第35話 大絶壁、旧兵器起動
王都を出発して数日後。
俺たちは王国南部に位置する巨大な峡谷、「大絶壁」の最深部へと足を踏み入れていた。
「この辺りの魔素濃度、異常ですね……。私ですら少し魔力酔いを起こしそうです」
エレナが不快そうに眉をひそめながら、周囲に展開した防御結界の出力を上げる。
「騎士団の馬も、この奥へは進もうとしなかった。……まさに『魔の領域』か」
セレスティア王女も魔剣を抜き放ち、警戒を最大レベルにまで引き上げている。
俺はというと。
【System:Wi-Fi(魔素ネットワーク)感度バリサンです】
【System:警告。超大規模な旧世代自律兵器ガーディアンの起動を検知しました】
「……バリサンっていつの時代のUIだよ。旧文明のAIの言語センスはどうなってるんだ」
俺は一人でツッコミながら、肩に乗ったスライムを撫でていた。スライムは異常な魔素環境の中でも楽しそうに「ぽよぽよ」と揺れている。
「アッシュ卿、前方! 来ます!」
王女の鋭い声。
直後、峡谷の奥底──岩壁と同化していた巨大な岩の塊が、ゴゴゴゴゴォォ……という重低音を響かせながら立ち上がった。
全長三十メートルを超える、巨大な人型の兵器。
その体表は漆黒の装甲に覆われており、ところどころに赤い光(魔力炉の稼働光)のラインが走っている。
「あれが……未帰還兵器『黒の守護神』……!」
エレナが息を呑む。
「伝説では、旧文明末期に、あらゆる魔法攻撃を反射する【絶対拒絶の装甲】を持たせて設計された絶望の兵器……!」
「ギゴゴォォォォォ……!」
巨大な黒い兵器が、顔面らしき部分にある単眼のセンサーをこちらに向けた。
『ターゲット確認。非認証個体を排除します』
という、俺にしか聞こえない機械音と共に、ガーディアンの巨大な腕が振り下ろされる。
「させません! 『絶封の氷壁』!!」
エレナが瞬時に展開した最大防御。
だが──。
ガシャァァァンッ!!
「なっ……私の最大魔力が、いとも容易く……!」
エレナの氷壁は、ガーディアンの黒い腕が触れた瞬間に強制的に霧散し、そのままの勢いで俺たちを叩き潰そうと迫ってきた。
「エレナ、退け!!」
王女が前に飛び出し、魔剣の刃で巨大な腕を受け流そうとする。
しかし、物理的な質量と運動エネルギーの差が大きすぎる。王女の体が人形のように吹き飛ばされ、岩壁に激突してしまった。
「王女殿下!!」
エレナが悲鳴を上げる。
「くっ……なんという硬さ、そして重さだ……! 私の剣の『強化魔法』すらも、装甲に触れた瞬間に無効化された……!」
血を吐きながら立ち上がる王女。
マジか。
あいつの装甲、「物理攻撃」と「付与された魔法効果」を分離して、魔法側だけを打ち消しやがった。
前世のゲームで言うなら、【魔法ダメージ100%カット・魔法バフ強制解除】のチート防具を装備しているようなものだ。
「厄介だな……。Target…Black_Guardian…Action…Delete!!」
俺は脳内で、いつも通りの「一括消去」コマンドを叩き込んだ。
──だが。
『エラー:対象は【管理者権限による干渉を無効化する】ハードウェア装甲でカプセル化されています』
『Deleteコマンドは弾かれました』
「な……弾かれた!?」
俺は目を見開いた。
今まで一度も防がれたことのなかった俺の「削除(YES)」が、通用しなかった。
あいつの装甲は、ナノマシンのアクセスすら物理的に遮断する特殊素材でできている!
「ははっ……旧文明の連中も、システム管理者の権限暴走を恐れて、ハードウェアでロックをかけた絶対の兵器を作ってたってわけか」
俺の権限がいくら高くても、「魔法側のコマンド」を受け付けない装甲で覆われていれば、手も足も出ない。
『目標の消去に失敗。反撃シーケンスに移行します』
ガーディアンの赤い単眼が、不気味に明滅した。
そして、その巨大な胸部装甲がパカッと開き──内部に圧縮された、周囲の魔素すらも飲み込むような極大の【黒の熱線】のチャージが始まった。
「ア、アッシュ様……! アッシュ様の魔力すらも弾かれたと……!?」
エレナが絶望に染まった顔で俺を見上げる。
「ああ。あいつは【完全な魔法耐性(システム完全遮断)】だ。俺の一括削除も、事象の書き換え(リライト)も、あの装甲の上からは一切通らない」
俺がそう告げた瞬間、王女とエレナの顔から完全に血の気が引いた。
「そ、そんな……アッシュ卿の御業が通じぬ相手など……」
「では、私たちはここで……」
チャージされる黒い熱線。
あの質量のまま撃たれれば、峡谷ごと俺たちは消し炭になる。
これまで「神」として余裕で対処してきた王都の騒動とは次元が違う、純粋かつ絶対の【死】の危機が訪れていた。
「……アッシュ、様……」
エレナが、震える手で俺の背中に触れた。
「私は……私は、最後までアッシュ様の盾でいられましたでしょうか」
「……ああ。いつも助かってるよ、エレナ」
俺はかすかに笑い、そして──。
「──だからお前たちは、そこで見てろ。俺が【物理的に直接ブチ破ってやる】からな」
俺は公務員の制服の袖をまくり、魔法も剣も効かない絶対の怪物の前に、ただの魔力ゼロの生身(丸腰)で、真っ直ぐに歩み出た。




