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第23話 大森林、機械狼襲来

 王都脱出のはずの「短期調査」は、開始時点で失敗していた。

 大森林の遺跡群に来たメンバーが、俺・エレナ・王女・レディスの時点で平穏はない。


「ふはははっ! アッシュ様の初めての遠征任務に、我ら『アッシュ親衛隊』の精鋭が同行できるとは! このレディス、感無量でございます!」

 背中に巨大なリュックを背負ったレディスが、汗だくになりながら叫ぶ。

「いや、お前はただの荷物持ちだからな……」


 大森林は薄暗く、濃密な魔素が満ちている。

 通常の人間なら長時間いるだけで魔力酔いを起こすような過酷な環境だが、「魔素ナノマシンへのアクセス権限は100%だが、体内濃度はゼロ」という特異な体質の俺には全く影響がない。

 むしろ、視界のUIが【System:高濃度魔素エリア。Wi-Fi(AIネットワーク)の接続感度が良好です】と機嫌良く表示しているくらいだ。


「アッシュ様、お足元にご注意ください。この大森林は『旧文明の生物兵器の実験場』だったという伝承があります」

 エレナが杖を構え、周囲を警戒しながら言う。

「ああ。学園長からも、ここで異常な魔力反応バグが出てるって聞いてる」

 それに、俺のタスクキューにも、AIからの未読メッセージが溜まりに溜まっている。


【未読:生態系管理AIより『緊急:大森林セクターCにて、遺伝子構造の異常増殖エラーを検知。デリートを要請』】

【未読:気候管理AIより『警告:当該エリアの魔素濃度が規定値を突破。物理デバッグチーム至急向かってください』】


 どうやら、ここにはかなりヤバい『バグ』が潜んでいるらしい。


「——来ます!」

 先頭を歩いていたセレスティア王女が、魔剣を抜いて低く身を構えた。


 ガサガサッ、と茂みが揺れ、現れたのは——。

「なっ……なんだあれは!?」

 レディスが悲鳴を上げた。


 それは、全長10メートルを超える、巨大な狼のような姿をした『魔獣』だった。

 だが、ただの魔獣ではない。その体は、機械の装甲と生身の肉がグロテスクに融合しており、背中からは数本の「砲身」のようなものが突き出している。


『警告:旧文明の生体兵器(変異種)を検知』

『該当オブジェクトは、魔素をエネルギー弾として発射する違法プロトコルを使用しています』


「ガァァァァァッ!!」

 機械狼が咆哮を上げた瞬間、その背中の砲身から、閃光のような極太のレーザー(高圧縮魔力弾)が放たれた。


「くっ……! 『絶封の氷壁アイギス』!」

 エレナが咄嗟に最高クラスの氷結防御を展開する。

 だが、機械狼の放ったレーザーは、その分厚い氷の壁を一瞬で融解させ、貫通してきた。


「なっ……私の最大防御が!?」

「エレナ、下がれ!」


 セレスティア王女が前に飛び出し、魔剣に全魔力を込めて斬り払う。

「『神破の一閃』!!」

 王女の神速の剣撃がレーザーと衝突し、凄まじい爆発が起こる。

 なんとか軌道を逸らして直撃は免れたが、王女の剣も弾かれ、彼女は大きく後退した。


「強い……! ただの魔獣ではありません。あれは『魔法』そのものを兵器として再構築した、旧文明の悪魔の遺産!」

 王女が息を切らしながら言う。


「……あれはな、バグだ」

 俺は小さくため息をつきながら、二人の前に歩み出た。

 あれは『魔法』じゃない。AIの管理下から外れた、ただの暴走プロセス(不正プログラム)だ。


「アッシュ様!? 危険です、さがって——」


 機械狼が、再び背中の砲身にエネルギーをチャージし始める。今度は先ほどよりも遥かに巨大な、周囲の魔素をすべて吸い上げるような光の球体が膨張していく。

 放たれれば、この森の半分が消し飛ぶほどの破壊力だ。


 だが。俺の前では、どんなに強大な魔法プログラムも、ただの「行」にすぎない。


「あのな。俺は静かに休暇を過ごしたいんだ」


 俺は機械狼に向かって右手を突き出し、脳内のコンソールパネルを開いた。

 対象を指定。

 実行コマンドは——『Ctrl + A(全選択)』からの『Delete(完全消去)』。


『Target: Entity.Mutant_Wolf』

『Action: Format_And_Delete』


「消えろ」


 俺が静かに呟き、頭の中で【Enter】キーを叩きつけた。


 ——シュンッ。


 音が消えた。

 光が消えた。

 機械狼がチャージしていた極大の破壊エネルギーも、10メートルを超える巨体も、機械の装甲も。

 まるでテレビの電源を切ったかのように、空間から完全に【無かったこと】にされた。


「……」

 静寂が森を包む。


「……あ……」

 後ろで、レディスが腰を抜かしてへたり込んでいる。


「一瞬、で……? あれほどの絶望的な魔力を誇った兵器を、文字通り『無』に還した……?」

 セレスティア王女が、魔剣を取り落とし、ワナワナと震えている。


「ああ、アッシュ様……!!」

 エレナが、森の土に膝をつき、祈るように両手を組んだ。

「私が最大魔力で防御し、王女殿下が最大出力で受け流したものを……あなたはただ『指を差しただけ』で……! やはり、あなたの前では、この世界にあるすべての事象が、ただの『砂上の楼閣』にすぎないのですね……!」


「……」

 俺は右手を下ろし、重いため息をついた。

【System:生態系管理AIより。該当エリアの脅威バグの削除を確認。ユーザー評価スコアを『神(God_Level)』に更新しました】


 どうやら俺は、システム側(神々)からも本格的に『同じ神(上位存在)』として認識され始めてしまったらしい。

 休暇でのバグ修正は、俺の神格化という最悪のアップデートを完了させて終幕したのだった。


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