79.鉄道会社のイベントと二種のおにぎり
GNWR鉄道の主任技術者を務める、ロベルトの依頼で受けた『食』のイベント参加。
鉄道会社が担当した第一弾から始まったイベントは、エミールの第二弾も盛況だった。
そしてついに、その日がやって来る。
「うん、よくできてる」
「ありがとうございます」
食べた達也の、評価は上々。
イベントが進む間にも、毎日のように試作と復習を続けてきたマリア。
たが、一定のレベルに到達しなければ販売はなし。
それが今回の約束だ。
評価は味だけでなく、実際に期間中毎日仕込みができるのかという技術的な問題もある。
そのため、許可が出るかは分からない。
緊張の中にあるマリア。
達也は、一枚の上質紙を手に取った。
「マリアちゃん、ここに何か絵とかロゴを描いたりできる?」
「絵ですか?」
「メモに描いてた絵が上手かったから。料理を包む油紙を止めるのに使う紙テープに、その絵とかロゴが入るといいかなと思って」
「それでは……!」
「計画通り、イベント第三弾は――――おにぎりでいこう」
「……はいっ」
「おめでとうございますーっ!」
朝から晩まで努力を続けてきたマリアを見て、応援していたエマは思わず抱き着く。
「ありがとうエマちゃん、達也さん」
思わずエマを笑顔で抱きしめ返したマリアは、こうしてイベント第三弾の出店を決めた。
◆
この日もロンドール駅は、旅客で賑わっていた。
駅の内外には屋台が立ち並び、様々な料理を販売中。
呼び込みの声が、ぶつかり合うほどだ。
「お客さん、うちのパイを食べていって!」
「スープなら、俺のところが一番だ!」
「そこの綺麗なお姉さん! ご注文はウナギですよねっ?」
「またの機会に、お願いしますね」
白目をむきながらウナギのゼリー寄せを咀嚼する者たちの隙間を縫って、マリアは進む。
前回ロンドール駅に来た時は、家族旅行として機関車に乗った時だった。
家族三人で楽しんだ、汽車の旅。
現在とはまるで違う『あの頃』を、不意に思い出して寂しさを覚える。
しかし、マリアは止まらない。
「おはようございます」
「お待ちしていましたよ」
イベント参加を持ちかけて来たロベルトと、挨拶をかわす。
駅構内には、何本ものホーム。
そんなレンガ積みの大きな駅舎の一角に、今回のイベントのために作られた特設の販売店がある。
手前には上質な木製カウンターが置かれ、背後には背の高い棚。
GNWR鉄道の社章と共にイベントの概要が書かれた看板が飾られ、料理を詰めた木箱も到着済みだ。
屋台よりもしっかりした作りの店舗は、駅の建物とも統一感がある。
「あとは商品を並べて販売するだけです。そろそろイベント開始の時間になるので、よろしくお願いします」
「はい」
三角に握ったおにぎりを、二個ずつセットで茶封筒のような色味の油紙に包んで、白い紙テープで封をする。
すでにここまで出来上がっているため、商品をカウンターと棚に並べれば、あとは売るだけだ。
作業を始めると、聞こえてくる汽笛の音。
時計を気にしている駅員と、スーツ姿の商人。
旅行鞄を持つ上流階級家族と、駅仕事の労働者がすれ違うロンドール駅。
駅舎の大きな時計が、販売開始時刻の到来を告げる。
そして強い緊張と共に、イベント最終週が始まった。
「いらっしゃいませ」
「……ん?」
声をかけられた旅客たちは、マリアの綺麗な所作に思わず目を奪われる。しかし。
並んだ見慣れぬ商品を前にすると、そのまま通り過ぎていく。
「いらっしゃいませ、旅前のお食事にいかがですか」
造りの良い販売店と、丁寧な振る舞いを見せるマリアは度々視線を集める。
しかし、売れない。
「にいちゃん、パイを一つ」
「はいどうぞ!」
客は初めて見る料理よりも、食べ慣れたいつものパンやパイを選んで購入。
屋台の前で商人がミートパイを片手に談笑を始め、その隣のベンチでは職人がスープを飲みながら時刻表を眺め出した。
見れば周りの屋台はどこも売れていて、嫌でもその光景が目に入ってくる。
次第に生まれ出す、焦燥感。
「なあ、あの店はなんだ?」
「なんか、見たことのない料理を売ってるんだよ」
遠巻きから聞こえてくる声。
社章が付いた見栄えの良い販売店だからこそ、人気のなさが何倍も際立って感じられる。
時間が過ぎるごとに、揺らいでいく自信。
