取得の翌朝、俺の机には『失効予測』が積み上がっていた。

 俺は新たに設立された『国家神務庁しんむちょう』の仮設執務室で、頭を抱えていた。

「アッシュ神。王都全域の魔素ナノマシンの流動観測データをお持ちしました」

 そう言って恭しく書類の山を運んできたのは、元・魔法省のガチガチの異端査察官であり、今はすっかり俺の筆頭狂信者になり下がった男――ゼノンだった。彼は今、神務庁の『特命監査補佐』という物凄く偉そうなポストに就いているらしい。(俺が頼んだわけではないが、いつの間にかアルベルト長官が任命していた)。


「ご苦労。……で、最近の魔力障害の傾向はどうなっている?」

 俺は山積みの書類をパラパラとめくりながら尋ねた。俺の視界にもシステムのUIでエラー通知は来ているが、それが現実の王都にどのような『物理現象』として表れているのかは、現地の人間の報告を聞いた方が早い。

「はい。誠に恐ろしいことに……王都内の『魔法基盤インフラ』が、段階的に機能を停止しているようです」


 ゼノンは震える手で眼鏡を押し上げながら、一枚のグラフを指差した。

「昨日は第3区画の配水システムが完全に沈黙。本日は第5区画の魔灯(街灯)の魔力が供給停止。そして明日にかけては、王立学園の防御結界が著しく低下するという予測が出ております」

「……」

 俺の心臓が嫌な音を立てた。

 俺自身の管理者権限が【残り30日】で完全に失効する、というのは猶予付きの死刑宣告だと思っていた。……甘かった。


【System:本システムは監査規定に基づき、アカウント『ASH』の権限モジュールを段階的に削減中】

【System:次期、第一段階の『広域削除(Delete)権限の大幅縮小』パッチを間もなく適用します。適用までのカウントダウン:2時間40分】


 そう。

 30日後に一括で「ドカン」とすべてを奪われるのではない。この監査AI……『AUDIT』は、俺の権限──ひいては俺の指示で動いていた王都の管理システム──を【毎日少しずつ、段階的に奪い取っていく(段階失効)】という、真綿で首を締めるような処刑方法を取っていたのだ!


「ゼノン、この学園の防御結界の低下について、具体的な時刻予想はあるか?」

「はっ。過去の流動データに基づくならば、本日の午後3時頃に魔素の供給が完全に一時底を打つ(ストップする)ものと思われます」

「……午後3時。ドンピシャだ」

 俺の視界の『第一段階・権限削減パッチ適用時間』と完全に一致している。その瞬間、俺の魔法を消す力がガタ落ちし、同時に街の魔法システムも連動してダウンするのだ。


「なんと恐るべき試練……!」

 突然、ゼノンが両手を組んで天井を仰ぎ見た。

「神であるアッシュ様が、ご自身の御力を王都全域……ひいては世界中に均等に分配し直すべく、あえて『痛みを伴う再構築(大いなる奇跡の準備)』をなされているのですね!! 旧態依然とした魔法省のインフラを一度停止させ、真の神のシステムへと昇華させるための……なんという深甚なる御心!!」

「違うっ! ただ権限を没収されて首を絞められてるだけなんだよ!」

「あああ……自らを貶めてまで民を導こうとする、その底なしの慈悲! 私ゼノン、一生アッシュ様にお仕えいたします!!」


 ゼノンは号泣しながら書類の山に額を擦り付けた。

 ダメだ、こいつも完全にアファメーション(全肯定)のバグに侵されている。エレナやセレスティアといい、俺の周りの人間はなぜこうも都合よく俺の危機を「神の偉大な計画」にすり替えてしまうのか。


 だが、嘆いている暇はない。

 午後3時。

 その時間帯はちょうど、俺たち王立学園の生徒が総出で行う『野外実践実技』の真っただ中である。


「アッシュ様、お時間です! 神務庁の公用馬車(白金装飾の八頭立て)を待たせております!」

 扉が豪快に開き、王立騎士団の鎧を身にまとったセレスティア王女が敬礼しながら入ってきた。

「だからそのド派手な馬車に乗るのは嫌なんだ……普通に歩いて学園に戻る」

「な、なんと……! 神が自ら地の土を踏みしめて下々と同じ道を往かれると!? これぞ真の王者の風格! すぐに騎士団五百名を沿道に配備させます!!」

「お前は何もわかってない!!」


 頭を抱えながら、俺は急いで学園の実技訓練場へと向かった。

 ――そして、恐るべき『第一次失効テスト』の瞬間が、無情にも刻一刻と迫っていた。


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