第33話 聖獣誕生、王都熱狂
スライム(元・超絶絶望バグ)を連れて城から王都へ帰還した俺を待っていたのは、さらなる熱狂の渦だった。
「見よ! 神の御腕におわす、あの輝かしき青き聖獣を!」
「あれぞ絶望より生まれし希望! アッシュ神の愛の結晶!」
「おおおっ! 神よ! 愛の化身よ!!」
……ただのプルプルしたスライムである。
だが、俺の狂信者たち(王都の民・学園の生徒・騎士団の面々)の目には、この貧弱なスライムが「神が自らの身を削って絶望を浄化し、新たな命として転生させた尊き存在」に見えているらしい。
「きゅむっ♪」
俺の頭の上に乗ったスライムが、嬉しそうにプルプルと震える。
俺がシステムから引き出した「Lv1スライム」のパラメーターには【知能:極低、性格:人懐っこい】という属性が付与されていた。結果として、このスライムは完全に俺に懐いてしまい、肩や頭の上を定位置にするようになってしまったのだ。
「アッシュ様、本日の聖獣様のお食事、最高級の朝露を集めてまいりました」
エレナが銀の器を恭しく差し出す。
「……エレナ。こいつ、そこら辺の雑草の汁でも喜んで吸うぞ」
「滅相もございません! 神の御子たる存在に、路傍の草など! 王女殿下も、現在この子のために王宮の庭師に『専用の聖樹』を植えさせているところですわ」
ダメだ。完全にスライムまで「神格化」のサイクルに巻き込まれている。
このままでは、俺だけでなくこのスライムまで「宗教アイコン」として祀り上げられてしまう。
「……そもそも、なんでこいつを連れて帰ってきちゃったんだろ」
俺はため息をつきつつ、頭の上のスライムをつついた。
可愛いからつい消去するのを躊躇ってしまったが、よく考えればこいつの正体は「サテライトを機能不全に陥れていたNullエラー」である。
【System:保留中のタスク『Undefined_Bug』の完全消去プロセスはまだ実行されていません】
【System:警告。エラー要素を物理環境(王都)に持ち出すことは推奨されません】
視界のUIにも、たまに警告が出る。
だが、もう遅い。今さらみんなの前で「じゃあこれ、用済みだから消すね(Delete)」なんてやったら、狂信者たちが『神の非情な試練!』とか言って暴動を起こしかねない。
「まあ、実害がないならいいか……」
俺は公務員試験のテキストを開きながら、スライムを膝の上に乗せた。
「きゅるるん」
スライムが、俺の魔力ゼロの体から発せられる謎の安心感(システム管理者特有の安定したアクセス権)に包まれ、気持ちよさそうに目を細める。
「アッシュ様」
その時、自室のドアをノックして学園長のマクシミリアン卿が入ってきた。
「やあ、学園長。また何かバグ……じゃなくて、異常事態ですか?」
「いや、違う。今日は君に『嬉しい知らせ』を持ってきたのだよ」
学園長はニヤリと笑い、一枚の羊皮紙を俺の机に置いた。
「これは……?」
「魔法省の『特別監査官』の試験免除・無条件合格通知書だ。……君のこれまでの『数々の実績(という名の神の御業)』が、ついにアルベルト長官の首を縦に振らせたのだよ」
「えっ!?」
俺はガタッと椅子から立ち上がった。
「合格!? 公務員に!? 俺の望んでいた『安定した事務仕事』の道が、ついに開かれたってことですか!?」
「まあ、『事務仕事』かどうかは配属先によるがね……とにかく、君は来月から晴れて魔法省の職員だ。おめでとう、アッシュ・アルマンド特別監察官どの」
「やった……! やったぞ!!」
俺は思わずガッツポーズをした。
王都での騒動、勘違い、狂信者たちの熱狂……そのすべてに耐えてきた甲斐があった。ついに俺は、実家の呪縛も教団の脅威も関係のない、「国家の歯車」としての平穏な身分を手に入れたのだ!
「アッシュ様!!」
バンッ!と扉が開き、エレナと王女、そしてレディスが雪崩れ込んできた。
「お聞きしました! 魔法省の制圧(就職)が完了したと!」
「さすがアッシュ卿! ならば我ら騎士団も、魔法省の傘下に入るべく特別親衛隊を組織せねばなるまい!」
「ひゃっはー! ついに我らアッシュ教団(魔法省支部)の立ち上げですな!!」
「……」
俺の公務員合格証書の上に、ぽちゃん、とスライムがスライディングして乗っかった。
俺の平穏は……もしかして、まだ遠いんじゃないだろうか。
そんな嫌な予感が、王都の空に浮かぶ巨大城(あれも俺の責任だ)のごとく、重くのしかかってくるのだった。
そして配属初日、俺は判子ではなく「国家最終兵器のデバッグ依頼」を渡されることになる。