やはりサンドイッチのように、馴染みがあって見た目にも映えるものが正解だったのではないか。
ここまま、一つも売れずに一日が終わってしまうのではないか。
そんな、嫌な予感が漂い出す。
「……そんなことない」
しかしマリアは、首を振る。
達也が教えてくれて、エマが「おいしい」と言ってくれた一品。
間違いなく、良い物を作ってきた。だから。
「いらっしゃいませ、ぜひ食べてみてくださいっ」
マリアはエマの様に、朗らかな笑みを浮かべておにぎりを勧める。
「……おにぎり?」
すると、通りかかった一人の中産階級客が足を止めた。
マリアが勧める料理は、よく見れば包装も綺麗だ。
「それじゃあ、一つ」
「はいっ」
初めての客となった、中産階級商人。
受け取った包みをさっそくその場で開き、初めて見るおにぎりを一つ手に取った。
強烈な緊張に、マリアの足がわずかに震える。
祈るような気持ちで待つ、反応。
商人は、何気に無く一口かじると――。
「……う、うまいっ!」
思わず、大きな声を上げた。
艶やかな白ご飯はふっくらと、柔らか過ぎず硬過ぎずの程よい力で握られている。
ひと口かじると、感じるのはご飯のやさしい甘みだ。
一粒一粒がほどよい弾力を残しており、噛むほどに米本来の旨味がじんわりと広がっていく。
そして、ほぐした鮭の身が現れる。
程よく焼き上げられた鮭は身がしっとりとしており、噛むたびに凝縮された旨味があふれ出す。
ほどよい塩気がご飯の甘みを一層引き立てて、互いの美味しさを高め合っている。
焼いたことで生まれる香ばしさも本当に心地よく、焼き鮭ならではの風味が口いっぱいに広がる。
握りと焼き加減は、まさにマリアが学び続けた大事なポイント。
シンプルゆえに、努力が必須だった。
「中に焼いた鮭が入っているのか……! 身のほのかな甘みと旨味、そして塩気がたまらないな!」
中産階級客は我慢できずにもう一つ、鶏五目おにぎりを手に取った。
淡い茶色に色付いたご飯からは、鶏肉やゴボウ、ニンジン、シイタケなどの具材が顔をのぞかせている。
口元に寄せるとさっそく、醤油とだしの香ばしい香りが鼻先をくすぐっていく。
「これはまた、うまそうだ……」
ひと口かじると、まずご飯のおいしさに驚かされる。
炊き込まれただしの旨味が一粒一粒までしっかりと染み渡り、噛むほどに醤油の香ばしさと素材の優しい甘みが、じんわりと広がっていく。
鶏肉はしっとり柔らかく、噛む度に上品な旨味があふれ出す。
その旨味がご飯に溶け込めば、口の中で自然と一つの味わいを作り上げる。
ゴボウは心地よい歯応えと豊かな香りを添え、ニンジンはほのかな甘みで全体をやさしくまとめる。
シイタケは噛むほどに独特の濃厚な味を放ち、炊き込みご飯ならではの奥深い風味をさらに引き立てている。
「このうまさの多重層は一体なんだ!? それぞれの具材が個性を持っているのに決して主張し過ぎず、見事に調和してるじゃないか!」
初めて食べるその料理は旨味と塩気、そして甘みを見事に融合した一品だった。
「最高だ……! こんなにうまい料理があるなんて!」
思わず感動の言葉を上げる、中産階級商人。
「……お、俺にも一つくれ!」
「俺も買うぞっ!」
するとそれを見た労働者たちも、初めて見る料理に興奮しながら購入を開始する。
「本当だ! うまいぞ!」
「ああ! こいつはうまいっ!」
そして口に入れるや否や、顔を見合わせながら歓喜の声を上げる。
「俺にもくれ!」
「私も一つ下さいっ!」
こうなれば、価格が手ごろなのにおいしいという最高の一品を見逃す手などない。
集まって来た旅客たちが、ついに列を作り始めた。さらに。
「……あれはなんだ?」
人だかりに気づいた上流階級の二人組が、様子を見に来る。
通常、上流階級は労働者たちと同じ店で食事を買ったりはしない。しかし。
「米とは、めずらしいな」
上流階級ならようやく見覚えが出てくるその食材に、目を奪われた。
綺麗な油紙に包まれた二個のおにぎりは、包みを留めるキツネのイラストが可愛く、何より清潔感がある。
「どれ、一つもらおうか」
「ええっ。いくら鉄道会社直々の販売品と言っても、我々が食べるようなものとは……」
好奇心に釣られる上流階級男性と、その付き合いで渋々付き合う友人。
二人は、さっそく一口。
