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【第2章完結】メシマズ大国の料理店~キッチン・みけの店ごと英国転移譚~  作者: りんた


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64.メシマズ新時代と、忙しい『みけ』の焼き鮭定食

 ブリティシアに、蒸気機関車が走り出した。

 それにより馬車で一泊必要だった距離が、なんと数時間にまで短縮。

 地方からロンドールへ、働きに来る人の数が大きく増加した。


「すっげーなぁ」

「本当だね」


 交通の新たな中心地として賑わう駅を見に来ていたのは、トーマスとハリソンの工場勤務組。

 そして物流の進化によって大きな変化を迎えていたのは、市場も同様だった。


「今朝とれたての牛乳が安いよ!」

「うちのリンゴを見てくれ! この大きさで甘さは折り紙付きだ!」

「今日の牛肉は、脂の乗りがいいよ!」


 時間の経過で傷んでしまうため、これまでロンドールには輸送されていなかった食材たち。

 それも機関車の登場によって、新鮮なまま大量に届くようになった。


「スタットランドから届いたばかりの、鮭がお勧めだ!」

「新鮮なタラ、ニシンはどうだい!」


 中でもタラやニシンは価格が安くなり、魚料理はロンドールの定番となっている。


「扱われる食材が増えたことで、店も様変わりしてきてるね」

「どれも結構新鮮なんだよな、機関車ってすげえなぁ」


 活気を増した市場を物めずらしそうに通り過ぎる、トーマスたち。

 二人はそのまま、続く屋台通りへと足を向ける。

 もちろんそこにも、これまで見かけなかった料理が並び出していた。


「おにいさんたち! ミルク粥はどうだい?」

「牛肉のスープを飲んでいって! 身体が温まるぞ!」

「ニシンのフライがお勧めだよ!」


 さっそく、新たなメニューを勧める声が向けられる。しかし。


「「間に合ってます」」


 二人は真顔でそう言って、止まることなく一直線。


「ミルク粥はほとんど味のない、千切ってふやかしたパンだったよ」

「牛肉のスープも、ただ水でグツグツと煮まくったものに塩を振っただけだったぞ」

「ニシンのフライは油が古いし、ちょっと冷めたら生臭くてさ……」


 ここでハリソンが、頭を抱えた。


「なんで使える食材が増えたら、マズい料理のレパートリーだけ増えるんだよ!!」


 食材が増えても、労働者たちの忙しさは変わらず調理文化は広がらない。

 もちろん店に立つ者たちの意識や技術も、低いままだ。

 こうしてロンドールには、より良い素材を使った多様なマズいメシが登場。

 総合的には食材が新鮮になった分「以前よりは、まあ……?」と、いった感じだ。

 それは腹を満たすために食べる『義務メシ』のパターンが、増えただけとも言ってもいい。


「ここ数日は忙しくて、屋台で買ってそのまま職場に戻る形だったからね……」

「今日こそは、うまい魚を食おうぜ!」

「それがいいね。特に魚料理は人気だし、おいしいのが食べたいと思ってたんだ」


 鮮魚の価格が下がったことで、ロンドールでは魚料理の人気が上昇中。

 忙しさが一段落したことで、昼休みがしっかり取れた二人が向かうのは、もちろん『みけ』だ。


「お兄さんたち、ウナギは――」

「いらないよ!」

「ていうか使えるものが増えたのに、なんで律儀に伝統の製法を守り続けてるんだよっ!」


 多くの食材が入り込んで来ても、ぶつ切りウナギを煮て冷ましたものを愚直に売る店の前を、逃げるようにして進む。

 そのまま二人は、『みけ』のドアを開いた。


「…………あれ?」


 しかしいつものように、エマが駆け寄ってこない。


「あっ」


 二人で立ち尽くしていると、気づいたエマが慌てて走って来た。


「ごめんなさいっ! 今お客さんがいっぱいなんです、少々お待ちくださいっ!」


 いつもの元気な笑顔ではなく、慌てた感じで頭を下げる。

 見れば確かに、店内はカウンターまで含めてびっしり。

 機関車が走り出し、生まれた新たな食材の流入は、人々の食欲をかき立ててしまったようだ。

 最近は慈善事業で新聞にも掲載され、アフタヌーンティでも博した好評。

