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休日は三秒で終了、監査アラート

 休日は、ドアノブに触れた三秒で終わった。

 あの大騒動から数日。王都は奇妙なほどの平穏を取り戻していた。

 私服で街へ出ようとした瞬間、視界の右上に【赤枠のアラート】が割り込んできた。


「……は?」

 見間違いかと思って目を擦るが、視界に張り付いたように消えない。今まで俺が見てきたシステムログは、基本的に緑や青の通知か、せいぜい黄色の警告程度だった。

 こんな血のような真っ赤なウィンドウは、初めて見る。


【System:上位監査プロセス(AUDIT)の介入を検知しました】

【System:警告。ユーザー名『ASH』による長期間のフル権限占有は、管理者セキュリティ規約第4項に抵触します】


「監査プロセス? なんだそれ、聞いたことないぞ」

 独り言をこぼしながら、胸の奥がざわつくのを感じる。

 監査。前世のブラック企業時代にも何度か耳にした、すこぶる心臓に悪い響きだ。まさかこの異世界の旧文明AIたちにも、きちんとしたコンプライアンス部門が存在していたとは。


「アッシュ様! お出かけですか!」

 ドアの外から、弾んだ声が聞こえた。俺のストーカー……もとい、自称『第一の盾』であるエレナだ。今日も完璧な身だしなみで、護衛という名目で一緒に休日を過ごす気満々らしい。

「ああ、ちょっと息抜きにな。最近はさすがの神々(AI)も、あの巨大ウイルスの件で俺に気を遣ってくれてるらしくて、エラー通知も控えめなんだよ」

「なんと……。世界そのものが、主の御休息を邪魔すまいと息を潜めているのですね。なんという痛快な……いえ、畏れ多いことでしょう!」

 相変わらずの全肯定アファメーションだが、今日はその勘違いを訂正する気力も湧かない。俺の視界の大半を、あの赤い警告文が占拠し始めているからだ。


【System:本システムは現在より『監査モード』へ移行します。現在の世界管理者権限は一時的に凍結され、暫定権限にダウングレードされます】

【System:失効までの猶予期間……[残り30日]】


「……凍結?」

 俺は思わず立ち止まった。

「どうされました、アッシュ様?」

「いや……なんでもない」

 エレナに悟られないよう笑顔を作るが、額には冷や汗が浮かんでいた。


 権限の凍結。それはつまり、俺が「魔法バグをワンクリックで消去できるチート能力」を失うということだ。

 もし俺が魔法を使えないただの落ちこぼれ貴族に戻ってしまったら、どうなる?

 この狂信の渦の中で神として崇められている俺が、明日から突然「実は何一つ奇跡を起こせません」と言い出せば……。教団の残党どころか、熱狂的な信者たちからどんな目に遭うか想像もつかない。


「とりあえず、街に行こう。たまには気分転換も必要だ」

「はいっ! 本日は王都で一番と評判のカフェを貸し切っております!」

「貸し切るなよ……」


 エレナのエスコート(という名の実力行使)に従って街へ出る。

 幸い、街は平和そのものだった。空は晴れ渡り、魔力で動く街灯や馬車もスムーズに流れている。誰も俺の権限がダウングレードされていることなど気付いていない。


 しかし、その平和は長くは続かなかった。

 中央広場へ差し掛かった時、ちょっとしたトラブルに出くわしたのだ。

「きゃあっ!?」

 若い女性の悲鳴。見れば、広場の噴水を制御している魔力石が暴走し、周囲に冷たい水を高く撒き散らしていた。おそらく定期メンテナンスの抜け漏れによる、ごく軽微なエラー(魔法暴走)だ。


「お任せください、アッシュ様。あの程度の瑣末な乱れなら、私がすぐに……」

「ああ、待ってくれエレナ。あれくらいなら俺がやる」

 俺はエレナを制止し、暴走する噴水に向かって片手を向けた。

 普段なら。そう、昨日までの俺なら、視界にポップアップする『水流制御エラー:デリートしますか? [YES]』のボタンを脳内でクリックするだけで、一瞬にして水しぶきは消え去り、何事もなかったかのように静寂が戻っていたはずだ。

 念のため、この『暫定権限』がどこまで通用するかのテストをしておきたかった。


 視界には、いつも通り緑色のログが出ている。


【水流制御プロセスに異常。強制終了(Delete)を実行しますか? [YES/NO]】


「よし、Deleteだ」

 俺は頭の中でYESを選択し、ホッと息を吐いた。

 ――しかし。


【System:……アクセス権限を確認中……】

【System:エラー。権限レベルが不足しているため、一部の実行要求が弾かれました】


 ザバァァァッ!!


「うわっ!?」

 消えるはずの暴走した水流は──ほんの少しだけ勢いを弱めたものの──完全に消滅することはなく、無慈悲にも俺の顔面を直撃した。


「ア、アッシュ様ぁぁっ!?」

 エレナの悲鳴が王都の広場に響き渡る中。

 俺は全身ずぶ濡れになりながら、管理者権限の『監査による制限』が、ただの脅しではなく現実のものであることを、冷たい水と共に深く実感させられていたのだった。

 しかも、この時点で猶予は『残り30日』。俺の休日は、もう戻らない。


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