旧図書棟ログイン、監査AIの宣告
旧図書棟の地下は、俺の『ログイン地点』だった。
薄暗くカビ臭いその空間に、俺とエレナ、そしてセレスティア王女の三人が足を踏み入れた。
「アッシュ様、ここが……神の知識が眠る禁忌の書庫なのですね」
「アッシュ卿の原点……! まさか再びこの地に導かれるとは。私の武者震いが止まりません!」
背後で二人が勝手に感極まって震えているが、俺は無視して部屋の中央に進んだ。
そこには、俺が初めて「システム権限」を手に入れた、あの黒いガラス板のような旧文明の端末(遺物)が鎮座していた。俺が近づくと、黒い表面が滑らかに波打ち、淡い緑色の光を放ち始める。
「相変わらず、ただの黒い板にしか見えないな……」
俺はため息をつきつつ、その表面に手を触れた。
ピィィンと、脳内に無機質な電子音が響き、視界のUIが大きく切り替わった。
【System:生体認証を確認。暫定管理者『ASH』のアクセスを受理】
【System:ローカルコンソールを起動。上位監査プロセス(AUDIT)の活動ログを取得します】
視界に、膨大な文字の羅列がダーッと流れていく。
さすがに俺の前世の知識をもってしても、こんな異世界の旧文明プログラムコードを完璧に解読できるはずはない。だが、翻訳されたシステムの概要だけでも掴むことはできた。
「なるほど、AUDIT……『監査AI』ってのは、俺より上位の管理者なのか?」
俺の独り言に、端末の緑色の文字が応えるように変形した。
【System:回答。AUDITは環境維持のため、旧文明が設定した『最上位保全プロセス(フェイルセーフ)』です。特定の単体ユーザーが世界の管理権限を長期間独占・濫用した場合、独裁的破壊を防ぐために自動起動します】
独裁的破壊。
……心当たりがありまくる。地下水路の祭壇を強制フォーマットしたり、空から落ちてくる数千万トンの城の質量をゼロに書き換えたり、教団の呼び出した絶対魔法無効兵器を己の物理チートステータスで粉砕したり。
あの時は「世界を救うため」のデバッグだったが、システム側から見れば、一人で勝手にめちゃくちゃなコマンドを連発して環境のルールを破壊しまくる『権限濫用』にしか見えなかったわけだ。
「おいおい、冗談じゃないぞ。俺は好きでやったわけじゃ──」
【System:警告。現在、ユーザー制限モードが進行中です。このまま解決策を提示せずに長期間が経過、あるいは不当なコマンドを連発した場合、『権限の完全剥奪(BAN)』が行われます】
BAN!!
その三文字が視界のど真ん中に赤文字でポップアップし、俺は肺から息が抜けるのを感じた。完全剥奪。魔法を消すどころか、『エラーが見えるだけの魔力ゼロの人間』へと強制送還されてしまうのだ。そんなことになれば、俺は確実に狂信者たちに担がれたまま「ただの布切れ」のように扱われ……いや、熱狂した彼らによってどうなるか想像もつかない。
「アッシュ様? いかがなされましたか。その黒い遺物から、何か神託が下ったのですか?」
エレナが心配そうに俺の腕に触れる。
「ああ……ちょっと不味い『神託』だった。俺のこの力が、このままいくと完全に塞がれる(BANされる)かもしれない」
「なんと!!」
「アッシュ卿の権能が……!? しかし、神の力が失われるとはどういうことだ!」
セレスティアも剣の柄に手を当てて驚愕している。
「世界を管理するための『監査役(上位システム)』が怒ってるんだ。俺が短期間にあまりにも身勝手な奇跡を使いすぎたからな。このままじゃ猶予期間の終了と共に、俺の力はすべて消え去る」
それを聞いた瞬間。
二人揃って、信じられないほどの殺気を周囲に放ち始めた。
「世界の監査役……! それはつまり、我らが主(アッシュ様)の御力を妬み、あまつさえ世界の玉座から引き摺り下ろさんと企む『不遜なる反逆の神』というわけですね!!」
「許せん! 我が剣にかけて、その偽神(監査システム)を物理的に切り伏せてくれる! アッシュ卿、そいつはどこの空にいるのだ!!」
「落ち着け! システムは物理で斬れない!!」
空を睨んで魔剣を抜こうとする王女を大慌てで止める。
違う、俺は神々の権力争いに巻き込まれたんじゃない。単に『ブラック企業の社内コンプラに引っかかって、アカウント停止を食らっている』だけなんだ!
だが、俺の説得など狂信者たちには届くはずがなかった。
「我ら人類に課せられた大いなる聖戦……『アッシュ神の御力を取り戻すための試練』ですね。このエレナ、命を燃やし尽くしてでも神の威光をお護りいたします!」
彼女たちの異常な熱狂を背に受けながら。
俺は冷たい汗を拭い、視界に次々と流れる『監査ログの断片』に目を凝らしていた。
この監査AIを納得させ、アカウント停止(BAN)を解除するためには、王都内のどこかに隠された『物理的な承認キー(鍵)』を探し出してアクセスする必要があるらしい。
面倒なRPGのようなお使いクエストが始まる予感を噛み締めながら、俺は深い絶望のため息を吐いたのだった。
最初の鍵探索は、翌朝から即開始だ。