 上流、中産階級の客も増えたことで、『みけ』は忙しさのピークを迎えていた。


「まずいな、店が回らない。一度制限をかけた方がいいか……?」


 断ることはしたくないが、食べられずに長い時間を過ごさせるという最悪の事態だけは、避けなくてはならない。

 達也は、苦渋の判断を迫られている。


「お待たせいたしましたっ! ご注文はどうしますかっ?」

「スパゲティミートソースを一つ」

「私は唐揚げ定食を」

「はいっ! 少々お待ちくださいっ!」

「あ、メイドちゃん。こっち水を二つちょうだい!」

「はいーっ!」


 エマは複数のオーダーを抱えて、小走りで達也のもとへ。


「達也さん! 唐揚げ定食と、水スパゲッティを一つです!」

「了解! ……水スパゲッティ?」

「あとはミートソースを二つ、グラスに入れて……」


 混乱のまま、互いを見合う達也とエマ。


「スパゲッティミートソースと、お水を二つですっ!」

「はいよ!」


 慌てて訂正して、エマは水を提供。

 それから急いで、トーマスたちのところにやって来た。


「大変そうだね」

「はいっ、サンドイッチが人気になった時よりも大変かもしれませんっ」


 それを聞いてトーマスとハリソンは、思わず互いを見合わせる。


「それなら魚料理で、あんまり手間をかけずに出せるものってある?」

「お魚ですか……焼き鮭定食がおいしくてお勧めですよっ」

「そういうことなら、僕たちは焼き鮭でお願いしようかな」

「はいっ、少々お待ちくださいっ!」


 トーマスとハリソンは、手間や時間をできるだけかけずに用意できる魚料理という、どちらにも利があるメニューを選択した。

 何気なく窓の方に向けた視線。

 見れば店外には、列ができ始めていた。


「お待たせいたしましたっ! 焼き鮭定食ですっ!」


 しばらくして、二人のもとにやって来たエマ。

 トレーに乗った料理を、そのままカウンターの上へ。


「「おおっ!」」


 思わず声をあげる二人。

 焼き鮭、厚焼き玉子、白米、みそ汁。

 その並びは、やはりシンプル。

 しかし四つの渋い食器と最高の焼き加減を見せる鮭が、白く輝く米が、具だくさんの味噌汁が、とても豪華だ。


「「ごくり……」」


 香ばしい匂いに、思わずノドが鳴った。

 鮮やかな橙の身は柔らかく、ほろりと解ける。

 さっそく口に入れてみると、わずかに強く効いた塩の角が舌に触れた。

 そしてすぐに、鮭の身の深い旨味が追いかけてくる。

 焼き目の香ばしさを放つ、皮のパリッとした食感は良いアクセントだ。

 粒だったつやつやの白米と合わせると、米の甘さが鮭の塩気を包み込んで広がる。


「「うまい……っ!」」


 そのおいしさに、思わずもれる吐息。

 当然次に手を伸ばすのは、厚焼き玉子だ。

 その断面は薄い層が幾重にも重なり、美しい黄色の輝きを見せている。

 口に入れた瞬間、そのふんわりとした柔らかさに目を見開く。

 卵と砂糖の控えめな甘みと、味を調えるためのほんのりとした塩気が、何とも心地よい。

 焼き鮭の塩気の後に食べると、その優しい甘みは舌が休まるかのようだ。


「最高だね……卵焼き」

「ああ、本当だな……!」


 うなずき合う二人の目に映るのは、天辺にまかれた青ネギが綺麗な味噌汁。

 豪華な具の一杯を口に含むと、最初に感じたのは上品な味噌と出汁の味わい。

 そして味噌の味を深めるシメジが放つ、かすかな土の香りだ。

 ねっとりとした里芋は、舌に吸いつくような柔らかさ。

 その独特のかみ心地がたまらない。

 そこに続くのは、出汁をしっかり吸った大根と共に、軟らかくなったニンジンの甘みが生み出す豊かさだ。

 優雅な味噌の風味と、野菜の甘みによる穏やかで豊潤な味が、口いっぱいに広がる。

 これによって焼き鮭の脂が洗い流されると、次のひと口がまたおいしくなる。


「うまぁぁぁぁ――いっ!」

「確かに、これはおいしいね!」


 ここ数日ほど『義務メシ』をしいられていた二人が、心の底から歓喜の声をあげる。


「鮭と米って……最高の組み合わせなんだなぁ」

「同じ新鮮な魚でも、ここまで味が違うものなんだね」


 白米がすべてを調和させる、完璧な定食。

『みけ』の常連だけあって、米を食べ慣れてきている二人は、満足そうに息をついた。

