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【第2章完結】メシマズ大国の料理店~キッチン・みけの店ごと英国転移譚~  作者: りんた


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76.兄弟の茶葉とジャンバラヤ

「……ダメだな」


 東インディオ会社の商務局員は、紅茶の入ったカップを置いて首を振った。


「なぜだ!?」


 まさかの事態に、身を乗り出して問うロバーツ・ブルース。

 今日は弟のチャールスと共に、東インディオ会社にやって来ていた。

 その目的はもちろん、苦難の末に山奥で手に入れた茶葉を売り込むためだ。


「味も香りも濃すぎて、あまりに粗野だ。こんなものでは中華国産の紅茶には遠く及ばない」

「しっかり紅茶の味をしているじゃないか! 代替品どころか主役になれるほどの味わいがあるだろう!」


 熱くなるロバーツだが、局員はすげなく首を振る。


「分かっていないな。中華国産の味こそが本物、そうでなければ偽物。こんなものに価値はないんだ」


 さらに同席していた、茶葉の専門官も続く。


「葉が大きすぎる。これは茶ではないよ」

「……以上だ。我々がこの紅茶風の葉を扱うことはない」


 そう言い残して、東インディオ会社の者たちは去って行く。

 彼らは中華国産の輸入に、固執していた。

 それは『中華国茶こそが本物』 という考えに、深く傾倒してしまっているからだ。

 そのため学者までもが、『中華国茶と見た目が違う』という理由で首を振る始末。


「バカげてる……!」


 完全な門前払い。

 東インディオ会社の建物を出た兄弟は、ため息と共に帰路を進む。

 紅茶の担当者に『価値がない』と言われ、学者には『茶ではない』とまで言われてしまったのだから無理もない。


「きっと大丈夫だよ。だって味は濃くておいしいんだから。色んな人に飲んでもらえれば、分かってもらえる」

「……ああ、そうだな」

「茶葉の栽培は続けていこうね……兄さん」


 そう言って、隣りを見るチャールス。

 だがそこに、ロバーツの姿がない。


「兄さん……?」


 振り返るとそこには、息を荒くしてうずくまるロバーツがいた。


「兄さんっ!?」


 慌てて駆けつけるが、その様子は尋常ではない。

 体調の急変は、ケガなどから来るものではなさそうだ。


「すぐ病院に行こう!」


 チャールスはそう言って肩を貸し、歩き出す。

 すると呼吸を荒げたままのロバーツは、絶え絶えの息で語り出した。


「……もしも俺に何かあった時は、チャールス。お前がこの茶葉のすごさを、俺たちの大発見を世界に教えてやってくれ……」

「分かった! 分かったから兄さん、無事でいてくれ! すぐに病院へ連れて行くから!」

「頼むぞ、チャールス……お前ならできる」

「兄さん……兄さんっ!」



   ◆



 チャールス・ブルースは、ブリティシア最大の金融街ロンドール・シティにいた。

 中華国茶の木箱が詰まれた、茶商の店。

 その奥に置かれた試飲用のテーブルには、幾人もの茶商たちが集まっていた。


「どうぞ」


 鼻の利く中産階級商人は、チャールスが育てた茶葉で作った紅茶を手に取り、香りを確かめる。

 そしてすぐに、顔をしかめた。


「香りも味も強すぎる。下品だよ」

「まったくだ。こんな粗野な茶は売れない」

「やはり中華国産でないと、ダメだね」


 集まって来ていた茶商たちも、次々に首を振る。


「違います! 味の濃さが、渋みの深さが、香りの強さがこの茶葉の売りなんです!」


 チャールスは必死に魅力を語るが、その姿が茶商たちの苦笑を誘う。

 中華国産の香りや色、味わいに慣れきっている茶商たちは、チャールスが持ち込んだ茶葉の強い香りや味を、『品がない』と判断した。


「要らないよ。こんなもの、売れるはずがない」


 見事なまでの、あしらいぶり。

 店を出たチャールスは、茶葉の入った袋を握りしめたまま石畳を歩く。

 扱いは、ロンドールでも同じだった。


「……でも、きっとここでなら」


 そんなチャールスにとって最後の希望は、オークションハウス。

 石造りの重厚な建物はシティ特有の灰色で、鉄格子入りの縦長窓が続いている。

 入口には黒い鉄板に『Commercial Sale Rooms』と、金文字で書かれた看板。

 それは茶やコーヒー、香辛料の取引所であることを示している。

 石床の広いホールには長テーブルが続き、布の上に木箱から取り出した茶葉のサンプルが並ぶ。

 やがて白いシャツに黒いベストを着た、鑑定人がやって来た。


「新種の茶か? 見せてみなさい」


 売買するに値するかの、決定者である鑑定人。

 チャールスの茶葉の匂いを確認して、眉をひそめる。


「香りが強すぎる。荒くて中華国茶のような上品さがない」


 するとすぐに、新種の茶葉に興味を持った商人たちも続く。


「こんなに香りが強いんじゃ、客が嫌がるな」

「色も濃すぎて、品位に欠けるね」

「扱う価値はない」

