73.鉄道会社の営業とフライドチキン
「無理無理、うちじゃそんなのやらないよ」
「そう言わず、ぜひ一度だけでも!」
「こっちは忙しいんだ。さあ、帰った帰った!」
農夫に背を押されるようにして、納屋を出る一人の男。
紺のスーツに白いシャツ、頭にはボウラーハット。
細身のネクタイに、革靴姿の営業職。
二十八歳になるアレック・ハートリーは、鉄道会社の印の入った紙袋を手にため息を吐いた。
「ここもダメか……」
華々しく始まった機関車の営業運転は、今も変わらず大人気だ。
しかし旅客輸送は、利益率が低い。
そのため鉄道会社が求めているのは、『大量、定期、安定』の貨物輸送。
上層部は、アレックたち営業にこう告げた。
『地方の農産物で車両を満たし、毎日ロンドールに運び込め』
要は地方の商品を、都市に運んで売り込めということだ。
「よし、今日はここで最後だ……! なんとか、一件だけでも契約を……っ!」
連日のお断りに滅入る気持ちを奮い立たせて挑むのは、牛乳を扱う酪農家だ。
牧草地に立つ農夫を見つけて、アレックはさっそく声をかける。
「失礼します。GNWR鉄道からやって来たアレックと申します。こちらの牛乳をロンドールで販売してみませんか? 最近牛乳が流行中で、間違いなく良い収入になりますよ!」
「要らないよ。ウチは地元の決まったお客さんの分だけでやってるから、量が多くない。ロンドールで売るほどじゃあないのさ。そのために早朝仕事を増やすのも嫌だしな」
「うっ、そうですか……」
断りの理由があまりに真っ当で、二の句も継げない。
あまりに早い敗北に、肩を落とすアレック。
「……ん?」
その時見えたのは、農夫の足もとを駆けて行く鶏。
見ればこの農家は、結構な数の鶏を放し飼いにしている。
「そ、それなら鶏肉はどうですか?」
苦し紛れで、絞り出した提案。
しかし農夫は、すげなく首を振った。
「鶏はあくまで卵が目的だよ。肉なんて廃鶏だけだ。それじゃ安いし腐るし、輸送するだけ損になる。そんなのやる意味がないだろう」
「そ、それなら、若鶏ならどうでしょうかっ!?」
それでも、アレックは食い下がる。
「ロンドールじゃ牛と羊が主役だろう? 大して使い道もなく売れもしない若鶏の飼育なんて、今さらやろうとは思わないよ」
しかし、結果は変わらなかった。
牛肉より傷みやすい鶏肉は取り扱いの点でも不利であり、飼育はあくまで卵のためというのがほとんどだ。
また肉として口に入るのは年取った廃鶏ばかりで、現状『鶏肉はマズい』という冗談のような常識がまかり通っている。
そのため食文化の一角に入れていない、格下の食材として見られている。
達也の世界では当たり前の養鶏業者がブリティシアに存在しないのも、それが理由だ。
農夫が提案を断るのは、もっともだろう。
「……そこを、なんとか」
「ないない」
「そこをなんとかっ!」
「ないよ」
「そこを、なんとかああああーっ!」
「せめて何か条件を足すなり、他の提案をするなりしたらどうだい!?」
農夫の脚にしがみついて食い下がるも、状況は変わらない。
「失礼いたしました……」
結局今日も、契約は一つもなし。
アレックは肩を落としながら、自社の鉄道に乗り込んだ。
「これだけ回って一件も契約が取れないなんて……向いてないのかな」
やがて見えてきたロンドールの街並みに、思わずため息がこぼれた。
◆
「農産物の契約、取ってきたんだろうね?」
「すみません、まだ……」
帰ってきた、レンガ造りの事務所。
アレックが頭を下げると、営業主任の男はこれ見よがしなため息をついた。
「君の同期は昨日、新たに乳製品の契約を取ってきたぞ」
「……はい」
「何度でも言うけどね、鉄道は貨物で稼ぐんだよ。それなのに君の数字はゼロのままじゃないか」
「すみません」
「本社から直接『貨物を増やせ』と言われてるんだ。何でもいいから、運べるものを見つけてこい」
「……はい」
鉄道会社は設備などにかかる費用も高額なため、貨物の輸送を求めている。
そうなれば必然的に営業は、厳しい数字を背負わされることになる。
「いいか、鉄道の速さなら食材を腐らせずに運ぶことができる。そしてロンドールの人口を考えれば、地方の農産物は売れる。営業がちゃんと動けば市場は開拓できるんだよ」
