第20話 王女の真贋テスト
侯爵家の襲撃(未遂)から数日。実家は完全に沈黙した。
親父は邸宅の奥に引きこもり、「化け物を生んだ」と震えているらしい。
「アッシュ様、本日の朝刊にアッシュ様の偉業を讃える特集記事が……」
「読まない」
「アッシュ様、魔法省からの『特別顧問報酬』として、また白銀貨が山のように……」
「受け取らない」
俺の学園ライフは完全に『塩対応』の作業と化していた。
そんなある日の放課後。俺は一人になりたくて、滅多に人が来ない旧校舎裏の中庭のベンチでパンをかじっていた。
「……おいしい」
静かだ。誰も俺を神だと崇めないし、誰も過剰な敬語を使ってこない。
平和な時間は素晴らしい。
俺がそう実感しながらパンの最後の一口を食べ終えた、その時だった。
「——ここにおられたか、アルマンド卿」
静かな声。
振り返ると、そこにいたのは白銀の美しい鎧に身を包んだ、金髪の女騎士だった。
透き通るような青い瞳。凛と引き締まった表情。そして胸元に輝く、王家の紋章。
「王国第一王女、並びに王国騎士団総長、セレスティア・フォン・オルクスである。卿に、折り入って頼みがある」
「……王女様?」
俺はポカンと口を開けた。
魔法省の長官、実家の侯爵、異端教団と来て……ついに王家のトップクラスまで直接乗り込んできたのか。
「おひとりでこんな所まで? ここは護衛を入れる場所じゃ——」
「護衛など不要だ。我が剣は万軍を退ける」
セレスティア王女はスッと真剣な顔になり、俺の前に立った。
「単刀直入に言おう。アッシュ・アルマンド卿。私と……手合わせをしてほしい」
「……は?」
手合わせ?
「我が耳には、卿の『絶魔』の噂が数多く届いている。いかなる魔法も通じず、防衛兵器すら一瞥で消去する『神の如き力』……だとな」
王女は腰の聖剣——国宝級の魔剣に手をかけた。
「だが、私は信じない。魔法や魔素の操作に限界はある。神の奇跡など、この世には存在しない。卿はおそらく、未知の古代遺物と極めて高度な『幻術』を組み合わせて、周囲を欺いているだけだろうと推測している」
……おお。
あの勘違い査察官と同じく、またしても論理的で真っ当な大人が現れた。ちょっと嬉しいぞ。
「仮に俺が偽物だとして、なんで王女様が手合わせを?」
「魔法省の長官は卿を『特別顧問』として迎え入れようとしているが、正体不明の兵器を国家中枢に入れるなど、騎士団総長として看過できない」
王女が冷たく言い放つ。
「よって、私の剣で卿の化けの皮を剥がす。もし卿が私の【神速の剣撃】を『消去』できなければ、王室への詐称罪として即座に投獄させてもらう」
「……え、待って」
俺は状況のヤバさに気づいた。
彼女の武器は『剣』だ。魔法ではない。
【System:アラート。対象の攻撃ベクトルは純粋な物理攻撃(物理運動エネルギー:高)を主軸としています】
【System:魔法プロセスの停止『YES/NO』では、物理的な刃の軌道を削除することは不可能です】
「嘘だろ!?」
俺のデバッグツール(管理者権限)は、あくまで『ナノマシンの干渉(魔法)』を終了させるものであって、ただの素早い金属の棒(剣)による物理攻撃を防ぐファイアウォールなんて付いていない!
「容赦はしない。死にたくなければ、その『偽りの力』とやらを見せてみろ!」
王女が地を蹴り、恐ろしいスピードで間合いを詰めてきた。
抜刀される銀閃。俺の首めがけて、容赦ない神速の刃が迫る。
終わった。
公務員になる前に、王女に切り捨てられて短い人生が終わる——。
「アッシュ様から離れなさい、野蛮な剣士!!」
ガキィィィィィンッ!!!!
火花が散った。
俺の目の前で、氷の盾を展開しながら王女の剣を受け止めたのは——いつも影のように俺の後ろストーカーをしている、エレナだった。
「……何者だ、貴様」
セレスティア王女が、目を細めてエレナを睨みつける。
「私はエレナ・アークライト。アッシュ様の忠実なる使い魔にして、盾でございます」
エレナの目は、またしても狂気を孕んだように冷たく澄み切っていた。
「アッシュ様に刃を向けるとは……。アッシュ様が『あえて』避けようとなさらなかった御心が読めないのですか? 神の慈悲を愚弄する者よ、私がこの場で氷の像に変えて差し上げます!」
「狂信者め……邪魔立てするなら、お前から斬り伏せるまで!」
学園の中庭で、王国の筆頭騎士と、学園最強の天才魔法少女の、俺を巡る(勘違いベースの)死闘が突如として始まってしまったのだった。




