第18話 侯爵家、逆襲の呪印
「アルマンド侯爵家は、今や王都の笑い者よな」
「いかにも。あのような傑物(神の御子)を『魔力ゼロの無能』と勘違いして追放したのだからな。侯爵の目は節穴だという証明だ」
王城の廊下で交わされる貴族たちの嘲笑。
それを物陰で聞いていた壮年の男——アルマンド侯爵、すなわち俺の父親は、怒りでワナワナと震え、手袋を強く握りしめた。
「おのれ……アッシュめ。一族の顔にこれほど泥を塗りおって……!」
侯爵は苛立ちを隠せない様子で、自邸へと帰還した。
自室に戻った侯爵は、執事長を怒鳴りつけた。
「学園へ使いを出したのだろう! アレを連れ戻すために、手段は選ぶなと言ったはずだ!」
「も、申し訳ございません当主様! しかし、アッシュ坊ちゃまの周囲には常に『狂信者』とも呼べる貴族の生徒たちが護衛についており……言葉一つ交わすことも敵いません!」
「ええい、役立たずめが!」
父親は机をバンッと叩いた。
「今や奴は、魔法省長官から『特別顧問』の打診を受け、国の英雄扱いだ。我がアルマンド家が王都での発言権を取り戻すには、是が非でも奴を『我らが自慢の息子』として家に取り込まねばならんのだ!」
「し、しかし……アッシュ坊ちゃまご本人が、当家への恨みを強く抱いておられるやもしれません。一度勘当の憂き目に遭わせてしまったのですから……」
「恨みだと? ふざけるな」
父親は冷笑を浮かべた。
「親が子に命令するのだ。何が『神の御業』だ、所詮は我がアルマンドの血脈が生み出した出来損ないの突然変異にすぎん。学園でどれほどチヤホヤされようと、実の親の前に引きずり出せば、昔のように怯えて平伏するに決まっている」
彼は残酷な目つきで、懐から一枚の赤黒い羊皮紙を取り出した。
「奴が言うことを聞かぬのならば、強制的に『契約』を結ばせるまで。……これは裏ルートで手に入れた『支配の呪印』。血縁者に対して無条件に服従を強いる危険な魔術具だ」
「と、当主様!? そのような呪法は魔法省に禁じられております! もし露見すれば、侯爵家は取り潰しに……!」
「黙れ! 対象が『神の御子』であれば、魔法省とておいそれとは手出しできまい。奴を完全に傀儡とし、その絶魔の力を我が家の切り札とするのだ!」
―――
その頃。
俺は学園の図書室で、相変わらずエレナの監視(という名の過剰な奉仕)を受けながら、居眠りをしていた。
【System:アラート。ユーザー(アッシュ)の生体情報(DNA)に関連する、不正なアクセス試行を検知】
【System:悪質なマルウェア(呪印プログラム)のダウンロードをブロックしました。送信元IP:アルマンド侯爵邸】
「……んあ?」
視界に流れた赤いログメッセージで目が覚めた。
なんか今、実家からスパムメールみたいなのが送られてきて、勝手にファイアウォールが弾いたらしい。
「また父親が変なことしてるのか……?」
「アッシュ様、お目覚めですか?」
エレナが銀のトレイに載せた紅茶を差し出しながら、美しい微笑みを浮かべる。
「お疲れのようですね。世界の淀みをその御体おひとりで背負われているのですから、無理もございません」
「いや……ただの昼寝だ」
「ふふっ。ご謙遜を」
エレナは俺の隣に座り、そっと俺の肩に触れた。
「実は先ほど、学園の門の前に、アッシュ様のご実家からの使いが来ておりました。『当主が直接出向くから、明日、学園の特別応接室にひとりで来い』と、ひどく高圧的な態度で」
「……ひとりで来い?」
俺は嫌な予感がした。
あの見栄っ張りで自己中心的な父親のことだ。俺が言うことを聞かないとわかれば、何か強硬手段(物理的な魔法)に出るかもしれない。魔力ゼロの俺が一対一で相対するのは危険すぎる。
「エレナ。絶対に俺をひとりにしないように、お前もついてきてくれるか?」
俺が素直に頼むと、エレナは一瞬、ハッと息を呑み——その白い頬を真っ赤に染め上げた。
「なっ……! ほ、ほほ、本当によろしいのですか!? アッシュ様のご両親との面会に、このエレナを『同伴者』として……!? い、急いでゼクシィの魔法教典を……いえ、お召し物の準備を!」
「……?」
なぜかエレナはパニックに陥り、顔を耳まで赤くして図書室を走り去っていってしまった。
護衛を頼んだだけなのに、俺は何十手も間違えた選択肢を踏んだらしい。
だが、俺はこの時まだ知らなかった。
実家からの不器用な『マルウェア攻撃』に対する、エレナ(狂信者)の過剰防衛が、翌日トンデモない惨劇を引き起こすことになるとは。