「待ってください! 飲めば印象も変わると思います!」

「必要ない」


 チャールスは食い下がるが、鑑定人は冷静に言い放った。

 オークションハウスでは、わざわざ紅茶を飲んで確認することなどしない。

 茶の権威である鑑定人の、言葉が全てだ。

 ここでも結局、ブルース兄弟の茶葉は認められなかった。

 チャールスは茶葉の入った袋を手に、頼みの綱だったオークションハウスを出る。


「……どうしよう、兄さん」


 唐突だった、病による兄の急逝。

 大きなショックを受けたチャールスを立ち上がらせたのは、新たな茶葉を任されたという使命感だった。

 兄弟で採ってきた茶葉を現地で育成し、熱意と共にやって来たブリティシア。

 しかしここで下された評価も、東インディオ会社のものと変わらなかった。


「いったい、どうしたらいいんだ……」


 チャールスは一人、ロンドールの道を当てもなく歩く。


「……ん?」


 その時目についたのは、なぜだか妙に得意げな顔をしたキツネの看板。


「そういえば今日は、まだ何も食べてなかったな」


 ため息と共に、『みけ』のドアを開く。


「いらっしゃいませーっ!」


 するとすぐに、満面の笑みを浮かべたエマが駆けつけて来た。

 チャールスは案内されるまま、カウンター席へ。


「ご注文は何にしますかっ?」

「……めずらしいな、米があるんだね」


 メニューの豊富さに驚きながら、チャールスは告げる。


「何か香辛料の効いた米料理が食べたい……できるかな?」

「はいっ! もちろんです! 少々お待ちくださいっ!」


 笑顔で応えて、エマがオーダーを告げに行く。

 その姿を見送って、一人静かにうなだれるチャールス。

 しばらくしてやって来たのは、目を奪われてしまうような一品だった。


「これは……?」

「お待たせいたしました! ジャンバラヤですっ!」


 それは鮮やかな赤みを帯びた、炊き込みご飯の一種。

 米を肉や野菜と一緒にスパイスで炒め、ブイヨンやトマトと共に炊く。

 そうすることで米が、香辛料や具材の旨味をたっぷりと吸収する。

 細かく刻まれたパプリカやタマネギが彩りを添え、ごろりとしたソーセージや鶏肉が各所で顔をのぞかせる、魅力的な一品。

 食欲を刺激するのは油の艶と、クミン、パプリカ、タイムの香ばしい香りだ。


「おいしそうだ……」


 米料理のうまさを知っているチャールスは、思わずノドを鳴らす。

 さっそく、スプーンで一口。

 思わず、その目を見開いた。

 パラパラの米はふっくらしながらも程よい硬さを残し、たっぷり吸い込んだ肉やブイヨンの旨味を感じさせる。

 そこにトマトとパプリカ、タマネギの甘みが続き、スパイスが効いた鶏肉の味と混ざり合う。

 ソーセージは噛む度に肉と脂の旨味を放ち、一口ごとに満足感を与えてくれる。


「なんて、なんておいしい料理なんだ。本当に素晴らしいよ……!」


 乾燥した完熟赤唐辛子の粉末であるカイエンペッパーが、ピリッとした刺激を生み出す。

 しかしスパイスの辛さは決して『刺す』ような形ではなく、じわじわと舌に温かな辛味を広げていく感じだ。

 その香ばしさと奥深い香りは料理全体を包み込み、肉や野菜の旨味を見事に引き立てている。

 食べ進めるほどにじんわりと温まっていく身体、スパイスの余韻は長く続く。


「……兄さん」


 思い出すのは、密林から命からがら茶葉を持ち出してきた日に、兄と食べた料理。

 スパイスの効いた米の、あのうまさだ。

 チャールスは兄に託された茶葉を取り出して、一人じっと見つめる。


「それは、紅茶ですか?」


 達也の声に、うなずく。


「……良かったらどうぞ。こんなにおいしい料理を作るんだ、店主さんなら上手に使ってくれるかもしれない」

「ありがとうございます」


 茶葉を受け取った達也は、さっそく湯を沸かして紅茶を淹れる。

 そしてその香りを確かめた後、一口。


「なるほど」


 確かめるように、何度かうなずいてみせた。


「……言わないんですね。香りが、味が強すぎるって」


 何度もぶつけられてきた言葉を思い出して、ため息を吐くチャールス。しかし。


「それこそが、この茶葉が持つ魅力でしょう?」

「っ!」


 これまで否定しかされてこなかった、ブルース兄弟の茶葉。

 達也のまさかの肯定に、チャールスは驚きを見せた。


「この深み……これならお勧めはミルクティーだな。マリアちゃん、エマちゃん、提供よろしく」

「「はい」」


 達也はカップを取り出すと、ミルクティーを注いで客に振る舞う。

 するとさっそくその味を試した者たちが、声をあげ始める。


「おおっ、うまいなこれ!」

「おいしいです!」

「こんなに味わい深いミルクティーは、初めてだ!」


 広がる意外な反応に、チャールスも思わず一口。


「……お、おいしい!」


 カップの中に広がる、上品なキャラメル色。

 口に含めば、厚みのある甘い香りが広がる。

 ミルクの甘さと重なることで生まれる、温めたビスケットのような柔らかな風味。

 続けて、力強い紅茶のコクがやって来る。

