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【第3章完結】メシマズ大国の料理店~キッチン・みけの店ごと英国転移譚~  作者: りんた


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90.休日のマリアとやみつき手羽先

 金融街シティ・オブ・ロンドールから北西に進むと、GNWR鉄道の大きな駅がある。

 これまではどこかに工事中の面影を残していた駅舎も、今ではすっかり完成。

 赤茶色のレンガは隙間なく積み上げられ、高い位置に設けられた大窓には綺麗なガラスが輝いている。

 正面の堂々とした石柱と大きなアーチは、見事なものだ。

 これだけで鉄道が、どれだけの規模を持つ事業なのかがよく分かる。


「2番線、発車します」


 駅員の合図で、力強い蒸気を噴き上げながら走り出す機関車。

 マリア・フローリスは一人、ホームでその様子を眺めていた。


(あの日がもう、昔のことみたい……)


 最後の家族旅行は、稼働したばかりの鉄道に乗っての小旅行。

 その後機関車の起こした鉄道火災によって財産を失い、上流階級としての生活は終わりを迎えた。

 それにもかかわらず、ずっと気になっている。

 鉄道に感じる、可能性が。

 その感覚は先日の『おにぎり』による成功で、さらに強まっている。


「……少し早いけど、夕食にしましょう」


 ホームを出ていく車両を見送ってから、マリアも駅を後にする。

 駅舎の前には馬車や人々が行き交い、列車を待つ乗客の姿が絶えず出入りしている。

 鉄道駅は、完全に首都の玄関口となった。

 機関車の本格運用から始まったブリティシアの変化は、もはや計り知れない。


「そうだわ……!」


 思わぬひらめきに、不意に手を叩く。

 今日は、仕事が休みのマリア。

 不意の思いつきに従う形で、イーストエッジへと向かうことにした。

 そしてそのまま、職場である『みけ』へ。


「こんにちは」

「いらっしゃいませーっ! あっ、マリアさんっ!」

「忘れ物でもした?」

「いいえ」


 駆けつけてきたエマと、キッチンを確認する達也。

 しかしマリアは首を振った後、少し恥ずかしそうにして――。


「ええと、少し……飲みたくなってしまって」


 それこそが、思いつきの正体。

 そう。新たな『みけ』の仲間であるマリア・フローリスは、エール大好き(元)令嬢だった。

 客として『みけ』に来ることがなかったマリアは、あらためて店内を見回しながら、カウンター席に腰を下ろす。


「なんだか、新鮮な感じね」

「本当ですねっ」


 今日も『みけ』は、新規や常連が入り混じってとても賑やかだ。


「マリアさん、ご注文はどうしますかっ?」

「うふふ。実はね、ずっと気になっていた料理があったの」


 マリアは少しウキウキしながら、メニューの一品を指差す。


「エールと一緒にこの、やみつき手羽先をお願いするわ」

「はいっ! 少々お待ちくださいっ!」


 さっそくエマは、オーダーを伝えに行く。


(こうやってエールを飲みにくるっていうのも、楽しいかもしれないわね)


『飲みたい』という感覚に従って飲食店にやって来るなんていう事は、これまでなかった経験だ。

 思わず達也の手元に視線を向けながら、料理の到着を待つ。

 すると少しして、エマがトレーを手にやって来た。


「お待たせいたしました! やみつき手羽先とエールですっ!」

「あらまぁ……!」


 皿に盛られた手羽先は、皮が濃いきつね色に揚がっている。

 表面には甘辛いタレが程よく絡み、ところどころに艶を帯びた状態だ。

 その上にたっぷり振られた黒胡椒の粒が、黄金色の衣を見事に引き締めている。


「素敵……どこか野生的な雰囲気から、目が離せないわ」


 揚げた鶏皮の、香ばしい匂い。

 そこに醤油と甘いタレの匂いが立ち上り、黒胡椒の刺激的な香りが混ざってくる。


(上品とは言い難いですけど、そのまま……!)