 するとそんな二人を見つけたエマが、羨ましそうな声をあげる。


「……おいしそうですねぇ」

「ああっ、またエマちゃんがクマちゃんに!」

「鮭をジッと見つめて舌なめずりとか、もうクマそのものだよ!」


 これには、さすがに笑い出す店内。

 気付いたエマは恥ずかしそうに、顔を赤くした。


「た、達也さんの国では、朝から食べるそうですよっ」


 それからごまかすように、そんな情報を口にする。


「こんなにうまいものが、朝から食えるのか。そりゃいいな!」


 するとエマたちのこんな会話が――――流れを変える。

 流行の魚を使っためずらしい『定食』がうまいとなれば、誰も放ってなどおけない。


「こっちも焼き鮭定食を頼む!」

「わたしもお願い!」

「店員さん、俺にも焼き鮭定食を頼む!」


 新たな客のオーダーが、一気に焼き鮭定食へと流れ出した。

 これが、達也たちにとっては大きな助けとなっていく。

 同じオーダーが続くのであれば、必然的に一つのことに集中できるため、提供速度が上がる。


「うまいなぁ!」

「焼き鮭定食……シンプルなのにすごくおいしい!」

「こりゃたまんないよ!」


 そして焼き鮭をおいしそうに頬張る姿を見れば、新たにやってきた客もそれに続く。


「メイドさん! こっちも焼き鮭定食を!」

「私にもくださーい!」

「はいっ! 少々お待ちくださいっ!」

「……この感じなら、さばき切れそうだ!」


 決壊しかけていた需給のバランスは、ギリギリで保たれ始めた。


「やっぱり、みけで食べる料理はいいね」

「これじゃまだ、幻覚の可能性を払しょくし切れねえなぁ」


 賑わう店、笑うトーマスとハリソン。

 こうして達也とエマは、どうにか昼のピークタイムを乗り越えることに成功したのだった。


「焼き鮭定食、おいしかったです」

「店主、また来るよ」

「ありがとうございましたーっ!」

「ありがとうございます、またどうぞ」


 二人組の客を見送って、ようやく慌ただしい流れが一段落。

 達也は安堵の息をつく。


「なんとか……なった」

「なりましたぁ……」

「クマちゃん」

「エマですよーっ!」

「そろそろ、賄にする?」

「はいっ!」


 二足歩行状態のクマみたいに肩を落としていたエマが、その顔をパァァァァ! と明るくした。

 そのまま両手にカトラリーを握ると、歓喜のバンザイを披露する。


「今日は、トーマスたちに感謝だな」

「本当ですねっ」


 苦笑いを向け合う二人。

 今日はトーマスたちのオーダーが、助けになってくれた。

 機関車によって始まった新たな人の流れと、食材の流れが生み出した忙しさ。

 今日のところはどうにか、無事に乗り越えることができたようだ。




 蒸気を噴き出して、終点ロンドールのホームに停止した一台の機関車。

 その一等客室から降りてきたのは、上流階級然とした紳士淑女の夫婦。

 そして二人の娘である、二十歳ほどの女性だ。

 淡い金色の長髪を両側部で三つ編みにして、後頭部にまとめている姿がなんともエレガント。


「楽しい小旅行だったね。さあ、わが家へ帰ろうか」

「はい」


 余裕を感じさせる父の言葉にも、優美に応える。すると。


「あら? あらあら?」


 ホームを駆けてきた子供たちが、彼女の左右を次々に走り抜けていった。


「あらまあ、元気いっぱいね」


 上品に「うふふ」と笑って、子供たちを見送る。

 ロンドールの駅舎に咲いた、一輪の花。

 美しい髪をふわりと揺らしてほほ笑む彼女は、思わぬ形で『みけ』のドアを開くことになる。

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美味しいお店が近くにあったり 多種多様な食材や料理が増えても 変わらずに営業してる うなぎ娘ちゃんはかなり優秀な経営者なのでは?w
い、いらない多様性・・・orz 今のエマないしクマちゃんなら、丸太を渡せば木彫りしてくれるかも。 鮭定食って中々定食屋でもなかったりするんですよね。 松屋には常備されてるけども、町の定食屋の鮭定食…
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