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第29話 落下城を質量0.0001%へ

 落ちてくる巨大な城。

 空を覆い尽くす絶望の質量。王都中から人々の悲鳴が上がり、もはや誰もが最期を覚悟していた。


「アッシュ卿……」

 セレスティア王女が、祈るように俺の手を握った。いつもは凛々しい彼女の手が、微かに震えている。

「……貴方がいなければ、この国はとっくに教団によって地図から消されていた。最期まで貴方という奇跡と同じ時間を過ごせたこと、騎士として誇りに思う」

「諦めるな! まだゲームオーバー(システムクラッシュ)したわけじゃない!」


 俺は脳内のコンソールパネルをフル回転させ、必死に解決策(デバッグの手法)を探っていた。

 魔法としての「浮遊機能」は消した。

 全体を「デリート(消去)」するにはサイズがデカすぎる。


 ——なら、ただの『物理的な落下』に対して、どうやって対処すればいい?


『高度な事象の書き換え(Rewrite)機能にアクセス中……』


 そうだ、レベル2権限の『書き換え』だ。

 あの時、地下大祭壇で極太レーザーを「シャボン玉」に書き換えたように、パラメーターをいじればいい!


「Target:Falling_Castle_Mass (落下城の『質量』パラメーター)」

「Action:Rewrite_Value」

「Value:Limit_to_0.0001% (質量を極限まで軽量化!)」


 俺は『城の重さ』そのものを書き換えるコマンドを叩き込んだ。

 これなら処理コストは小さくて済むはずだ!


『Warning:対象オブジェクトの「質量」パラメーターの上書きは、周辺の重力場(環境変容)に致命的なバグを引き起こす可能性があります』

『それでも実行(Commit)しますか? [YES/NO]』


「YESだッ!! 王都が潰されるよりマシだ!」

 俺が脳内でエンターキーを強く打ち鳴らした瞬間。


 ——ピィィィィン……ッ。


 世界が一瞬、無音になった。

 そして。


「……えっ?」

 エレナが間抜けな声を上げる。

 俺たちの頭上、まさに学園の屋上に激突する寸前だった数千万トンの巨大城が。


 ぽふっ。


 と。

 まるで発泡スチロール……いや、綿毛のような軽い音を立てて、学園の時計塔の尖塔に引っかかり、ふわりと停止したのだ。


「な……に……?」

 王女が、大きく目を見開いたまま固まっている。


 巨大な城の先端が時計塔にぶつかっているというのに、時計塔にはヒビ一つ入っていない。

 なぜなら今のあの巨大城は、見た目の大きさこそそのままだが、重さは『巨大な風船』程度にまで極限に軽量化(書き換え)されているからだ。


『システム:対象の質量書き換えに成功しました』

『環境変容バグの発生:王都の一部区域において、重力場が一時的に低下します』


 そのアナウンス通り、学園の屋上にいた俺たちの体が、ふわりと数センチほど宙に浮き上がった。

「きゃっ!?」

 エレナのスカートがふわりと舞い上がり、彼女が顔を赤くして裾を押さえる。


「……助かった」

 俺はその場に仰向けに倒れ込み(ゆっくりと宙に浮かび上がりながら)、深い安堵の息を吐いた。

 冷や汗で体中がびっしょりだった。


「アッシュ様……」

 エレナが浮かび上がりながら、空を泳ぐようにして俺の隣にやってきた。

「無数の民を押し潰さんとした絶望の城を……質量そのものをゼロへと還し、一本の時計塔の上に……そっと降り立たせた……」


 エレナの瞳から、ポロポロと真珠のような涙が溢れ出し(無重力なので空中に丸い水玉として漂い)、俺の周りをキラキラと飛び交い始めた。


「ああ……神よ……! 神よ……!! どこまでも優しく、どこまでも偉大な、私たちの主……!!」

「アッシュ卿!!」

 セレスティア王女も、空中で足をバタバタさせながら俺の方へ泳いできた。

「貴方は……貴方は本当に、この世界を救うために舞い降りた『創造の神』であったか! このセレスティア、王国の全てを投げ打ってでも、貴方の御側に侍ることをここに誓おう!!」


「いや、違うんだ。物理法則弄ったら重力バグっちゃって……」


 俺の弁解は、王都中から巻き起こった「神の奇跡だあぁぁっ!!」という数百万人の熱狂の大歓声にかき消された。


 かくして、教団が引き起こした未曾有の天空テロは。

 巨大な城を風船のように時計塔に引っ掛けるという、シュールかつ圧倒的な「神の御業(デバッグ跡)」を王都のど真ん中に残して幕を閉じたのであった。

 そして翌朝、王都中が見上げる「空の城」の後始末という最悪の追加タスクが、俺を待っていた。


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