 マリアは汚れることもいとわず、手に取ってかじりつく。


「おいしい……!」


 最初に感じたのは、揚がった薄い皮の小気味よい歯触りだった。

 香ばしく焼けた鶏皮の風味を感じた次の瞬間、甘辛い醤油ダレの濃厚な味が、口内に広がる。


「甘いけど、それだけではないのね」


 醤油の塩気は甘さを引き締めて、噛むほどに出てくる肉汁と旨味に混ざり合う。

 そして、黒胡椒のピリッとした刺激。


「味は濃いのに、不思議と重くない……それどころか胡椒の刺激が後を引くせいで、身体が自然と次の一口を欲しがってしまう……」


 骨の周りまでしっかり噛めば、さらに濃くなる肉の味。

 指先に残ったタレはもう、惜しく思えてしまうほど。

 何よりそう思った時には、すでに次の手羽先をつかんでいる。


「……これ、止まりません!」


 甘辛いタレと、ピリッとした胡椒、そして揚げた鶏の香ばしさ。

 それぞれ単独でも強いのに、三つが重なることで、もう一口、もう一本と手を伸ばさせる味になっている。


「それでは、ここでエールを…………まあっ!」


 手羽先の濃い甘辛さを、苦味がすっと洗い流していく。

 冷たい刺激が喉を通った後に残るのは、麦の香ばしい風味だけだ。


「甘辛いタレと胡椒に染まった舌に、エールが最高に心地よいわ……っ!」


 もう、見栄えなど気にしてられない。

 手を汚しながら、マリアは夢中で手羽先にかじりついてしまう。

 そして再びエールを、豪快に飲み干せば――。


「はぁぁぁぁぁぁ……!」


 自然ともれる吐息。

 それでもなぜか、上品に見えてしまうのがマリアの不思議だ。


「おいおい、いい飲みっぷりだな!」

「マリアさん、相当いける感じだね!」


 これに目を付けたのは、荷受人夫アランと工員ハリソン。


「エールのお供なら、ヴィクトルもハマった餃子がお勧めだぜ!」

「俺は断然、若鶏の唐揚げをお勧めするね!」


 そんな話を聞いて、チャーチル・ハローズも名乗りを上げる。

 百貨店の創業を目指し、かつて『みけ』で父との言い争いを起こした男のお勧めは、やはり。


「焼き鳥を超えるものはないと、断言する」


 立て続けに、受けた提案。

 やって来たエマに、マリアは笑顔で追加の注文を入れる。


「餃子と唐揚げと、焼き鳥の盛り合わせをお願いしてもいいかしら? あとエールのお代わりもお願い」

「はいっ! 少々お待ちくださいっ!」


 お勧めの三品を、一気にまとめてオーダーしてしまう。

 最初に届いたのは、焼き餃子だった。

 さっそく一粒取って、口に運ぶ。


「あらあら!」


 噛んだ瞬間、パリッと乾いた皮の音と共に熱々の肉汁が広がり、酸味の効いたタレと豚肉の甘み、ニンニクの香りが押し寄せてきた。

 そこにエールを、流し込めば――。


(餃子の油を切り裂く苦味が、喉へ一直線! 口の中が一瞬でゼロに戻る爽快感が、最高ですっ!)


 思わず歓喜するマリア。

 続いてやって来たのは、若鶏の唐揚げだ。


「あらあらあら!」


 衣がサクッと音を鳴らすと、感じる若鶏ならではの柔らかさ。

 直後に脂を含んだ肉汁と共に、醤油と生姜の香りが立ち上がる。

 もちろんそこに続くのは、冷えたエールだ。


(なんていう心地良さなのでしょう! 唐揚げの旨味と脂を苦味がリセットして、次のひと口が自然と欲しくなってしまいます!)


 堪能する最高の流れ。

 最後にやって来たのは、焼き鳥だ。


「あらあらあらあら!」


 噛んだ瞬間に覚える、柔らかな鶏もも肉の感触と、焼きの香ばしさ。

 甘辛いタレのコクがあふれる肉汁と混ざって、舌に絡みついてくる。

 そこにエールを、グイっと一口。


(苦味が油を切るだけではなく、タレの甘みを引き締め味の輪郭を整えています! 焼き鳥の味をさらに立体的にしてくれる、至高の組み合わせですね!)