「……ほう! これはうまいぞ!!」
「確かに米料理なんて変わってはいますが……お、おおっ!? 確かにおいしいですっ!」
おにぎりの販売は、一気に客をつかみ出した。
上流階級には、米を使っためずらしい一品として。
労働者たちには、安くておいしい最高の一品として。
そしてこれまで『あまりおいしくないけど空腹よりはマシ』という理由で、『悪くはない』屋台を選んでいた中産階級。
彼らにとっては、憧れの上流階級と並んで食べられる一品として。
おにぎりは階級の枠を超える、奇跡のような料理となった。
「私にも、一つもらえるかね?」
「ねえちゃん、俺にも一つだ!」
「僕にも、僕にもお願いしますっ!」
「あ、あらあらあら」
あっという間に、店を取り囲んだ旅客たち。
おにぎりは達也の国でも、最初に駅で売られるようになったとされる料理だ。
そのおいしさでイベント特設店は、客が殺到するほどの人気となったのだった。
「ありがとうございました」
マリアは深く頭を下げる。
持って来たおにぎりは、大盛況のまま完売。
火が付いた後は、閉店まで本当にあっという間だった。
「すごいですね……」
そんなマリアのもとにやって来たのは、ロベルト。
階級など関係なく皆が同じ料理を楽しむ光景など、早々見られるものではない。
誰もがおいしそうにしている姿を前に、思わずうれしそうにほほ笑む。
「……ですが」
ロベルトは表情をあらためて、マリアの方に向き直る。
「売り切れるのが早すぎると、お客さまに怒られてしまいまして……明日は増産をお願いできませんか?」
「うふふ、承りました」
一度そのおいしさが広まれば、綺麗な包みと丁寧な対応のマリアという付加価値が、大きく活きてくる。
連日のように予想を大きく上回る売り上げを叩き出し、完売からの増産を繰り返すマリアのおにぎり店。
とても忙しく、すごく充実した一週間は、あっという間に過ぎていった。
◆
「本当にありがとうございます。おかげさまで我が社を宣伝するイベントは、大成功となりました……!」
『みけ』に来店したロベルトは、満足そうにイベントの成果を告げる。
「これも『みけ』の皆さんのおかげです! おにぎりは買って車内に持ち込んでもおいしく食べられると評判で、連日の行列は新聞にまで取り上げられたんですよ!」
鉄道狂時代に、その足場を強固なものにしたいという思いから始めたイベントは、予想以上の結果を残した。
「実際おにぎりの人気は、すごかったからなぁ。具の選び方もブリティシア人が好きな物だったし……でも、次は敗けないよ」
今回のイベント販売は全体的に成功だったが、中でも『みけ』は圧倒的だった。
もちろん売上対決などはしていない。
だが、やはり差を付けられたとあっては黙ってはいられない。
料理選びのヒントをくれたエミールは、そう言って笑って見せた。
「達也さん、ありがとうございました」
『みけ』の仕込みの傍らに、的確な指示をくれた達也。
「エマちゃんも、ありがとうね」
増えていくおにぎり作りを、毎日手伝ってくれたエマの二人に、マリアは頭を下げる。
「いや、良い経験になったよ。マリアちゃんもすごくがんばってたし、うまくいって良かった」
「わたしも楽しかったです!」
夕食時のカウンター席で始まった、小さな祝勝会。
三週間に渡るイベントを戦い終えた者たちが集まれば、自然と話も盛り上がる。
こうして『みけ』とマリアの新たな挑戦は、大成功で幕を閉じたのだった。
「……鉄道と食事」
不意に、マリアがつぶやいた。
「マリアちゃん?」
「達也さん、もしもまたこういう機会があったら……また挑戦させていただけませんでしょうか」
「もちろん。その時は自分の勉強もかねて力になるよ」
「ありがとうございます」
両親を楽にしたいという、強い思い。
そして今回目の当たりにした、盛況ぶり。
マリアは以前よりも強く、鉄道に可能性のようなものを感じていた。
ご感想いただきました! ありがとうございます! 返信はご感想欄にてっ!
鶏五目などの混ぜご飯系もまた、良いんですよねぇ……。
お読みいただきありがとうございました!
少しでも「いいね」と思っていただけましたら。
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