理論的にはそうでも、現場はそんなに簡単ではないんです……とは言えないアレック。
今はただ、うなずくことしかできない。
「牛乳の人気に気づいた者は、しっかり結果を出しているだろう? なんでもあの流行は、ミルクティーが人気になったことで始まったとのことだ。こっちはいよいよ牛乳専用のミルクトレインを走らせようという話が出ているよ」
「そうなんですか……」
『みけ』で出されたミルクティーによって、火がついた牛乳人気。
こちらもはや、ロンドールの定番となってきているようだ。
「アレックもがんばれよ」
声をかけてきたのは、まさにその牛乳人気に運良く気づけた同期。
「この……俺みたいにな」
絶好調ゆえの余裕を見せながら、取ってきた契約の詰めへと向かう。
「このまま結果が出せないようなら……君には北の支線に回ってもらうしかないな」
「そんな! それだけは許してください!」
「ダメだ」
「お願いします! それだけは!」
「ダメなものはダメだ」
「そこを、そこをなんとかっ!」
「せめて何かしらの結果を持って来てから懇願するんだよ! 力押しが下手だね君は!」
こうして、追い出された事務所。
「参ったな……」
アレックは、煤煙のあがる夕方のロンドールを進む。
工場帰りの労働者たちの流れの中を、当てもなくフラフラと。
「商業の発展してない北部なんかに送られたら、営業はおしまいだ……」
どう考えても成果の出ない北部に送られれば、そのまま数字を理由に解雇となるだろう。
暗い見通し。
思い出すのは、稼働初日に見た機関車のことだ。
あの日はなぜか若い青年が機関士をやっていて、その姿に触発されてこの世界に踏み込んだ。
自分も鉄道の未来に、一役買いたいと願って。
「ハリソンは、また今日もから揚げ?」
「当然。あのジューシーな鶏肉にエール……今日は昼から決めてたんだ」
そんなアレックを追い越していく、工員らしき二人組。
屋台の客引きを軽くあしらって進む楽しそうな姿に、なんとなく目を奪われる。
すると二人は、一軒の飲食店に入った。
「鶏肉か……」
アレックはハリソンの言葉に引かれるようにして、『みけ』に踏み込んだ。
そこがミルクティー人気の、きっかけになった店だとは知らないまま。
「いらっしゃいませー! こちらのお席へどうぞっ!」
元気なメイドのエマに案内されて、そのままカウンター席に腰を下ろす。
「ご注文はどうしますかっ?」
「何か、鶏肉の料理はあったりする?」
「はいっ! 色々ありますよっ!」
「それならおいしくて……人気が出そうなものを頼むよ」
「……人気が出そうなもの?」
意外な角度での注文に、達也が首を傾げた。
「今の仕事は、開業日に見た機関車に感動して始めたんだけど……これからも続けていくためには、そんな料理が必要なんだ」
「なるほど。そういうことなら一つアテがある」
「本当に?」
「エールとも良く合う一品だし、『うちの方』では大人気だよ」
それは達也の世界では、文句なしの大人気商品だ。
「それなら、そいつを頼む」
「はいよ」
『エールに合う』という言葉に、ピクッと反応したマリアに苦笑い。
達也はさっそく、調理に入る。
やがて聞こえてきたのは、油が鳴らす心地よい揚げ音だ。
「お待たせいたしました、こちらフライドチキンでございます」
「お、おおおおっ!?」
マリアがカウンターに料理を乗せると、思わずアレックは驚嘆の声をあげた。
よく揚がった黄金色の衣は、ごつごつとした立体感があって食欲をかき立てる。
ドラムと呼ばれる、棍棒の様な形状の部位を手に取れば、感じるしっかりとした重さ。
「なんて、いい匂いなんだ……」
揚げたての鶏の香ばしい香りに加えて、複数のスパイスが織りなす奥深い香りが、鼻先をくすぐる。
特に黒胡椒の刺激と、セロリソルトの青い香りがたまらない。
「いっ、いただきます!」
我慢できずに、かじりつく。
すると衣が軽やかな音を立てて砕け、香ばしい風味が口内に広がった。
続いて黒胡椒を始めとしたスパイスたちの、豊かな香りがやってくる。
その刺激は程よく、絶妙な塩加減と共に鶏肉の旨味を引き立てている。
