第36話 最強は物理、バグ・ストライク
黒の守護神による究極の魔力防壁。
それは、「ナノマシンの干渉」を使用する俺のデリートコマンド(削除)をも完全に弾き返す、旧文明が遺した真の悪夢だった。
「アッシュ卿! 危険だ、下がってくれ!」
瓦礫に埋もれながら、王女が叫ぶ。
「私では装甲に傷一つ付けられなかった! 卿の魔力ですら弾かれたのに、丸腰で近付いてどうなるものでもない!」
「アッシュ様……」
エレナも涙ぐみながら俺に手を伸ばそうとするが、先ほどの防御で魔力を使い果たし、立ち上がることすらできていない。
「ギゴゴォォォォ……!」
ガーディアンの赤い単眼が、ゆっくりと歩み寄る俺を視界に捉えた。
『警告。システム・オーバーライドを試みる不正アクセス個体を検知。近接物理排除プロトコルを実行します』
巨大な腕が、空気を切り裂きながら俺の頭上に振り下ろされる。
当たればミンチだが、俺は歩みを止めなかった。
「なぁ。お前ら、旧文明の兵器ってのは、どうしてこんなに『馬鹿正直』なんだ?」
俺はため息をつきながら、振り下ろされる巨大な金属の腕に向かって、真っ直ぐに右手を突き出した。
──ズドォォォォンッ!!
凄まじい轟音が響き、峡谷の大地が揺れた。
土煙が舞い上がり、俺の姿が完全に覆い隠される。
「アッシュ様ぁぁっ!!」
「アッシュ卿!!」
二人の悲痛な叫び声。
だが、土煙が晴れた後、そこに広がっていた光景を見て、彼女たちの声は文字通り「凍りついた」。
「……え?」
巨大な黒い腕。
数十トンはあるであろうその質量兵器が、俺の細い右腕──いや、ただ突き出された『手のひら』に受け止められ、ピタリと静止していたのだ。
「ギ、ギギッ……!?」
ガーディアンの関節部から、信じられないような金属の軋む音が漏れる。
「『魔法』へのアクセスを物理的に遮断する装甲。なるほど、理にかなってるよな」
俺は、巨大な腕を受け止めながら余裕の表情で薄く笑った。顔には冷や汗一つかいていない。
「だから、魔法を無効化する俺の『Delete』も通らなかった。それは認める」
「アッシュ様……? 魔法が、使えないはずのあなたが、どうして……!」
エレナが震える声で尋ねる。
そう、俺は魔力がゼロだ。身体強化魔法なんて使えるはずがない。
通常なら、あんな巨大な質量を片手で受け止められるわけがないのだ。
「ふっ……。魔法が使えないなら、『別の力』を使えばいいだけのことだろう?」
俺は視界のUIをチラリと確認した。
【System:ユーザー(アッシュ)の『質量(Mass)』及び『耐久力(Durability)』パラメーターの一時書き換え(Rewrite)を完了】
【現在の値:城塞クラス(質量:20,000,000トン相当)】
【System:周辺地盤への反作用ダメージを抑制するため、慣性・接地圧を局所分散補正します】
そうだ。
俺の『事象の書き換え(Rewrite)』は、相手にしか使えないわけじゃない。【自分自身】にだってターゲット指定できるのだ!
相手が『物理的な装甲』で固めているなら。
俺の体を、あの時、上空に引っ掛けた巨大城と同じレベルの『超質量・超硬度』に書き換えてしまえばいい。
つまり今の俺の体は、見た目はただの学生服の少年だが、物理演算上は【数千万トンの硬い質量を持った鉄の塊】として処理されている。
だから、数十トンの腕がぶつかってこようが、微動だにしない。
蚊が岩にぶつかってきたようなものなのだ。
「さあ、物理デバッグ(殴り合い)の時間だ」
俺は、ガーディアンの腕を掴んだまま、ゆっくりと右腕を引き絞った。
ただのパンチではない。数千万トンの質量を乗せた、物理法則を完全に無視した【バグ・ストライク】。
「削除できないなら、スクラップ(ゴミ)にしてやるよ」
──ドゴォォォォォォォォンッ!!!!
俺の放った右ストレートが、ガーディアンの漆黒の装甲に直撃した。
あらゆる魔法を無効化するはずの【絶対拒絶の装甲】が、ただの物理的な質量(暴力)の前に、紙クズのようにひしゃげ、ひび割れ、そして木端微塵に砕け散った。
「「…………」」
王女とエレナが、ポカンと口を開けたまま声も出せずに固まっている。
巨大な未帰還兵器は、俺のたった一撃のパンチで胸部から上を完全に吹き飛ばされ、そのまま峡谷の奥底へと轟音を立てて崩れ落ちていった。
「……ふぅ」
俺は元のパラメーターに自分を戻し、土埃を払った。
自分の脳(UI)を弄るのは結構疲れる。やっぱり「Delete」でワンクリック消去するのが一番楽だな。
「あ……アッシュ、様……?」
エレナが、這うようにして俺の足元に進み寄り、信じられないものを見るような目で俺を見上げた。
「ま、魔法ではなく……純粋な肉体の力で……あの絶望を粉砕されたと……?」
「いや、肉体っつーか、デバッグ(パラメーター調整)なんだけど」
「アッシュ卿……」
王女も、魔剣を杖代わりに立ち上がり、震えながら俺を見つめていた。
「なんという……理不尽な神の御業。すべての魔法を無効化する敵の装甲を『あえて評価した』上で、さらにその上を行く『万物を凌駕する物理的な膂力』で正面からへし折るとは……!」
王女が、俺の前に深く、深く跪いた。
「卿の力は魔法(奇跡)だけではなかった。その身一つが、すでに【国家という概念すら粉砕しうる究極の武】! このセレスティア、もはや何も言うことはありません! 卿こそが世界最強にして至高の存在です!!」
「いやだから、ただのパラメーター弄り芸だってば」
俺のささやかな弁解など、もはや誰の耳にも届かない。
かくして、大絶壁の任務は「アッシュが魔法だけでなく、物理攻撃でも一撃で巨獣を粉砕する究極の武神でもある」という新たな(そして最悪な)勘違いの伝説を生み出して終わったのだった。
……そして王都へ帰還した直後、俺は本当の最終アラートに直面する。




