第17話 代行者エレナ、聖戦開始
王宮襲撃事件から一夜明け、俺の周囲を取り巻く狂騒はますます手のつけられないレベルになっていた。
「アッシュ様ぁぁっ! この度の王宮での武勲、聞き及びましたぞ!」
「異端の教祖すらも一瞥で屈服させ、その力を消し去ったと……! ああ、神よ!」
学園の廊下を歩くだけで、生徒の半数以上が道を開けて土下座(もとい平伏)する異常事態だ。
俺は胃を押さえながら、なんとか教室へと逃げ込んだ。
「おはようございます、我が主」
教室に入ると、まるで専属メイドのように席の横に立つエレナが、完璧な角度のカーテシーでお辞儀をした。
「昨日の一件で、王家および魔法省からの『特別顧問就任要請』が正式に学園長室に届けられたそうです。報酬は、白金貨百枚に王都の一等地、さらに……」
「エレナ。頼むからもうその話はしないでくれ」
俺は机に突っ伏した。
「俺は、ただの平和な公務員になって、定時退社で静かな老後を迎えたいだけなんだ……」
「まぁ……」
エレナがうっとりしたようにため息をつく。
「あれほどの御力を持ちながら、地位や名誉、莫大な富を一切望まず、ただ市井の民として平穏に暮らすことを望まれるのですね。なんという無欲、なんという高潔な魂……! アッシュ様のその御心、このエレナが命に代えてもお護りいたします!」
言葉のキャッチボールの弾道が宇宙まで飛んでいく。
だが、そんな勘違いよりも深刻な問題が、俺の頭痛の種となっていた。
【未読:気候管理AIより『緊急:第2環境プラントの修正パッチを再度要請。放置は王都の気温上昇エラーを引き起こします』】
【未読:生態系管理AIより『緊急:局地的な魔獣のスタンピードの兆候。至急デバッグ(物理)を』】
「……」
王宮での『教団の通信遮断(ハッキング対抗)』を見せてしまったせいか、神々(AI)からのデバッグの催促が、前より増して苛烈になっている。
完全に「腕のいい業者」として認識されている。
「アッシュ様、いかがなされました?」
「いや……システムの催促がうるさいなって」
「……!」
エレナがハッと目を見開いた。
「システム……やはり、アッシュ様は『世界そのものから直接』訴えを聞いておられるのですね。俗物には聞こえぬ、この世界の悲鳴を……!」
「あ、うん。まあ、そんな感じ」
文字通りのエラーメッセージ(悲鳴)である。
「なるほど……アッシュ様がどれほど無欲に平穏を望まれようとも、世界(神)がそれを許してはくれない。ならば……」
エレナはスッと表情を引き締め、腰の杖に手を当てた。
「私が、アッシュ様の代わりにその御心を遂行する【代行者】となりましょう」
「えっ」
「アッシュ様が直接手を下すまでもない瑣末な『世界の悲鳴』は、このエレナがすべて粉砕してご覧に入れます! アッシュ様はどうぞ、そのお席で平穏にパンを召し上がっていてください!」
「ちょっと待てエレナ、話が飛躍しすぎ——」
「レディス!」
エレナが教室の隅で俺の似顔絵(神聖画)を描いていたレディスを呼びつけた。
「アッシュ様が、世界の歪みを修正せよとお考えです。我々『アッシュ様の盾(仮)』の出番ですわよ!」
「おお……っ! ついに我らに聖戦の第一命が下ったか!! 野郎ども、武器を取れ! 王都周辺の魔獣どもを狩り尽くすぞ!」
「うおおおおっ!!」
教室にいた貴族の生徒たちが、一斉に武器や杖を掲げて雄叫びを上げた。
狂信者軍団が完全に組織化されてしまった瞬間だった。
「待て! 俺はそんなこと一つも言ってない!!」
俺の叫び声は、血気に逸る生徒たちの足音に完全に掻き消された。
かくして。
AIからの「厄介なデバッグタスク」は、俺が【YES】ボタンを押すまでもなく、エレナを筆頭とする『狂信者デバッグ部隊』の物理攻撃によって、次々と解決(討伐)されていくことになる。
俺はただ教室でパンをかじっているだけなのに、
『アッシュ様の大いなる御意志により、周辺の魔獣十数体を討伐完了!』
『アッシュ・アルマンド卿の配下団、王国騎士団を凌駕する大活躍!』
というニュースが王都を駆け巡り……。
「……なんで俺が、指一本動かしてないのに『偉大なる統帥』みたいな扱いになってるんだよぉぉぉっ!!」
学園の屋上で、俺はまたしても空に向かって悲痛な叫びを上げるのだった。
しかも次に飛び込んできたのは、実家からの最悪の呼び出し状だった。




