第42話 神の執務室に有給なし
アッシュ神聖国(元・王都)。
その心臓部たる巨大な白い宮殿の一室で、俺は今日も今日とて『神の御業』に精を出していた。
「Target:Weather_Control_System… Action:Clear_Typhoon…」
「ふぅ、これで南の海上の台風エラー(暴走)は消去完了っと」
豪華絢爛なマホガニーのデスクに座っているが、やっていることは完全に『全世界規模のシステム保守作業(パチパチYESボタン)』である。
俺が指先一つ動かす(脳内でコマンドを打つ)たびに、隣に立つエレナがいちいち感極まったように溜息をつく。
「ああ……今、アッシュ様が御手を振られただけで、遥か彼方の海が凪いだのですね。神の慈悲は波の如く、世界を等しく愛で満たす……」
「いや。ただバグのフィードバックがうるさかったから消しただけだ」
エレナは今や『アッシュ教団・初代教皇兼第一の盾』という、とんでもない肩書きを背負っている。
そして。
「アッシュ卿(神)! 本日の神聖騎士団の訓練、見事な仕上がりであります! 卿の御名の下に、いかなる異端も許さぬ絶対の武力を証明してみせましょう!」
セレスティア王女(現・神聖国剣之側室候補筆頭かつ騎士団長)も、相変わらず元気だ。
「きゅいーん♪」
俺の頭の上では、神冠の形に固定されたスライム(聖獣)が、ご機嫌に揺れている。
「……なぁ」
俺は疲れた目をこすりながら、二人の美少女狂信者を見上げた。
「俺、一応『神』ってことになってるんだよな?」
「もちろんでございます!!」
「ならば、神の命として一つだけ頼みがある」
「ははっ! なんなりと!」
「この命に代えても!」
「……有給、くれないか?」
俺の切実な願いに、二人は顔を見合わせた。
「有給……なるほど、アッシュ様は地上での顕現(お仕事)に疲れ、一時的に星の裏側(高次元)へと帰還されるおつもりなのですね!」
「なんという事だ……! 我らの信仰が足りぬがゆえに、神を失望させてしまったのか!」
エレナがその場に泣き崩れ、セレスティアが腹を切ろうとし始めた。
「待って待って待って! そういう意味じゃない! ただちょっと温泉とかに行きたいだけで──」
【System:新規アラート。北方大陸にて、旧環境サーバーの温度管理エラーが発生。対象エリアが絶対零度へ向かって冷却中】
「あああああもうっ!! 神様はいつだってブラック企業なんだよぉぉっ!!」
俺の悲痛な叫びは、またしても「神威の咆哮(ありがたいお言葉)」として宮殿中に響き渡り、民草を平伏させるのだった。