 これまでのミルクティーのような水っぽさがまったくなく、ノドを通る瞬間に感じさせるわずかな渋みが、ミルクの甘さを見事に引き締めている。

 最後に残る黒糖のような甘い香りは、なんとも素晴らしい。


「こんなにおいしいミルクティーは、初めてだ……」


 チャールスの持って来た茶葉は香りが強く、味も濃い。

 よってミルクと一緒にしても、負けずに紅茶の風味をしっかりと感じさせることができる。

 兄弟の茶葉は、ミルクティーにこそ最適な種だった。


「うまいなぁ……!」

「牛乳の味に、まったく負けてない!」

「お代わりください!」


 歓喜と驚きの混じった声を、あげる客。


「これは、すごいぞ……」


 その中でもとりわけの驚きを見せていたのは、ジョンソン・モンタギュー。

 無類のギャンブル好きである彼は、第四代サンドウィッチ伯爵だ。

 そして、ブリティシアの国務大臣という要職についている。


「これなら中華国頼りだった茶葉の輸入が、変わるかもしれん! こいつは一体、どこで取れたものなんだ!?」


 真剣な面持ちで問うジョンソンに、チャールスは少し困惑しながら応える。


「インディオ北東部にある――――アッサムです」

「インディオだと!? 分かった。君はすぐにこの茶葉を、持てるだけ持って来てくれ!」


 こうして達也に茶葉を分けてもらったジョンソンは、BLTサンドを口に頬張ったまま『みけ』を駆け出して行った。


「……店主さん。ありがとうございました。こんなに多くの人に褒めてもらえて、兄もよろこんでると思います」


 チャールスは思わず、目を潤ませながらほほ笑む。


「この茶葉は、あなたたちが?」

「はい」

「これから、忙しくなりそうですね」

「……?」


 今もなお、店内には止まらない賛辞の声。

 そんな達也の言葉に、チャールスは不思議そうにするのだった。



   ◆



 キッチン・みけから広まった『ミルクティーに最高に合う茶葉』の評判は、あっという間に大きなものとなった。

 動き出した、国務大臣ジョンソン。

 それまで紅茶は、中華国でしか育たないという思い込みがあった。

 そのため茶葉を輸入に頼り切っていたブリティシアはなんと、『アッサム茶』を国策として育てることを決定。

 インディアナに大規模農園を開発し、労働者を大量動員し始めた。

 さらに『アッサムこそブリティシアの新たな紅茶』と広告を打って宣伝し、ロンドールのオークションではアッサム茶が高値で落札され出している。

 こうなってしまえば、東インディオ会社も態度を変える他ない。


「本日はお越しいただき、誠にありがとうございます!」

「「ありがとうございます!」」


 インディアナに戻っていたチャールスのもとにやって来たのは、見事に手の平を返した商務局員と学者たち。


「チャールス様にはぜひ、アッサム茶産業の創設者として最初の技術責任者、公認の栽培指導員という立場になっていただきたく……!」

「もちろん栽培における茶園の拡大等の業務には、我々が責任をもって当たらせていただきますっ!」


 役員レベルの者たちが居並び、仕切りに頭を下げる。

 こうして兄の遺志を継いだチャールスはブリティシアの紅茶界に革命を起こし、『アッサム茶の父』と呼ばれるほどの人物になっていく。


「やったよ……兄さん」


 思わず亡き兄に、そっと語りかける。


「兄さんの、ブルース兄弟の発見が世界に知られるんだ」


 アッサムはこれから、世界最大の紅茶産地となっていく。

 そしてロバーツとチャールスの兄弟は、その名を歴史に残すことになったのだった。




「た、達也さんっ」

「あらあらあら」


『みけ』の前にやって来た大きな荷馬車には、大量の木箱。

 唖然とする達也たちのもとに、一仕事終えたばかりの御者がやって来た。


「こちら、チャールス・ブルースさまから『お礼の茶葉』のお届けです」

「こ、これは……」


 一日百杯ずつ飲んでも使い切れなそうな量にエマはあんぐりと口を開け、マリアは「あらまあ」と笑みを見せる。

 達也もこれには、さすがに唖然とするほかない。さらに。


「あと馬車に……二台分あります」

「二台分!?」


 まさかの事態に、頭を抱える。


「……次は、トワイトニングさんを運んできてもらえないか?」

「はい?」


 思わず、紅茶業者であるトワイトニングの輸送を頼んでみる。

 御者はそんな達也の姿に、首を傾げたのだった。

誤字報告ありがとうございます! 適用させていただきました!

ジャンバラヤ、実は大好物です! ファミレスでしか食べたことはありませんが……!


お読みいただきありがとうございました!

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スパイシージャンバラヤ、 スーパーやコンビニでたまに売ってるとサラダと一緒に食べたくなーる! そうかミルクティーか。 普段紅茶も飲むけどミルクティーだけ滅多に飲まないから、 今度試してみよう。
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