「おいしそうですねぇ……」


 満面の笑みを浮かべるマリアを、心から羨ましそうに見つめるエマ。


「うふふ。エマちゃん、エールのお代わりをお願いしてもいいかしら」

「エマちゃん! 俺たちにもお代わり頼む!」

「は、はいっ!」

「どの料理もエールに合っていて素晴らしかったです。ありがとうございます」


 マリアの見事な飲みっぷりに、盛り上がっていたエール組。

 満面の笑みで向けられたお礼の言葉に、思わず目を奪われる。


「クマちゃんも、こういうお嬢さんにならねえとなァ」

「エマですーっ!」


 アランの言いように、頬をふくらませながらエールを運ぶエマを見て、再び上がる笑い声。

 そんな中、声を上げたのは一人の上流階級客だ。


「注文、いいかな?」

「はい」


 気持ち良く、酔い出したマリア。

 近くの席の上流階級客の声に、思わず立ち上がって硬直する。


「……うふふふふ。失礼いたしました」


 今日は、あくまでお客さん。

 それなのについオーダーを取りに行こうとしてしまった自分に、笑いながら着席する。


「はっはっは。だが本当に、エールを飲んでいても見事な立ち振る舞いをするものだな。我々が落ち着けるのは、君の存在も大きいよ」

「素敵ですよねぇ」


 マリアを知る上流階級客の評価に、うっかりメイドのオリビアも深くうなずいた。


「実際メニューもドンドン覚えて、よくやってくれてますよ」


 達也は短く応えると、お代わりエールを楽しんでいるマリアの前へ。

 そのままそーっと、カウンターから顔を出す。


「……ちなみに何か、コツとかあるの?」

「コツ、ですか?」

「ビールをおいしく飲めるコツ、みたいな……」

「やっぱり、素敵なお料理と一緒に飲むことではないでしょうか」


 ほほ笑みと共に、応えるマリア。

 するとそんな会話を、アランたちが聞きつけた。


「店主、俺たちにも聞いてくれていいんだぜ! このうまさが分からないのは、悲しいもんなァ!」

「あはははは! まったくだな!」

「ハリソン! やめるんだ!」

「むぐっ」


 真面目なトーマスが、友人ハリソンを羽交い絞めにして、達也いじりを止める。

 そして「何も言ってないですよ」と、作り笑顔で場を必死に取り繕う。


「なに、気にしてないよ」


 これに対して達也は、穏やかな笑みで応えた。


「良かった。今回は見逃してもらえたか……」

「うふふふふっ」


 いつもと変わらず、盛り上がる店内。


「でも何より、楽しい雰囲気の中で飲むのが一番のコツかもしれませんね」


 冷や汗を拭うトーマスを見て、マリアは楽しそうに笑うのだった。



   ◆



「会計は一人――――銀貨三万枚な」

「全然見逃されてなかった!」

「お支払いいただくまで、出られませんよっ」

「クマ……エマちゃんまで!」


 ドアの前に、腕組みで立ち塞がるエマ。

 その断固たる姿勢に、アランとハリソンは思わず息を飲み込んだ。そして。


「……まあでも、このうまさなら仕方ねえかァ」

「今やブリティシア一番の料理人だもんなぁ。これでもまだ安いくらいだ」

「「「まったく、その通りだ」」」


 作戦を変えた。

 エマがチラッとその様子をうかがってくれば、すかさず続きを始める。


「その上、そこに立っているだけで店が明るくなる、最高のメイドがいるんだもんな」

「今度はエマちゃんにも、お勧めを食べてもらうか…………俺たちの奢りで」

「今回だけですよ」

「早くない?」


 思った以上の早い解放に、苦笑いする達也。

 食べ物に釣られたクマちゃんのおかげで、アランたちは早々の釈放となった。


「今日も最高だったぜ! ごちそうさん!」

「本当、幻覚を疑うレベルのうまさだったよ!」


 今日も満足そうに店を出ていく、アランたち。


「それでは私も、失礼いたします」


 するとマリアも、最後のエールを飲み干して席を立った。


「マリアちゃん、これお土産な」

「ありがとうございます……!」


 達也が作って渡したのは、両親のためのサンドイッチ。


「お父様もお母様も、楽しみにしているんです」

「マリアさん、また明日っ!」

「ええ、また明日ね」


 サンドイッチを受け取ったマリアは深く頭を下げて、店を出た。

 そして、わずかに歩いたところで――。


「マリア」

「お父様」


 マリアを迎えに来たのだろう、仕事帰りの父に声をかけられた。

 二人はそのまま並んで、ガス灯が照らす石畳の路を進む。


「どうだい、仕事は」

「はい、とても楽しいです」

「それは良かった。マリアがいるとなったら、席の予約が必要かな?」


 いつでも優しい父は、以前と変わらぬ様子でそう言って、笑ってみせた。


「これ、お土産にいただきました」

「助かるなぁ。街では茹で続けた野菜らしき何かとか、古い油で揚げた魚のような何かが出てくることが多いからね」


 上流階級から労働者階級への変化で、大きかったのは食事だ。

 店の料理は下味なし、執拗な煮沸も当たり前。

 さすがに、落差が大きすぎる。


「少し、お疲れなのではありませんか?」

「少しだけね。でも大丈夫だよ」


 不運な鉄道火災で貿易商を廃業した後、マリアの父は書類整理や事務処理の仕事を始めた。

 忙しく、雑に扱われる日々。

 本来の能力が活きない職務でも、家族のために連日長時間の勤務を続けてくれている。

 最近は母もようやく、慣れない家事に従事し始めた……だからこそ。


(何か、出来ないでしょうか)


 場所は変わっても、また楽しい日々を送れるようになったマリア。

 しかし父は以前よりも明らかに忙しく、母はその姿を見て心配そうにしている。


(何か……何か……)


 家族がまた笑って暮らせるような、何か。

 不意に夜空には、雲間から顔を出す綺麗な月。

 結局答えは見つからないまま、マリアは父と並んで自宅への道を進むのだった。

ご感想いただきました! ありがとうございます!

まさかの甘辛系三連発となりました! 返信はご感想欄にてっ!


お読みいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
手羽先、美味しいし大好きだけどどうあがいても手がタレと油でべったべたになるのよね… 手持ち部分が巻いてあるのあるけど、あの周辺も侮りがたく美味しいし。 あと白ご飯にめっちゃ合うw 対クマちゃん装備は…
駅弁? 食堂車?
血も涙もないメシテロだよ・・・
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