「うまい! この食べ応え……最高だっ!」
肉の表面側は熱で締まり、見事な弾力を誇る。
それでいて中心部はしっとりしていて、噛めばまるで肉の繊維がほぐれていくかのよう。
そのコントラストが、噛むたびに食感で楽しませてくれる。
また肉汁はあふれ出すのではなく、その繊維の隙間から旨味と共に染み出してくる形だ。
スパイスの香りが先頭を走り、口に入れた瞬間は衣が主役となるフライドチキン。
しかしすぐに鶏肉の濃い旨味が追いかけてきて、その旨さを開放。
飲み込めば最後には、油のとろりとした余韻と共に、スパイスの風味が口内に残る。
「……鶏肉って、こんなにおいしかったのか!」
不当に低く見られていた鶏肉の、恐ろしい潜在能力。
初めて受ける衝撃に、アレックは思わず叫び声をあげてしまう。
「おいしそうですねぇ……」
その食べっぷりには、エマもノドを鳴らすほどだ。
「これなら……これなら間違いないっ!」
アレックは両手を油まみれにしながら立ち上がると、その場で懇願する。
「店主、もう一つだけこのフライドチキンを揚げてくれないか? どうしても食べさせたい人がいるんだ!」
「分かった、すぐに用意するよ」
達也はうなずくと、新たにフライドチキンを用意。
耐油紙でそっと包むと、紙箱に入れて手渡した。
「ありがとう! 行ってくる!」
「……がんばってくださいね」
「ありがとうっ!」
隣の席の客がかけてきた声に、大きくうなずく。
実はその客こそ、アレックが感動した開業日の機関車を動かしていた青年。
ウィリアムの笑顔に見送られ、勢いのまま駆け出したアレックは、鉄道に飛び乗った。
そしてわき目もふらず、農家のもとへ一直線。
「失礼しますっ!」
「なんだ、また君か。どうしたんだこんな時間に」
「若鶏の販売、一緒にやりましょう!」
「だから、売れもしない鶏肉の仕事なんかやらないって何度も――」
「売れます! これを食べてみてください!」
アレックはそう言ってさっそく、紙箱を開いて差し出す。
「いらないよ」
「そこをなんとか!」
「いらない」
「そこをなんとかっ!」
「いらないって」
「そこを何とかお願いしますっ! こんなにおいしい料理は、他にありませんっ! 鶏肉は必ず、売れるようになるんですっ!」
「まったくしつこいな……食べたら帰ってくれよ」
そう言って農夫は、見事な揚げ色のついたフライドチキンを一口。
「……なっ!?」
その味に、唖然とする。
こうしてブリティシアにおける『鶏肉』の扱いが、変わり始める。
◆
「鶏肉か……やるものだね」
「ありがとうございます」
アレックの予想通り、フライドチキンは着実に売れ上げを伸ばしていった。
特に中産階級では自宅でも似たものが作れると分かり、若鶏は人気商品になってきている。
それはこれから伸びていく商品として、本社からも認定されるほどだ。
おかげで、上司の機嫌も良好。
「これから鶏肉の扱いは君を中心にする。しっかりやってくれよ」
「はいっ!」
アレックは見事に、新たな市場を生み出すことに成功した。
「……やるなぁ」
その姿に向けられる、同僚たちの賛辞と羨望の視線。
そんなアレックが足取りも軽く向かうのは、もちろん『みけ』だ。
「ありがとう店主! おかげで仕事を続けられそうだよ!」
「それはよかった」
「おめでとうございますっ!」
「おめでとうございます」
達也の祝福に続いて、エマとマリアも拍手で出迎える。
「よかったですね」
「ああ、ありがとう……っ!」
そしてこの日も偶然居合わせたウィリアムに、アレックは笑って応えたのだった。
こうしてこれまで『ない』に等しかった鶏肉という選択肢が、ついにブリティシアに誕生。
肉類の中で唯一扱いの弱かった鶏肉も、広まっていくことになる。
「店主、今日もあの絶品フライドチキンを頼むよ!」
「はいよ」
ブリティシアに本格的な養鶏業が始まる日は、すぐそこまで迫っていた。
ご感想いただきました! ありがとうございます!
返信はご感想欄にてっ!
お読みいただきありがとうございました!
少しでも「いいね」と思っていただけましたら。
【ブックマーク】・【ポイント】等にて、応援よろしくお願いいたします!




