第30話 天空の御神体、後始末
王都の上空、正確には学園の時計塔の先に、巨大な逆三角形の城が突き刺さって(というか、風船のように引っかかって)から数日が経った。
「アッシュ様、本日の『城の浮力維持』はお済みでしょうか?」
「いや、あれはもう永続的にパラメーター書き換えたから、俺が何もしなくてもずっとあそこに浮いてるよ」
学園の中庭で、俺はエレナにそう説明した。
王都の住民たちは、あの上空の「落ちてこない巨大な質量」を、最初は恐怖の目で見ていた。
しかし、学園長経由で「アッシュ卿が神の力で質量をゼロに固定した」と発表されるや否や、恐怖は一転して狂信へと変わった。
今やあの城は『アッシュ神の偉大なる奇跡の証明』として、王都の新たな観光名所(御神体)にすらなりつつある。
「……目立ちすぎるだろ、あれ」
学園のどこからでも見える黒い巨大城を見上げながら、俺はため息をついた。
あれからというもの、俺の生活……もとい、休まる暇もない日々が続行中だ。
まず魔法省。
「アッシュ卿! あの天空の城を、我が国の防衛要塞として活用できないでしょうか!? 卿の力で中に浮遊部隊を——」
「無理です」
次に王国騎士団(セレスティア王女経由)。
「アッシュ卿! あの城に至る見えない階段(光の道)を架け、そこで天下一武道会を開くというのは——」
「開きません」
そして極めつけは、我が実家、アルマンド侯爵家である。
「アッ、アッシュ坊ちゃま……!」
ある日、学園の門の前に、ボロボロの服を着た執事長が這いつくばっていた。
「どうか、どうかお助けを! アッシュ坊ちゃまを追放した我が家への風当たりは強く、今や王都中の貴族から村八分にされ、当主様はストレスで毛根が完全に死滅し……侯爵家は破産寸前でございます!!」
「……」
別に俺が何かしら手を回したわけじゃない。
ただ俺が『神』としてチヤホヤされればされるほど、勝手に周りの連中が「あんな偉大な神を迫害したアルマンド家は悪だ!」と自主的に攻撃を始めているだけなのだ。
いわゆる、狂信者特有の不寛容である。
「アッシュ様」
俺の横で、エレナが冷ややかな目で執事長を見下ろした。
「不実な親族など、このまま野垂れ死にさせておくのがよろしいかと。アッシュ様の御心を煩わせるような蟲は、私がこの場で氷漬けに——」
「やめろエレナ。余計な死体を増やすな」
俺は執事長に向かって、一枚の金貨(魔法省から毎月勝手に送られてくる顧問報酬の一部)を投げ与えた。
「これで国境の向こうにでも逃げてください。親父にもそう伝えて」
「お、おお……! なんという慈悲……!」
執事長は顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、地面に頭を擦りつけて去っていった。
それを見ていたエレナが感動に震える。
「ああ……自らを傷つけた愚か者にも、生きる道を与える……! アッシュ様の愛は、海よりも深く、空よりも広い……!!」
……もうどうにでもなれ。
俺はパンをかじりながら、視界のUIに目を向けた。
【未読:気候管理AIより。王都上空のサテライト(あの城)の存在により、気流の乱れが発生中】
【未読:生体管理AIより。サテライト内部の隔離層にて、変異種の蠢動を検知。駆除を要請】
——やっぱりか。
俺は深い深い、深海まで届くようなため息をついた。
質量を書き換えて浮かべてあるとはいえ、あの城は元々バグ(教団のハッキング)の温床だ。内部にはまだ「処理しきれなかったエラー」が残っているらしい。
「行くしかないのか……あの目立つ城の中に」
しかも、今回は「空飛ぶ城」だ。俺には飛ぶ魔法がない。
「アッシュ様? どうされました?」
「いや……あの城を、内側から『掃除』しないといけなくなった」
「……!」
エレナの目がギラリと光った。
「掃除、ですね! このエレナ、直ちに全財産を投じて『対空飛翔用の最高位魔道具(箒)』を調達してまいります! レディス! 王女殿下! アッシュ様の『天空の玉座』への清掃の儀が始まりますわよ!!」
こうして、俺のささやかな公務員への夢は、またしても「天空の城への突撃デバッグミッション」というファンタジー全開のイベントへと塗り替えられていくのだった。




